第37話 ネイザーライドの鍛冶師たちⅢ
町の往来を歩くフェルゼンはとある店に目が留まった。
隣りを歩くリーヴェに声をかける。
「なぁ嬢ちゃん、腹減ってねぇか?」
「そういえば……」
リーヴェはおなかを押さえる。
この町に着いたのはちょうど昼時だ。すぐさま鍛冶師ギルドに向かったため、まだ昼食を食べていない。
「夕飯まではまだ時間があるし、あそこで食べていかねぇか? 金は出してやるからさ」
フェルゼンは一軒の店を指差した。
町に出てから初めて目にする食堂だ。食堂だと気がつけば、漂ってくる料理の匂いが鼻孔を刺激する。
これほどゲアストと違う町。いったいどんな料理が出てくるのだろうかと、リーヴェはごくりと唾を飲み込んだ。
「奢りなら行きます!」
扉を開け、二人は食堂の中へと入る。
行列はできていなかったものの、店内は料理を食べ、酒を飲むドワーフであふれ返っていた。
どうしたものかと入口でたたずんでいると、それに気がついた給仕の女ドワーフに声をかけられる。
「お客さん! 相席でもいいならすぐにご案内しますよ!」
リーヴェとフェルゼンは顔を見合わせた。
別に問題ないだろうと、フェルゼンは給仕に相席でも大丈夫だと伝える。
「じゃあこちらの席にどうぞー」
案内されたのは四人がけのテーブルだった。
その席には中年のようなドワーフがひとり、ちびりちびりと酒を飲んでいた。
フェルゼンとリーヴェは無言で着席する。
中年ドワーフは長らく酒を飲んでいるようで、髭のある顔を赤らめ、一人でくだを巻いていた。
面倒ごとにかかわらにようにと、二人は視界をふさぐようにメニューを広げる。
「なんか珍しい料理がいいですよね!」
「お、これなんかどうだ? 牛尻尾汁だってよ」
「尻尾なんて食べられるんですか? 私、このネイザーライドラビットの鉄板焼きっていうのが気になります!」
フェルゼンとリーヴェが楽しげに話していると、ようやく二人に気がついたドワーフが叫んだ。
「なんじゃあ、お前らは? ここで頼むべきはカイザー火酒だろうがっ!?」
持っていた酒瓶をテーブルにゴンゴンと何度もぶつけながらドワーフが叫ぶ。
突然のことにフェルゼンとリーヴェは呆然とする。
「いや、火酒って酒だろ? 嬢ちゃんは飲めないし、俺は一応仕事中だからな」
「お前ら王国のもんか?」
「いや、ノードの者だが」
「どこじゃいそりゃあ!? 田舎もんがぁ!」
冒険者として荒事にも慣れているフェルゼンは、目の前のドワーフを無視して給仕を呼んだ。
「ドワーフの姉ちゃん注文いいか?」
「はいはいー、ご注文はお決まりですかー?」
「ネイザーライドラビットの鉄板焼きと牛尻尾汁を二人分ね」
「かしこまりましたー」
◆ ◆ ◆
目の前のドワーフを無視していると、ブツブツとぼやいているものの絡んではこない。
満席に近く、騒がしい店内だ。絡まれなければ気にはならない。
「おまたせしましたー」
給仕が持ってきた料理をテーブルに並べていく。
じゅうじゅうと肉汁を沸騰させる金属製の皿の上、肉の切り身が食欲をそそる香りを放つ。
陶器の器の中には油が浮き、少し濁ったようなスープ。こちらは嗅ぎ慣れない匂いではあるが、間違いなく美味いと思わせるものだった。
食前の祈りを女神に捧げ、二人は食べ始める。
ノードのものとは味付けがまったく違う。
ノードの料理は薄味のものが多いのだが、ネイザーライドの料理は酒に合うようにか、濃い味付けだった。
食べ慣れない味ではあるが、美味い。
濃い味が口いっぱいに広がり、胃袋を満たしていく。
異国の地で食べるとのこともあるのだろう。
二人は無言になり、手を止めることなく料理を食べ続けた。
きれいに空となった皿を前に、二人は水の入った杯で口の中を潤す。
そして、満足げなため息を漏らした。
食べられないぶんはフェルゼンに食べてもらったのだが、リーヴェにとってはいささか量の多かった料理。
膨れた腹をリーヴェはさする。
当分動きたくないと思ったところで、この店に入る前のことを同時に思い出した。
「さっき買ってた光の魔道具見せてもらっていいですか?」
「ああ、いいぜ」
フェルゼンは腰袋から購入したばかりのペンライトを取り出すとリーヴェに手渡した。
受け取ったリーヴェは手の中でくるくると回し、様々な角度から見つめる。
「これが光の刻印かぁ」
円筒の先には、丸十字の刻印が刻まれていた。十字の奥には白い魔石が見えている。
下を向いたリーヴェは小声で尋ねた。
「でも、これだと円と十字になるよね? 円は吸収、制御、圧縮だし、十字は火になるんじゃないの?」
『刻印とは決まった形だ。その形になって初めて効果を発揮するものだからな。十字と円十字、形は似ていてもまったく違うものということだ』
「そうなんだ」
リーヴェの手にある光の魔道具を睨みつけ、目の前のドワーフが愚痴をこぼし始めた。
「最近は如何に早く、安く、大量に造ることしか考えん鍛冶師ばかり。本当に情けない! ドワーフとしての誇りはどこにいったんじゃい!」
捲くし立てるように喋って喉が渇いたのか、中年のドワーフは酒を一口飲んだ。
火酒の入った杯を持つ手をテーブルにドンと叩きつけ。
杯からは火酒がテーブルに零れ落ちた。
前のめりになったドワーフが赤く染まる顔をリーヴェに近づける。
「新しい刻印を探し出そうともせん! 見た目の美しさだぁ!? コストだぁ!? んなもんクソ食らえだっ!」
酒臭い息をリーヴェに浴びせ、中年のドワーフはどっと背もたれに体を預ける。
酒瓶を傾け、杯の中を満たすと、それを一気に飲み干した。
リーヴェは酒の臭いを散らすように、手をぱたぱたと振る。
「刻印って決まった形なんですよね? そんなの適当に色んな形を造って確かめたらいいんじゃないですか?」
リーヴェの言葉に中年ドワーフの目が据わる。
「おい、嬢ちゃん。あんまり酔っ払いに――」
フェルゼンの言葉を遮るように、中年ドワーフが声を荒らげた。
「お前はわかっておらんのぅ。このド素人がっ! 正規の刻印でないものならば反応しない。だからとて、色んな形を試せはしない。下手に正規の刻印に似ているものが問題なんじゃい!」
「似てたら問題なんですか?」
「不完全な形の刻印は爆発するんじゃい!」
以前、近い内容の話を聞いたことがあるとリーヴェは思い出した。
「魔力爆発……」
「ほぅ。ちったぁ知っているようじゃのぅ」
魔道具は魔石に溜まっている魔素を使うのだが、起点としてわずかに使用者の体内魔力を使っている。
その時、微量ながらも魔素と体内魔力が混ざり合う。
不完全な刻印の場合、結合してしまった魔素と魔力が元の状態に戻ろうとしてする。
すると、制御できないほどの膨大なエネルギーが生まれ、爆発するのだ。
それは刻印の大きさ、魔石の大きさなどに影響されるのだが、小さなものでも一部屋を吹き飛ばすほどの爆発を引き起こす。
新しい刻印を見つけ出せば、地位も名誉も金も欲しいがままになるだろう。
しかし、それはあまりにもリスクが高すぎた。
現在、探すことは禁止されていないものの、新しく刻印を探そうという気概のある工房はない。
判明している刻印を使って魔道具を造る工房ばかりだった。
「刻印を探そうと周りに説いたらこのザマよ。やっとられんわ!」
中年ドワーフは酒瓶から杯に酒を注ぐ。
「私、本に載ってなかった集約の刻印知ってますよ?」
「集約の刻印? 何をホラ吹いてるんだこの女は。おい、お前の連れの女、頭がおかしくなってしまったぞ」
リーヴェは人差し指を立て、空中に光の魔法でアスタリスクの模様を描き出した。
それを見て、中年ドワーフの顔つきが変わり前のめりになる。
「お前さん、魔法使いか!? 王国の2級――いや、1級魔法使いか!?」
光の魔法は球体が基本だ。
球状でなければ魔力が安定しないからだ。
光の魔法で思った形を作り出すなど、この中年ドワーフは聞いたことも見たこともない。
リーヴェは誇らしげに右手を胸の前に名を名乗る。
「ノード3級魔法使いのリーヴェです」
「ノードという国のレベルは高いようだな。こんな魔法使いが3級とは……。さっきの刻印はどこで知った?」
真面目な顔になったドワーフがリーヴェに顔を近づける。
ミックから教えてもらったとは言えないリーヴェは「そうだ」とテーブルに立てかけていた杖を手に取り見せた。
「この杖にも集約の刻印が使われているみたいですよ。中に刻まれているので外からは確認できないですけど」
中年ドワーフは目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いた。
「おおおぉ!? それを見せてくれんか!?」
「えーっと……」
『かまわんだろ』
「どうぞ。大切に扱ってくださいね」
杖を受け取った中年ドワーフは酔っ払いとは思えないほど機敏な動きに変わる。
立ち上がり、杖を舐め回すように調べ始めた。
「なんじゃあこりゃあ!? どこの銘だ!? アベイテ工房…カノネ工房のものでもない……。この刻印は……」
石突部に見知らぬ刻印を見つけたドワーフは叫ぶように騒ぐ。
『それは出力制御の刻印だな』
「それは出力制御です」
「こ、この杖売ってくれぇ!」
「だっ、駄目です!」
まるで自分のもののように、ドワーフは杖を両腕で抱え込んだ。
「そうか、お前さんノードって言ったな。ノードと言えば魔王城があった国か。この杖は迷宮の遺産だな?」
話がややこしくなりそうだと、リーヴェはフェルゼンに目で合図をする。
頷いたフェルゼンが立ちあがり、力尽くで杖を奪い返すと給仕を呼んだ。
「ドワーフの姉ちゃん! 勘定いいか? それからこの客がちょっかいかけてくるんだが」
店の従業員に羽交い絞めにされたドワーフを後に、二人は宿へと戻っていった。




