初恋の結末〈挿絵あり〉
猫屋敷たまる様からいただいたFAを入れました!
結婚式のシーンですが、ご覧いただけると嬉しいです。
社交界デビューを果たした後、アリアとキースはそれから一年の婚約期間を経て結婚することになった。
キースは早く結婚して一緒に暮らしたいと言ってくれたが、アリアが良しとしなかったからだ。
アリアは十四年もまともに社交に参加せず、領地に引きこもっていた。貴族としての常識が欠けたままキースと結婚したら、足を引っ張りかねない。そう思ったアリアは、一年かけて学び直し、夜会やサロンに積極的に参加した。
そして──。
◇
「お前もなかなか見れるようになったじゃないか。これならキースも惚れ直すんじゃないか?」
感心しながら兄が憎まれ口を叩く。せめて綺麗だと言えないのだろうか。まあ、アリアは単に兄が素直に褒めるのが恥ずかしいだけだとわかっているが。
「ありがとう、お兄様」
アリアはプリンセスラインの白いドレスに身を包み、レースのベールに、手袋ももちろん白だ。
今日は待ちに待ったアリアとキースの結婚式だ。今は教会の控えの間で準備をしている。
「色々あったせいか、早かったのか、長かったのかわからないな。でもまあ、こうしてまとまってよかったよ」
「本当にそうよね」
一時はどうなることかと思ったが、無事に結婚できてよかったと思う。だが。
「でもお兄様、よかったの? 私が先に結婚してしまって」
「ああ、それはいいんだ。俺の婚約が決まってからまだ一月だからな。焦らせたらレオナに悪いし」
そうなのだ。今から一月前、ようやく兄の婚約が決まった。相手は驚くべきことに、レオナ・イェーガー子爵令嬢。ルーカスの妹だ。
そもそもはアリアとレオナが仲良くなったことがきっかけだった。
アリアがルーカスに襲われた日に、実はレオナは屋敷にいたらしく、騒動を知ったらしい。兄の仕出かしたことを謝りたいと思っていたことと、罰せられなかったことのお礼がしたかったそうだ。
社交界デビューが終わって落ち着いた頃にお茶会に呼ばれ、そのことを聞き、身分が対等であることと、同じように困った兄を持つことで気が合った。
それからお互いの家を行き来していたが、ある時マクファーレン邸に遊びに来ていたレオナと兄が出会って兄がレオナに興味を持ったのだ。もしかしたら一目惚れだったのではないかとアリアは思っている。
ルーカスとは似ていないが、レオナは儚げな美人だ。案の定、社交界では人気があったらしい。そこを兄がアプローチを繰り返してレオナは受け入れたということだ。あとでルーカスの妹と知った時は嫌そうではあったが。
「レオナといえば、お兄様、ルーカスのこと聞いた?」
「ああ、エミリア様とのことだろ? あの頃よりはマシになったみたいだな」
「ええ、頑張ってるみたい。メーベルト卿がエミリア様の相手を家柄ではなく、実力で考えるようになったから。これもキースの影響でしょうね」
ルーカスはあの夜にエミリアを慰めてから、少しずつ距離を縮めているようだ。エミリアもそんなルーカスに好意的だと聞いた。
そして、エミリアの父親であるメーベルト卿に認めてもらうために新たな事業を立ち上げたり、今手掛けている事業を展開したりと積極的に動いているそうだ。
そんな風に皆それぞれの道を歩き始めたのだ。
初恋は、それぞれに痛みと変化を与えてくれた。
「それじゃあ、行くか」
「ええ、行きましょう」
二人は皆が待つ聖堂へ向かった。
◇
聖堂にはもう人が集まっていた。兄は列席者の場所へ、アリアは父の元へと別れた。
「お父様、待たせてごめんなさい」
「いや、そんなに待ってないぞ……見違えたな。綺麗だよ、アリア」
「ありがとう、お父様」
「本当によかったな……」
そう言う父の目は潤んでいる。アリアもつられて泣きそうになった。
「……キース君との婚約がなくなったらお前は修道院に行くと行っただろう? 本当にそうならなくてよかったと思っている。キース君には感謝してもしきれない。あのままだったら私も苦渋の決断でお前を切り捨てるしかなかった。だが、誰が好き好んで大切な娘を大変な目に遭わせたいと思うのか……」
「ありがとう、お父様……」
そこまで思われていたとは思わなかった。こんなに愛されてアリアは幸せだ。我慢していた涙が溢れ落ちた。
「化粧が崩れるから泣いたら駄目だろう?」
「……っ、ええ、そうね」
「ほら、もう向こうでキース君も待ってるから行くぞ」
父に促されてキースへ向かって一歩ずつ進んで行く。一歩進むごとにキースとの思い出が蘇る。
初めて会った時、三人で遊んだこと、初恋に気づいた時、怪我をして婚約をした時……
あの頃はこんな結末を迎えられるとは思わなかった。いつも後ろ向きで、うまくいきっこないと諦めて。
だけど、そこで終わりじゃなかった。王都にきてからの出来事がアリアを変えてくれた。
自分も大切な人を守るために強くなりたい。変わりたい。
そう思わせてくれた大切な人は、すぐ先でアリアを待ってくれている。早く追いつきたいと焦ったこともいい思い出だ。
ようやくキースのところにたどり着いた時は、物理的な距離だけでなく、心の距離もこうやって近づいてきたのだなとアリアは感慨深かった。
父は列席者のところに帰り、アリアとキースは並んだ。横目でキースを見ると緊張しているようで、顔が強張っている。感情がこうして素直に出るところは子どもの頃と変わらない。こうして変わったところと変わってないところを探すのもアリアの楽しみだ。
式が始まり、そんなことを考えていたら神父の誓いの言葉が始まった。
「汝、キース・シュレーゲルは病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、新婦アリア・マクファーレンを愛し敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
キースは力強く言った。衆人の中で改めて誓ってもらえるのは、自分が本当に愛されているのだとわかって嬉しいとアリアは思った。
次はアリアの番だ。
「汝、アリア・マクファーレンは病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、新郎キース・シュレーゲルを愛し敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
アリアも力強く誓った。好きだった人とようやく結ばれて、こうして結婚できるのだ。何の迷いもない。
その後、指輪の交換が終わると、あとは誓いのキスだ。もう一年も付き合っているからキスは初めてではないが、人前となると恥ずかしい。しかも身内の前だと余計に恥ずかしくなる。
「それでは誓いのキスを」
キースは優しい手つきでアリアのベールをめくった。ベール越しでないキースの眼差しは優しくて、アリアはまた目が潤んできた。困ったようなキースの顔が少しずつ近づいてきて、アリアはゆっくりと目を閉じた。
触れるだけの優しいキスだった。離れていく温もりが寂しくてゆっくり目を開くと、キースが口をパクパクさせた。じっと見ていて意味に気づき、アリアは赤面した。
『あ・と・で・し・よ・う』
人前で何てことをと、慌てて周囲を見渡してしまった。皆、不思議そうにアリアを見ているが、キースだけはいたずらが成功した子どもみたいに笑っていた。
そうして無事に結婚式は終わった。
その夜、キースが言った以上のことになったが、これ以上はアリアには恥ずかしくて言えない。
◇
それから数年後──。
「ねえ、おかあさま。どうしておとうさまとけっこんしたのー?」
最近ませてきた一人娘が、アリアにそう尋ねる。
「うーん、好きだからかな?」
厳密には違うところもあるが、アリアにとって一番の理由だ。
「そうなんだー。じゃあ、おとうさまはー?」
「もちろん、好きだからだよ」
側にいるキースは即答だった。
最近ませてきたにしてもこの娘は突然どうしたのかとアリアは不思議に思った。
「何でそんなこと聞くの?」
「ディアナね、すきなこができたの!」
「何だと!」
キースが焦って大きな声を出す。
「もう、そんな大きな声出したらディアナが驚くでしょう。そう、じゃあ、ディアナの初恋ね」
「はつこい?」
「そうよ。初めて好きになった人のこと。お母様の初恋はお父様なのよ」
「そうなんだ。じゃあ、ディアナもけっこんできる?」
「駄目だ。許さん」
衝撃から立ち直ったらしいが、キースの目はすわっている。
「もう、キースは黙ってて」
「だって、まだ早いだろう? まだ六歳だ」
「恋に早いも遅いもないわ。だって突然やってくるものだから」
アリアの言葉にキースは黙り込んだ。自分のことを思い出したのだろう。だが、立ち直ると、今度は違う角度から攻めてきた。
「結婚はまだ早いだろう」
「あら、私が婚約したのは十歳よ?」
「アリアが冷たい……」
アリアは背中を丸めるキースを後ろから抱きしめた。
「私だけでは駄目かしら?」
「そんなわけないだろう! だが……」
と言いかけて、アリアはあ、そうだったとキースの言葉を遮った。これを言ったらどういう反応するだろうかとアリアの胸は弾んでいる。
「私だけじゃなかったわ」
「? どういうことだ?」
不思議そうにキースは振り返った。アリアは嬉しそうに続けた。
「実はね……お腹にいるの!」
「え!」
何を言われたのかわからなかったようで、キースは固まった。しばらくして、ようやく意味を理解したらしいキースは、体の向きを変えて満面の笑みでアリアを抱きしめた。
「ありがとう、アリア!」
「喜んでくれて私も嬉しいわ」
「ディアナ、やったぞ。お姉さんになるんだぞ!」
興奮してディアナに話かけている。もうすでにディアナの初恋のことは忘れているようだ。
「ディアナおねえさんかあ……うれしい!」
ディアナはぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
微笑ましく思いながらディアナを見つめ、アリアはキースに言った。
「キース、ありがとう」
「何だ、急にどうした」
「ううん、こうして幸せなのはキースのおかげだなって」
「それを言ったら俺もだよ。愛する妻がいて愛する我が子に恵まれた。ありがとう、アリア」
二人はディアナに見えないように、軽くキスを交わした。
ディアナの初恋はどうなるのだろうか。アリアのように、痛みを伴っても幸せになれるのか、違うのか。
人によってその形は違う。
だけど、アリアの初恋は終わっていない。まだまだ続くのだ。この幸せとともに──。
これで完結になります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ブックマーク、評価、感想などの見える形で読んでくださった方や、もしかしたらブックマークせずに読んでくださった方もいらっしゃるかもしれません。読んでくださった皆様全てにお礼が言いたいです。
本当にありがとうございました!




