8 癒し? と見舞い
……悪夢を見た。
暗殺者がオレを殺しに来る悪夢だ。
何度も何度も見る悪夢で怖い、気持ち悪い、吐き気がする。
最後には暗殺者に殺さるか、殺して悪夢から覚める。
でも今回の悪夢は違った。
血まみれの暗殺者に殺されそうになり、オレは震えて何も出来なかったが……。
「邪魔だー!」
との怒声と一緒に飛び蹴りをして暗殺者を吹っ飛ばす!
神殿の高位の人間しか纏う事の出来ない衣を着た老婆だった。
……何が起きた?
「コラ! アルム! なにボサッとしているんだい! 早くシャキッとしな!」
「は、はい!」
勢いに飲まれて姿勢を正す。
「アルム。悪夢に負けるな! こんな悪夢なんか、いつものようにぶん殴って簀巻きにしな!」
血まみれの暗殺者がいつの間にか近くに居た。笑いながら立っている。
「ほら、ぶん殴って簀巻きにする! 早くおし!」
「はい!」
老婆の言う通りに、暗殺者をぶん殴って簀巻きにする。
「ほら、こっちに二体、あっちに三体、向こうに五体の暗殺者が居るよ! 早く全員ぶん殴って簀巻きにしな!」
二体の暗殺者は立っているだけ、老婆の言う通り殴って簀巻きにした。
三体の暗殺者はのそのそと動いており、それもぶん殴って簀巻きにした。
五体の暗殺者は武器を持って殺そうとしてきたが、ぶん殴って簀巻きにした。
「どうだい? 暗殺者は怖いかい? 怖くないだろう。普段のアルムなら十や二十や五十の暗殺者なんて簡単に簀巻きに出来るんだよ」
そうだ。いつも通りの動きをしていたら暗殺者なんて怖くない……。
「狂った奴を怖がるな。狂った人間は世界の為に簀巻きにしな。それが世界平和の為なのだから」
……狂った人間は簀巻きに。世界平和の為に。
「狂った暗殺者は怖くない! はい、復唱!」
「狂った暗殺者は怖くない!」
「狂った奴はぶん殴って簀巻きにする!」
「狂った奴はぶん殴って簀巻きにする!」
「血を見ても怖がらない!」
「血を見ても怖がらない!」
「毎日、食事をする!」
「毎日、食事をする!」
「おばあさんを大切に!」
「おばあさんを大切に!」
大声で復唱した。……暗殺者は怖くない。狂った奴はぶん殴る。血を見ても怖がらない。毎日ご飯を食べておばあさんを大切に。狂った奴は怖くない。暗殺者はぶん殴る。血を見ても簀巻きにする。毎日、大切なおばあさんと食事する。狂った暗殺者は毎日ぶん殴り、血とご飯が大切なおばあさんと簀巻きを見る。
「あれ? 少し言葉がズレてるね」
「狂った暗殺者を毎日、おばあさんとご飯と血を見るまでぶん殴り簀巻きにする」
「変更しないといけないね……。狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらないはい復唱!」
「……狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない。狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない。狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない……」
「はて? 悪夢を乗り越える魔法は、こんな解決方だったかね? 悪夢は乗り越えたと思うけど……。まあ、大丈夫だろ」
そう言って老婆は霞のように消えた。しかしオレはそんな事は気にしない。
「……ぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない。狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない。狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない。狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない。狂った暗殺者は……」
すっとつぶやいていた……。
血だらけで笑っている暗殺者がいる。
「狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない」
言葉通り暗殺者をぶん殴って簀巻きにした。
……何人も、何十人もの血だらけで笑っている暗殺者が現れた。
「狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない」
言葉通り暗殺者をぶん殴って簀巻きにした。何人も何十人も何百人も……。
……目が覚めた。吐き気もしない、恐怖に震えない、寝汗もかいていない。普通の目覚めだ。……でも喉が渇いた。水が欲しいな。
「おはようございます、アルム様」
ベッドの隣にミリアリア様が椅子に座っている。ビックリする! 部屋を見渡すと周りにはオレとミリアリア様の二人しかいない!
いつもミリアリア様と会うときは必ず側近の人か学友がいるけど、二人きりというのは初めて……ではないか。誘拐された時に二人きりになった事があったな。
そんな事はどうでも良い! それよりもどんな状況だ!
「体調は如何ですか? 具合は如何ですか?」
オレに体調を聞いてくる。体調不良をディスる気なのか?
「体調はいたって問題ありません」
……体調が良くなったことに少し驚く。悪夢を見て吐き気などを起こしていたけど、今回は悪夢が……。夢を思い出した! 血まみれの笑っている暗殺者を簀巻きにした夢だ!
「アルム様がご無事で何よりです。……本当にご無事で良かった」
オレの手を握るミリアリア様。……毒を吐かないな。でもミリアリア様の手が温かい。……初めてミリアリア様の手を触った気がする。なんか顔に血が上って赤くなっている気がする。
「ご心配をおかけしました。ミリアリア様」
「婚約者なのですから、心配するのは当然の事ではありませんか。医者を呼んできますので少しお待ちください」
ミリアリア様は手を離して、部屋を出て行った。
……あれ? 毒舌は? ミリアリア様がオレに毒を吐いていない。毒を吐くのを絶った? 略して毒絶?
ミリアリア様の言動に混乱している中、部屋に先王陛下とゴーイングさんと医者の格好をした人が入って来た。
「アルム、調子はどうだ?」
「特に問題ありません。……少しお腹がすいていますけど」
先王陛下に体調を聞かれて答えると「医者に診てもらった後で食事の準備をさせよう」と言ってゴーイングさんに命じる。ゴーイングさんは部屋の外に居るであろう侍女に頼んで戻って来た。
「みんなに心配をかけました。申し訳ございません」
「気にするな。アルムは悪夢を乗り越えたのだろう? 今までの悪夢はアルムが強くなるための試練だったのだろう。その試練に打ち勝ったのだからな」
先王陛下はオレが悪夢を見ていた事を知っており、それに打ち勝ったと言う。……本当に打ち勝ったのかな? 悪夢の内容を思い出す、狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない。狂った暗殺者はぶん殴って簀巻きにする。血を見ても怖がらない」
「アルム! おい、アルム!」
医者に診断されながら悪夢の事を思い出し、経験した事が声に出ていた様だ。
「アルム、大丈夫か? 無表情で呟いていたぞ?」
「大丈夫です」
……大丈夫。暗殺者を殴って簀巻きにするだけの夢だったから。
医者の診断の結果、体力が落ちているので、食事をしっかりとって休んだら健康状態に戻ると言われた。
医者が出て行ったら、侍女が入って来て食事を持って来てくれた。ゴーイングさんが「固形食は胃に負担がかかるから、まずはスープを飲んで胃の調子を整えましょう」と言う。
一口、スープを飲み、胃がスープを受け付けた。吐き気もしない。久しぶりに美味しいスープを飲んだ。
「アルム。今は食事をとってゆっくり休め。休んだ後にドックライム公爵達が見舞いに来させるからな」
スープを飲み干して食事を終えたオレに、先王陛下はそう言ってゴーイングさんは部屋を出て行った。
久しぶりに美味しいスープを飲んで少し眠くなった。
ベッドに横になり、目を閉じるとあっという間に睡魔が襲ってきた。
悪夢を見ないという確信があり、暗殺者が襲って来てもぶん殴って簀巻きにするだけなので、安心して眠りについた。
※
ミリアリア様の学友である私、ファムは今回のやりとりについて涙が出るくらい嬉しいです。
「ミリアリア様! 素晴らしいです! 花丸です! 満点です!」
「アルムエルグ様に毒を吐かず、恋仲のような雰囲気で、婚約者という事も主張できました! 素晴らしいです!」
「おめでとうございます、ミリアリア様!」
アルムエルグ様の休んでいる部屋の少し離れた場所で待機していたミリアリア様側近全員が、ミリアリア様とアルムエルグ様のやり取りに喜びました。
学友になって初めての経験です。本当に涙が出てきました。エリスお姉様も他の側近の方々もハンカチで涙を拭っています。
王妃様もミリアリア様を誉めていますし、アルムエルグ様のお母様であるディアエルナ様も涙を流して喜んでいます。
今回の見舞いは、時間がたりず、台本も練習もない状態でした。
ミリアリア様の神聖魔法で祝福を封じる魔法を使ってアルムエルグ様との見舞い。制限時間は魔法の効果が切れる一分以内でした。
まずは、ミリアリア様が魔封じの魔法を、ディアエルナ様がアルムエルグ様を神聖魔法の目覚ましの魔法で起こします。そして王妃様が即興で作った話題でアルムエルグ様とミリアリア様が会話をします。
一分以内の話題なので多くは話せませんが、ミリアリア様自身が『婚約者』という言葉をアルムエルグ様に伝える事が出来たので満点です!
「もう少しアルム様とお話を続けたかったです……」
「駄目です。魔法の効力が切れたら大変なのですから。毒吐いてアルム様をこれ以上傷つけないためにも余裕は必要です。念の為の作戦を使わなくて良かったです」
残念がるミリアリア様とそれを注意する王妃様。
念の為の作戦とは、魔封じの魔法の効力が切れた場合の作戦です。
時間が五十秒になると先王陛下とゴーイング様が部屋に入って来て、先王陛下がミリアリア様に医者を呼ぶように退出させる作戦でした。無駄になった良かったです。
「しかし、アルムが悪夢を乗り越えて良かったな」
「そうですな」
「全くです」
陛下、宰相、騎士団長も近くにおり、
「アルムが無事で良かった。しかし人数多いな……」
「そうですね。しかし主要人物が集まり過ぎだと思うのですが……」
「今狙われたら危険ですね……」
ドックライム公爵、テオドール様、ディーアさんが現状に危機感を持つ。
あ、ゴーイング様がドアから顔を出しました!
「食事の準備を頼む。アルムエルグ殿に食欲が戻ったようです」
「分かりました。スープを用意させますので、しばらくお待ちください」
侍女の格好をしているエリスお姉様がアルムエルグ様に用意していたスープを確認して準備しました。エリスお姉様は変装して地味な侍女姿です。アルムエルグ様も分からないと思います。
「アルムエルグ殿の食事の準備が出来ました」
「エリス、アルムエルグ殿の顔色と体調の確認をお願いね」
「分かりました、王妃様」
この後、医者が退出しゴーイング様が食事を頼みました。エリスお姉様が食事を持っていきます。
そして医者は此処に集まっている皆に、アルムエルグ様の体調を伝えます。……特に問題ない様で良かったです。
先王陛下とゴーイング様とエリスお姉様も戻ってきました。
「アルムは食欲が戻ったようだ。スープを飲み、休んだら体力も戻るだろう」
「アルムエルグ様の顔色も問題ありません。数日で良くなるでしょう」
二人の説明を聞いて私達は安堵しました。アルムエルグ様の体調が良くなり、みんな喜んでいます。
「では、私はもう一度、お見舞いに行きますね」
ミリアリア様が神聖魔法の魔封じの魔法を使って、アルムエルグ様のお見舞いに行こうとしましたが、王妃様に待ったをかけられます。
「今はゆっくりアルムエルグ殿を寝かせてあげましょう。それに今後の話し合いも廊下ではなく、それ相応の場所で話し合いをしないといけません」
そう言ってミリアリア様の手を引いてその場を離れる王妃様。他の皆様も頷いて解散します。
私もミリアリア様と側近のみんなと一緒にミリアリア様の後を追いました。
本当にアルムエルグ様の体調が戻って良かったです。
※
「ベルファルト殿下。ドックライム公爵令息の体調が回復しているそうです」
「らしいな。その程度の事など報告など不要だ。まったく……」
私はバルデハイム王国の次期国王である。その父親である国王陛下から課題を出されてそれどころではない。
「お見舞いには行かれないのですか?」
「倒れた程度だろう。アルムは惰弱な欠陥魔法使いだ。それよりも課題の方が大事だ」
無能の見舞いに行く時間がもったいない。こっちは勉強で疲れているんだ。
「……少し休憩しよう。茶の用意だ」
「でしたら、休憩の合間にお見舞いに行かれて……」
「茶の用意だ! 早く私に茶を用意しろ!」
「はい!」
従者が茶の準備で退出する。まったく、どうして私が無能の見舞いに行かなければならないのだ!
体調不良で倒れただけだろう。その程度ならポーションを飲めば治るだろう。
無能の分際で王宮の与えられた自室休んでいるとは。無能は屋敷に帰って好きなだけ自室で休め!
王宮の専属医師に診てもらうとは勿体ない。無能にはそこらの町医者で十分だろう!
どうして父上や母上まで見舞いに行くのだ!? 無能の見舞いに行くよりも大事な事があるだろう!
お爺様に信頼された程度で王宮に居座る無能め。そんな奴よりも他に優秀な者がいるだろう!
妹の婚約者だ? あのような無能には勿体ない!
アルムは私よりも能力が低く、魔法を使えない欠陥魔法使いだ。そんな奴が学友だったこと自体が私の汚点だ。
……学院に入ったら側近を集めないといけないな。私の側近に相応しい人材を集めて、次期国王の為に忠誠を誓う者達だ。学友だったラーブスとデーデル、他にも有能な貴族子弟は居る。その者達も側近に加えよう。
「ベルファルト殿下、お茶の準備が出来ました」
「遅い! 何していた! 私を待たせるとは何事だ!」
「申し訳ありません」
まったく、愚図の側近だ。こんな愚図はクビにしたいが、父上の許可が必要だから勝手にクビには出来ない。おまけに茶が熱くて飲みにくい。アルムと同じくらい無能な従者だ。
「ベルファルト殿下」
「今度はなんだ! こっちは忙しいのだぞ!」
茶を飲むのに忙しいのに何のようだ!
「先日の陛下から頂いた書類はお読みになりましたか?」
「書類?」
……そういえば報告書を貰ったような。課題が忙しかったから机の引き出しに入れてまだ読んでないな。引き出しから書類を取り読む。なになに……。
「……婚約者の件か。そういえば母上から婚約者に手紙を送るから、オレにも手紙を書けと言われていたな。……面倒だな。おい、お前が手紙を書け」
「は? 私が手紙を書くのですか!? 相手の名前も顔も性格も知らない相手にどんな事を書くというのですか!」
「適当に書いておけ。その程度のことは無能のアルムでも出来るぞ。お前は欠陥魔法使いのアルムよりも無能なのか?」
「アルムエルグ様はお優しく優秀な方です。テオドール殿下の学友として勉学を励んでいます。そのように相手を見下す考えはお止めください」
「うるさいな! 私に逆らうつもりか! クビにするぞ!」
「ベルファルト殿下。貴方にそのような権限はありません。それより……」
「うるさい! 黙れ! 部屋から出て行け!」
「……失礼します」
部屋から出て行った無能な従者のせいで私の気分は悪く、怒りがこみ上げる。前はアルムを剣の訓練の時に叩いてストレス解消していたが、今は剣の訓練では素振りしか出来ないからストレス解消も出来ない。
物を殴って当たろうと考えるが、前に物を壊したら説教を受けたから出来ない。
……学院では両親の監視の目も緩くなっているだろうから、学院では好き勝手出来そうだな。
しかし妹のミリアリアも一緒に学院に通うし、いとこのテオドールも入学するが、この二人程度なら大丈夫だろう。オレが『黙れ』と命令すれば逆らう事は出来ないはずだ。アルムも同様に私が『黙れ』と言えば黙るに違いない。私が次期国王なのだから命令には従うのは当たり前だ。
さて、そろそろ課題を始めるか。まったくどうしてこんな課題をしないといけなのだ。もっと次期国王としてするべき事があると思うのだが。……これも学院に通うまでの辛抱だな。学院に通い始めればもっと時間が取れるはずだから。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




