第38話 ネイザーライドの鍛冶師たちⅣ
翌朝、朝食を終えたリーヴェは頬杖をつき、階段に座っていた。
この宿は吹き抜けで、二階からはロビーが丸見えになっている。
リーヴェの視線の先、一階のロビーには掃除に勤しむレイネの姿があった。
「はぁ」
リーヴェはため息を吐く。
エルザは昨日にも増して機嫌が悪く、ピリピリとした空気をまとっていた。
朝食の最中、誰もが一切喋ることなく、ただ食器がカチャカチャと音を立てていただけだ
この地に留まるのは一週間の予定。残り六日の滞在となる。
昨日の食堂での件もあり、エルザの負担にならないようにと、リーヴェはミックから宿にいるよう言い渡されていた。
言い分は理解できるため、リーヴェは出掛けることもなく宿に残ってる。
ミックは部屋で読書中だ。
こうなるなら本を持ってくるべきだったと、またリーヴェはため息を漏らした。
ロビーでは楽しそうにくるくると踊り、ホウキを振り回すレイネの姿。
そんな姿にリーヴェが和んでいると、宿の扉が開き、一人のドワーフがずかずかと入ってきた。
この宿に勤めるドワーフたちは一様に制服を着ているのだが、入ってきたドワーフは布の服に革の前掛けをつけている。
リーヴェは隣りに立つフェルゼンを見上げた。
「あれ、誰でしょうね?」
「……昨日の食堂で会ったドワーフじゃないか?」
フェルゼンの大きな体に隠れるように移動したリーヴェは、顔を少し出して覗き見る。
そのドワーフはロビーの中央辺りまで歩くと、どかっと腰を下ろして座った。
両腕を組み、口をへの字に曲げ、ふてぶてしい顔で辺りを見回してる。
突然の訪問者に動きを止めていたレイネが、恐る恐るそのドワーフに近づいていく。
すぐに揉め事に発展したようで、レイネは体をこわばらせているのが見て取れた。
「ちょっと行ってくらぁ」
フェルゼンがポキポキと拳の関節を鳴らし、右腕をぐるぐると回しながら階段を下りていく。
「フェルゼンさん、暴力は駄目ですよ! エルザに怒られますよ!」
フェルゼンは振り返りもせず、右腕を軽く上げてリーヴェに返答する。
肩を怒らせながら一階に下りたフェルゼンは、ドワーフの元に歩み寄った。
「あんた、昨日のじーさんか?」
フェルゼンを見上げたドワーフは立ち上がり、フェルゼンの大きな体に詰め寄る。
「昨日の杖は諦めた! あの娘を出せ!」
「あの女って嬢ちゃんのことか?」
フェルゼンが階段の上、手すりに隠れるようにしているリーヴェを見上げた。
ドワーフもつられて階段上へと視線を向ける。
「そこにおったか!」
ドワーフは階段に進もうとするが、一向に進まない。
後ろ襟を掴んだフェルゼンが空中にドワーフを持ち上げていた。
「ええい離せ! 離さんかぁ!」
ドワーフはバタバタと短い手足を振り回す。
「これ、どうすっかなぁ。レイネ、生ゴミ捨てる場所ってどこか知ってるか?」
のして通りにでも捨てればいいが、ここはゲアストとは違う。
フェルゼンが処理方法に困っていると、上から声が聞こえてきた。
「何を騒いでいるのですか?」
フェルゼンが声の方向に目を向けると、二階の廊下からエルザが見下ろしていた。
◆ ◆ ◆
エルザはペンを手に持ち、椅子に座っていた。
ここはリーヴェの部屋だ。目の前にはミックとリーヴェ。
エルザはミックとリーヴェから昨日のいきさつを聞いていた。
「なるほど、昨日出掛けている時にそんなことがあったのですね」
取調べをするように、エルザは聞き取ったことを紙に記入していく。
この宿にドワーフが来てから既に小一時間ほど経過している。
ドワーフは一階の部屋でフェルゼンと一緒に待ってもらっていた。
紙から目を離したエルザは両手を膝の上に置き、居住まいを正す。そして体をミックへと向ける。
「ミック師匠にお伺いしたいのですが、刻印についてはお詳しいのでしょうか?」
『いや、本業ではなないしな。聞きかじった程度だ』
「それでも先ほど伺ったように、本に載っていないような刻印を何種か把握されているのですよね?」
『まぁな』
「わかりました。ありがとうございます」
頭を下げたエルザは紙を手に取り立ち上がった。
「リーヴェは部屋から出ないように。あのドワーフがどのような行動にでるのかわかりませんから」
扉を開け、エルザが部屋から出ると、そこにはジークが待っていた。
「あのグンターのことはわかりましたか?」
「はい。このネイザーライド、魔道具鍛冶屋の中でも五本の指に入るシフ工房の職人でした。職場で揉め、三ヵ月ほど前から停職させられているようです」
「揉めた理由は?」
「今回の品評会に関してのようです。申し訳ありません、時間がなく、これくらいの情報しか得られていません」
「上出来です」
エルザは立ち止まり、ここから先の計画を練る。
欲しかった腕の立つ鍛冶師、新しい刻印、品評会――。
構想がまとまると、エルザは足を踏み出した。
一階に下り、エルザはグンターのいる部屋の前に立つ。ジークが扉を開けるとエルザは部屋の中に入った。
テーブルにはふてぶてしい顔をしたグンターがつき、それをフェルゼンが入口近くで監視していた。
エルザはテーブルに歩み寄り、ジークが引いた椅子に腰を下ろす。
目の前のグンターを観察するようにエルザが見つめる。
「あらためまして。ノード国、エルザ・エル・ソルダートと言います。もう一度グンターの要望を聞いても?」
「あの娘が持っている刻印の情報が欲しい。金なら出す。足りないだろうが……。必ず払う! だから頼む!」
グンターはテーブルにバンと両手を突き、ゴンと音が聞こえるほど頭を叩きつける。
「なるほど。では、いくつか質問します。何のためにでしょうか?」
グンターはバッと顔を上げた。そんなこともわからないのか、と言わんばかりの表情を浮かべている。
「はぁ? そんなもん決まっとる! 品評会でトップを獲るためだ!」
「もし、刻印の情報が得られたとして、使える工房はあるのですか?」
「個人の工房があるし、無理ならほかの工房を借りる伝手もある!」
「材料の魔銀は?」
「申請すれば貰える。これは個人でも問題ない!」
「それでは最後の質問です。あなたの腕は? シフ工房の中で何番目ですか?」
今まで相槌を打つように、即座に答えていたグンターの口が止まった。
への字に曲がっていた口が開かれる。
「……わしのこと調べたんか。……工房では三本の指に入っていると自負しておる。だが、気持ちだけは誰にも負けん!」
「わかりました」
満足げにエルザはふぅと一息吐き出した。
「ここに未発見の刻印について書かれた紙があります」
手で紙を摘まみ上げたエルザは、グンターの目の前でひらひらと揺らす。
グンターはそれを見て、ごくりと唾を飲み込んだ。
次の瞬間、グンターが右手を伸ばした。
わかっていたとばかりにエルザは紙を高く上げ、グンターの右手は空を切る。
恨めしそうに見つめるグンターに、エルザは微笑んだ。
「取引しましょう。刻印の情報を渡す条件として、我がノード国に魔道具鍛冶師として来てもらいたいのです。ほかに一緒に来てくれそうなお知り合いはいますか?」
「……金は払わなくてもいいってことか?」
「その通りです。ノードに来る対価として渡すものですから。もちろん、ノードではきちんと給金も支払います」
「ほかにドワーフを連れてこいというのは必須の条件か?」
「……ええ」
わずかな時間、部屋の中に静寂が訪れる。
考え込んでいたグンターが口を開いた。
「こっちにも条件がある」
「おい、あんまり調子に乗るなよ」
入り口で見ていたフェルゼンが脅すように声を発した。
それを手で制したエルザは、グンターに続けろと視線で促す。
「わしが行くのはかまわん。刻印の情報料とすれば安いもんだ。ただ、仲間を連れて行けるかどうかはわからん」
「……なぜですか?」
「そりゃそうだろう。いきなり他所の土地に行くなどというドワーフはそうそういない。だが……」
「だが?」
「品評会でトップを獲れたなら別だ。わしがトップを獲れたなら、必ずついていきたいという者たちがでる」
「……なるほど。わかりました」
エルザは笑い出しそうになるのを必死で堪える。
「グンターは新しい刻印に挑戦したい。刻印の情報を得て、品評会でトップを獲りたい。そうですね?」
グンターはその通りだと頷いた。
「ノードには刻印の情報はありますが、職人がいない。あなたのような情熱あふれる職人をノードは欲しています」
言い終えるとエルザは腰を上げ、テーブルの横に立つ。
察したグンターが立ち上がり、エルザの眼前に立った。
グンターの右手が伸び、それに呼応するようにエルザの右手も伸びる。
互いの右手が組まれ、しっかりと握りしめられた。




