閑話 先代国王の過ち①
アルムがルックナー砦へ行き、その数日後に先代国王のフルブルーグ・バルデハイムもジャルブランド公爵領へ向かう。
ジャルブランド公爵から護衛を用意されているので、側近のゴーイングだけを連れて行く。
目的はジャルブランド公爵にいる娘に会いに行く為だ。
不幸な出来事により十数年も会っておらず心配していた。
前回ジャルブランド公爵領に行ったのは何年前だったか? ワシが若い頃に行ったから数十年前だったか? あの時はジャルブランド前公爵と何を話していたか?
と思い出すフルブルーグ先代国王。
……思い出した。妻と一緒に息子の婚約者候補の娘に会いに行った時だ。王妃だった妻がその娘を気に入って、婚約者となったのだった。
その婚約者は現王妃として立派な大人になり子も産んだ。
昔のお転婆姫が今では王妃となり、子供も育っているのだから時が過ぎるのはあっという間だなと感傷的になる。
ふと馬車の窓から景色を見る。ジャルブランド公爵領の街は活気がある。平民の顔は明るく、子供達も良い顔で遊んでいる。現当主の領地運営の上手さが分かる。
本来ならジャルブランド元公爵には登城してもらい、ワシの右腕として働いて貰いたかった。しかし嫉妬したドックライム元公爵がなにかと口を出してきて、派閥が出来てしまった。
そしてあの事件だ。あの事件だけは忘れる事が出来ない。最愛の娘が出て行く原因となったあの事件だけは。
「先王陛下、ジャルブランド公爵邸に着きました」
ゴーイングの言葉で昔の事件から現実に戻された。……昔とは違うと皆に思わせないといかん。今のワシは責任ある国王ではなく居した元国王だと考える。
馬車から降りるとジャルブランド公爵をはじめ、先代公爵と次期公爵を筆頭に執事侍女が並んでいる。……娘は出迎えには来ていない様だ。
「先王陛下、我が屋敷に来て頂きありがとうございます」
「前来た時に食べた香草焼きを思い出しての。出迎え感謝する、ジャルブランド公爵よ」
懐かしいの。前回と同じような言葉で出迎えてくれた事を思い出す。違いは娘がいない事だな。ジャルブランド公爵の娘は現在学院だから仕方がない。
ふと周囲を見渡す。昔と変わらないと思いながら、ジャルブランド公爵の案内で客間へ向かった。
「改めてジャルブランド公爵領へようこそ、先王陛下」
「うむ。久しぶりじゃな。前回もこの部屋だったか?」
「覚えて頂いて光栄です。前回と同じ部屋を用意しました。窓から庭園が素晴らしいと先代王妃様に褒められた部屋です」
思い出した。妻が窓から見える庭園が綺麗と言って私に散歩を願ったが、用事があったので断ったのだ。確かその後……、
「ワシの代わりにお主と妹が妻と一緒に庭園の散歩に行ったのだったな。ワシの代わりに妻の我儘に付き合ってくれて感謝するぞ」
「庭園の散歩に行きますか? 僭越ながら私の息子を案内させます」
「少し疲れたから後で頼む。やはり老人には旅はキツイな」
平気そうなゴーイングが少し羨ましい。……あやつは鍛えているからワシよりも体力が有るのは当然か。
「では夕食まで疲れを癒してください。私は失礼します。夕食は先王陛下が絶賛した香草焼きですので楽しみにしてください」
ジャルブランド公爵は退室して、ワシとゴーイングだけとなった。
窓からの庭園を見て美しいと思った。妻と一緒に散歩に行けば良かったかもしれん。
今度来るときはアルムとミリアと一緒に庭園を散歩させるか? しかしミリアの毒舌でアルムが落ち込むのが目に浮かぶ……。
その光景にため息をしたらゴーイングが「アルムエルグ殿なら心配ありませんよ。きっと笑いながらお土産を持って帰ってきます」と言ってきた。
アルムの事でため息をついたが、主にミリアとアルムとの関係であって、エルドラージ王国に行ったアルムではない。
「笑いながらアルムが言う言葉で頭が痛くなる事はあるが、ババアがアルムに馬鹿な事を言ってないかの心配はするな」
ゴーイングがカラ笑いをする。……アルムの行動は頭が痛い事が多いからな。ワシの次にゴーイングがアルムの被害者だろう。
「それよりもゴーイングもゆっくりして良いぞ。ワシは部屋で休んでいるから、お主も昔の知り合いに会いに行っても良いぞ」
「いえ、私は先王陛下の護衛騎士ですから」
相変わらず固い奴だ。少しくらい休めば良かろうに。
「ゴーイング、ワシと一緒に茶でも飲むか? 茶を飲む話し相手となれ」
「分かりました。ご一緒しましょう」
「うむ。では何を話そうかな? ゴーイングよ、面白い話はあるか?」
「そうですな……。ディーアから聞いた話ですが、テオドール様がアルムエルグ殿にデートプランを教授したようですが……」
「それは知っている。アルムから直接聞いたぞ」
「ではアルムエルグ殿達が参加した歓迎会の事ですが」
「その話は各関係者から報告書を提出させた。お主も読んだだろう」
「……アルムエルグ殿の話題は共有しているので、先王陛下が知らない話題は私も知りませんね」
「……確かにな。アルムの報告書は共有しているからの」
「ではテオドール殿の話題はどうですか? 好いている子が居るとか?」
「ミリアの側近のファムの事か? たしかアルムが歓迎会で二人は一緒に踊ったと言っておったな」
「二人とも苦労していますからね。アルムエルグ殿とミリアリア様の関係を良くする為に頑張っているそうです」
「頑張って欲しいが、ミリアが祝福を授からなければ、アルムに魔法が使えたら問題ないのにの……」
魔法が使える人間を祝福するミリアと、魔法を使えないアルム。どうにかして欲しいが難しいかの。
しかし神聖魔法で祝福を封じればミリアはアルムと良い仲になれる。……現在は一分しか祝福を封じる事が出来ないが将来は十分くらい封じて欲しい。
「魔法を使用できるアイテムとか祝福を封じるアイテムとかあれば良いのですが……」
「そのような国家級の魔道具などある訳があるまい。国宝の宝珠にも増幅は出来るが封じる様な効果はないのだから」
「……ただの一騎士に国家秘密を洩らさないでください」
「ゴーイングなら墓まで持って行けば問題あるまい。どうせ秘密が一つ増えただけじゃろう」
ため息をついてお茶を飲むゴーイング。少し口が滑った事は悪いと思うが、奴なら良かろうと思う自分は責務から解放されたと思う。
バルデハイム王国の国宝である宝珠の効果は魔法を増幅する魔道具である。知っているのは王国上層部で効果まで知っているのは国王だけだ。
この事が他国に知られたら宝珠をめぐって戦争が過激になるだろう。だから国家機密としているのだ。
他国にも国宝の様な魔道具が有るかもしれない。バルデハイム王国の魔道具も名も知らない滅んだ王国の魔道具なのだから。だから他国も滅んだ王国の魔道具を持っているかもしれない。
ローデンファング公国は国宝を持っていない。ローデンファング公国は元々アスタテスラ国から別れて建国した国だからだ。
この大陸で戦争が続いているのは国宝である魔道具が目的で『他国がバルデハイム王国のような国宝を奪って大陸を統べるのか?』と考える。バルデハイム王国の魔道具よりも戦争向けの魔道具を持っているのではないかと考える。
そして現在、エルドラージ王国が周辺国家を征服し、今は占領地の支配中だ。それが終われば今度はバルデハイム王国が標的になる可能性がある。
その為に現国王の息子とアルム達はエルドラージ王国と同盟を結ぶ為に向かっている。
今のエルドラージ王国は内政とバルデハイム王国と反対側の国と戦っている最中なのだから。
エルドラージ王国はバルデハイム王国との二年間の同盟と言っている。エルドラージ王国は二年間で占領地を支配出来ると考えているからだろう。
……それなのに現国王の息子は『こちらもアスタテスラ国と戦争をしている。エルドラージ王国と戦う事は難しい』と言って同盟を結ぶ事にした。
確かに正しいと思う。二国と同時に戦争するよりも、一国と戦争する方が楽だ。
しかしアスタテスラ国よりもエルドラージ王国の方が脅威だ。今の内に叩いた方が良いと考えるが、今の国王は息子だから反論はしないし口も出さない。
出来る事はアスタテスラ国との戦争を早く終わらせて、エルドラージ王国に備える事。その為にエルドラージ王国とより深く協定を結ぶ事が大事だ。
「先王陛下、如何しましたか?」
「……いや考え事じゃ」
面倒な考えは止めよう。今回は休暇なのだから。フルブルーグは考える事を止めた。
夕食の時間になり、ジャルブランド公爵達と食事を取る。
「……この香草焼き、前よりも美味く感じるのだが」
「屋敷の料理長が工夫し研鑽した結果です。先王陛下が褒めていたと伝えましょう」
香草焼きだけではなく、老人に配慮した味付けで他の料理も美味い。そういえばワシの好物が並んでいるな。ワシの好物なんてどうして知っているのだ?
「私の妹が何処で何をしているのかをご存知でしょう。妹から先王陛下の好物を聞いたのですよ」
……妹が王妃だからワシの好物を知る事が出来るか。王族の情報を漏らすのは不敬だと思うが、美味い飯に免じて許そう。
「そういえば公爵の息子のワレーンドルよ。お主は結婚しておらぬよな。婚約者は居ないのか?」
「近い内に結婚する予定です。相手は私の幼馴染で分家の令嬢です」
「そうか。では結婚式には祝辞を送らないといけないな。結婚式の日時が決まったら、王妃経由で連絡してくれ。ゴーイングに祝いの品を届けさせよう」
「お心遣い誠に感謝します」
「ドックライム公爵の次期当主も結婚し、ジャルブランド公爵の次期当主も結婚する。良い事だ」
ドックライム公爵の名を出すと室内に緊張が走った。ジャルブランド公爵家家族は問題ないが、親族や側近達はドックライム公爵を許してはいない様だ。
「先代ドックライム公爵は死んだ。現当主は先代とは違う。その事を考えてほしい」
「……申し訳ございません。私も皆に伝えているのですが、なにぶん……」
「先代ドックライム公爵の悪事を知っていれば当然だが今は違う。死んだ者を呪っても恨んでも無駄だと思う。難しいと思うが今のドックライム公爵を信じて欲しい」
「もちろん、私達はドックライム公爵を信じています。同じ国の貴族なのですから」
……先代公爵と現ドックライム公爵は嘘を言っていないな。次期公爵は、
「そういえばワレーンドルはオーラムヴェルと手紙のやり取りをしていたな。弟や妹を通じて」
ゴホッ! と喉を詰まらせる次期公爵ワレーンドル。……まだまだ服芸が足りない様だ。
「この程度で顔色を変えるとはまだまだだな。ほれ、父親と祖父を見てみろ。いつも通りの表情じゃ」
このような悪戯は楽しいの。
「どうして知っているのか? と思ったか? 情報収集は基本だぞ。隠居しても情報は入って来る」
「……小さき守護者からですか?」
「違うぞ、ワレーンドル。小さき守護者ではなくワシ直属の者じゃ。もちろんアルムが言ったのではない」
……まあ、アルムの書く手紙の内容をゴーイングが知ったから分かったのだがな。
「良い考えだ。実を言うとワシも考えておったのだ。高位貴族の機密同盟。それを両次期公爵のお主達が率先してくれて感謝しているくらいじゃ」
「先王陛下、あまり孫を苛めないで下さい」
「何を言う。アルムにはいつもこのような会話だぞ。苛めなんてもってのほかじゃ」
……どうして皆がゴーイングに目を向けて確認をするのか?
ゴーイングは首を縦に振ると、ジャルブランド公爵はため息をつき、ワレーンドルは苦笑い。先代は「アルムエルグ殿を鍛えていらっしゃる」と笑う。
ワシの精神も胃も昔以上に、アルムの言動で強くなったから良いだろう。
夕食後、部屋で一人、静かな時間を過ごしていた。
ゴーイングは知人に呼ばれて、先代国王から「知り合いと会ってこい」と言われて護衛から外れる。
窓の外を見ると月明かりのせいで庭園が昼見るよりも美しく見えた。
庭園を散策しようと外に出る。
亡き妻と一緒に散策すれば良かったと感傷的になる。
やはり今度アルムとミリアを連れて来ようと思いながら庭園を散策した。
庭園の中央の東屋が見えたので、少し休もうと向かうと先客がいた。
喪服のように黒いドレスと顔が見えない様にベールも黒色の女性だった。顔は見えないが雰囲気は知っている。娘のシルヴィアーナに似ていた。
夜の静かな庭園に風が吹かなくなり、虫の声も聞こえなくなった空間で二人は見つめ合った。
「……シルヴィアーナか?」
恐る恐る娘に声をかけるフルブルーグ。
「お久しぶりです。お父様」
合っていたと心の中で安堵するが顔に出さない先代国王。
「久しぶりじゃな。……息災だったから?」
「はい。……ジャルブランド公爵に良くしてもらっています」
庭園に静寂が戻る。会話が続かない二人。
フルブルーグは数十年ぶりの娘と会話がしたかったが何も思いつかなかった。
「お父様、こちらへどうぞ」
娘に席を勧められて、フルブルーグは東屋の椅子に座った。
椅子に座るとシルヴィアーナは酒とコップを取り出して二人分注ぐ。
「散策で喉が渇いたでしょう。どうぞ」
シルヴィアーナは先に自分の分の酒を飲む。毒見のつもりなのか?
フルブルーグはその行為に少し機嫌を損ねたが黙り、娘が注いでくれた酒を飲み干した。
「……おかわり。美味い酒だな」
「お父様好みのお酒でしょう。ジャルブランド公爵邸から貰ってきました」
ジャルブランド公爵達はこの庭園で娘と再会させる様に仕向けたのだとフルブルーグは思った。……気を利かせるジャルブランド公爵達に感謝した。
そしてシルヴィアーナと会話しようとしたが、上手く口に出せないフルブルーグ。庭園が綺麗だとか、体を崩していないか? とか当たり障りのない会話しかできず、本来の謝罪が口に出せなかった。
そして娘に謝ろうと声を出す前にシルヴィアーナが話しかけてきた。
「この庭園は私のお気に入りの場所でした。ジャルブランド公爵邸に初めて来た時、あの人と出会った場所でした」
思い出すように庭園を見るシルヴィアーナ。
「エルリーシャの護衛騎士だったあの人は、ジャルブランド公爵邸に滞在中に庭園で迷子になった私を助けてくれた時が最初の出会いでした」
現王妃エルリーシャが公爵邸に居た時の幼少期の護衛でシルヴィアーナの想い人だった騎士。
「いたずらも笑って許してくれる優しい人で……」
現公爵の同年代で彼等も側近として子供の時から側に居て兄の様な、護衛の様な存在で子供の頃から公爵家の子供達を守っていた。
「将来は皆を守る騎士になるって夢を叶える為に頑張っている姿に惹かれていきました」
その後、騎士になり公爵家を守る為に忠誠を誓う。年齢はエルリーシャやシルヴィアーナよりも五歳くらい歳が離れていたが、心根が良く皆から慕われていた。
「護衛騎士としても強く、私やエルリーシャを守ってくれました」
エルリーシャが王都に来た時、シルヴィアーナとのお茶会でも騎士として護衛していた。
「私も王族でしたから立場は分かっていた積りです。……ですがドックライム公爵子息はどうしても駄目でした。ドックライム公爵の悪評は私の耳にも入っていたのです」
先代ドックライム公爵は悪評が広がっていた。半分は敵対派閥からの嘘情報だったが半分は真実だった。
両公爵を纏める事が国王の務め。その為に公平に扱わなければならなかった。
ジャルブランド公爵家から王妃を迎えるので、ドックライム公爵家に娘を嫁にやる事で公平性を保った。
しかしシルヴィアーナの婚約者候補のドックライム公爵家次男のガガーロンは、シルヴィアーナの好みとは反対の男だった。
ジャルブランド公爵親族の騎士とドックライム公爵貴族令息の次男。
明るい好青年とは逆の影ある陰険な青年。
嘘が嫌いで忠誠心ある騎士とは違い、馬鹿とハサミは使い様と人を騙すような貴族。
聞き上手で話し上手の男と、話を聞かない自己自慢の男。
「ワシは国王だった。だから国の為と思って……」
「お兄様や義姉の様に信頼できる人と結ばれたかった」
ドックライム公爵次男と婚約したくないシルヴィアーナ。そして周りの協力もあって策を練った。
しかしシルヴィアーナの想い人の騎士は死んでしまった。殺されてしまった。
シルヴィアーナの顔と心に傷を残し、シルヴィアーナは王宮から出て行き、ジャルブランド公爵領の神殿で騎士の為に祈り続けた。
そして王国内を纏める為にフルブルーグ国王は動く事になった。両公爵家からの協力は難しくなり、才ある貴族達を採用した。
その労力を思い出して気分が悪くなった。
「……すまない。ワシが愚かであった。王としてワシは最善だと思っていた。しかし……」
気分が更に悪くなった吐き気が酷い。
毒! と思った。フルブルーグは酒を見る。そしてシルヴィアーナを見た。シルヴィアーナの口から血が流れていた。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




