6 悪夢と見舞い
……寝る事が出来ない。寝たら悪夢を見る。二種類の悪夢だ。
一つ目の夢は、暗殺者がオレを殺そうとする夢だ。
血だらけの顔で笑いながらオレに迫り、ナイフをオレに突き立てようとする。
夢の中のオレは動く事が出来ない。どんなに頑張っても動く事が出来なかった。
暗殺者はオレの心臓にナイフを突き立て、悪夢から目覚める。
恐怖で目が覚め、全身汗をかいていて、気持ち悪い。頭の中で暗殺者の笑い声が響く。
その後、恐怖で寒気をして震えてしまう。
二つの目の夢は、オレが暗殺者を殺す夢。
オレの拳が迫ってくる暗殺者の体を突き刺して殺す夢だ。
拳が暗殺者の体を突き刺す感触、暗殺者の血で血まみれになるオレ。
致命傷だが嬉しそうに笑う暗殺者。
「坊主が、初めて、殺した、相手は、オレだ。忘れるな」
そう言って暗殺者は楽しそうに笑う。次第に暗殺者の笑い声が小さくなり、次第に聞こえなくなる。
オレは血まみれの姿で、気持ち悪くなり吐き気を催す。
吐き気で目が覚め、オレは全身汗をかいていて、気持ち悪い。頭の中に暗殺者の笑い声が響く。
その後、胃液を吐いてしまう。
何度も悪夢を見て、目を覚まし、恐怖に震え、吐き気を催す。
医者が言うには外傷もなく、毒を盛られた様子もないと言っている。
眠る前に睡眠薬を渡され、使用するが効かない。寝れば悪夢を見て目が覚める。
その繰り返しだった。
先王陛下やゴーイングさんやディーアにあの場所で起こった出来事を伝えた。
五人の死体。一人の暗殺者がオレに襲ってきた。
狂った暗殺者で、笑いながらオレを殺しに来た。
暗殺者を気絶させる事が出来なくて、殴っても気絶しない暗殺者に恐怖した。
ナイフが相手に当たって血が流れた。その流れる血を見て更に恐怖した。
血まみれの暗殺者が笑いながらオレを殺そうと動くけど、オレは恐怖で動く事が出来なかった。
最後は無意識に拳を繰り出して、暗殺者の体を貫通した。腕が生暖かく暗殺者の体温を腕で感じた。
それでも暗殺者は死なず、笑いながらオレに呪いの言葉をかけて死んだ。
呪いの言葉は『坊主が、初めて、殺した、相手は、オレだ。忘れるな』だ。
生涯、この暗殺者の顔も声も仕草も忘れる事が出来ないだろう。
暗殺者を殺した後は、眩暈がして、気づいたら王宮のベッドで寝ていたと皆に説明をした。
説明を聞いていた先王陛下は、
「心配するな、アルム。暗殺者は居ない。お前を二度と襲ってくることは無いのだから。だから心を落ち着かせて、ゆっくり楽しい事でも考えながら目を瞑れば悪夢なんぞ見らずに休むことが出来る」
しかし悪夢を見てしまう。
医者に相談して睡眠薬の量を増やして貰えるか相談したが、子供に多量の睡眠薬は危険だと注意された。
父上と母上が見舞いに来てくれた。二人はオレの顔を見て少し驚いていた。眠る事が出来なくて、目の隈に驚いたかもしれない。
「少し働きすぎだな。ゆっくり休め」
「アルム。甘くて美味しい果物を持ってきたわ。食べましょう」
父上から休めと言われ、母上から見舞いの品の果物を食べた。……あまり美味しいと感じなかった。味覚が変になったのかな?
両親とたわいもない会話をした。「体調が治ったら、学院用の私物を準備しよう」とか「兄の結婚式の準備を手伝う」とか「家族でお茶会をする」とかたわいもない会話だ。
オレは頷くだけで、母上がずっと話していた。
見舞いの時間が終わり、両親は退出した。最後に母上が抱きしめてくれて、
「体には気をつけてね」
と言って両親と別れた。
……一人になると、暗殺者の笑い声が頭に響く。この笑い声はどうすれば聞こえなくなるだろうか?
悪夢を見て目が覚めた……。
薄明りの照明だけが部屋を照らしていた。窓を見ると外は暗く、夜だと分かった。
周りには誰も居ないはずなのに、壁際に笑っている暗殺者が立っていた。
頭の中で暗殺者の笑い声が聞こえる。……壁際に立っている暗殺者が笑っている様だった。
壁際からオレの方に笑いながら近づいてくる暗殺者……。
怖くなり、後ろに下がったらベッドから落ちた。そして壁際まで下がる。
……暗殺者の方を見ると居なくなっていた。部屋には誰も居ない。薄暗い部屋にはオレしかいない。
部屋にオレだけしかいない事に心細くなった。今までは怖くなかったのに今は一人でいる事が怖い。
恐怖に震えながらその場に居た。
……窓の外が明るくなり、朝日が昇るまで壁際に居た。
明るくなる部屋にはオレ以外は誰も居ない。
安堵してその場で眠りについた。
陛下と王妃の二人がお見舞いに来てくれた。やはりオレを見て少し驚いている。……やっぱり目の隈に驚いているのだろう。
「アルム、食べているか? 食べないと治るものも治らないぞ」
「そうですよ。食べたい料理はある? 王宮の料理長に作らせるわよ」
ご飯は食べても吐いてしまうから。それに食欲も無いし。でも御二人に心配かけない様に「分かりました」と言った。
「ミリアも見舞いに来たがっていたが……」
「アルムエルグ殿を心配していましたが、病人に気を使って体調を崩してはいけませんからね」
確かにミリアリア様が見舞いに来たら、毒吐かれて落ち込みそう……。でも落ち込み過ぎて暗殺者の笑い声は響かなくなるかもしれないな。
「皆様にご心配をおかけして、誠に申し訳ございません。体調回復に務めます」
短い時間であったが、陛下達の見舞いが終わった。
……笑い声が頭に響く。どうすれば声が聞こえなくなるだろう。耳を塞いでも頭の中で笑い声が響く。
耳を取ったら聞こえなくなるだろうか?
テオドールが見舞いに来た。やはりオレを見て驚いた。
「アルム、大丈夫かい?」
「……寝る事が出来ない。気分が悪い。吐き気がする」
テオドールには本音で話した。ぜんぜん平気じゃない。寝たいけど悪夢を見てすぐに目が覚める事を話した。
「暗殺者に殺される夢、殺す夢を見る。目が覚めると食べた物を吐いてしまう。起きていると、暗殺者の笑い声が聞こえて、頭がおかしくなる」
「……医者はなんて?」
「話していない。医者に診て貰ったけど、特に問題無いって言っているし」
「問題あるよ! トラウマ負っているじゃないか!」
「トラウマって?」
「心的外傷後ストレス障害! 肉体的及び精神的に衝撃を受けた事で、その事に長い間とらわれる状態って意味だよ!」
そうか。この症状はトラウマっていう病気だったんだな。
「暗殺者に殺されそうになったときの恐怖が心の傷になって、アルムに悪夢を見せているんだよ」
「トラウマの特効薬ってある?」
「……とりあえず先王陛下からの説教から始まり、次はドックライム公爵の説教。今まで黙っていた罰だよ! 特効薬はその後!」
なに怒っているんだ? テオドール。
「他に話さないといけない事は?」
「……みんながオレを見て驚いている。寝てないから目の隈が凄いのか?」
「体調不良で食事をとってないだろう。そのせいで体重が落ちて、やせ細っているから、みんな驚いているんだよ」
そうだったのか……。でも食べても吐いてしまうから仕方がない。
「先王陛下達に報告するから。もう少しで良くなると思うから。先王陛下が神殿から神聖魔法の使い手を手配している最中だから」
母上も神聖魔法の使い手だから、母上に癒して貰っても……。
「悪夢や吐き気以外になにかある?」
「……一人でいると、暗殺者の笑い声が頭の中で響く」
「重症だよ……。陛下達にも報告して、医者に対処してもらうから。もう少しで治せると思うから、頑張って」
テオドールは退出した。
……トラウマって病気だったんだな。オレの症状は。
悪夢を見るのも、吐き気がするのも、眠れないのも、頭の中で響く暗殺者も全部、トラウマのせいだったんだな。
でも病名が分かっても何も解決しない。
テオドールが特効薬を持って来るって言ったから、治ると信じてオレは吐き気と、頭に響く笑い声と、血だらけで笑っている暗殺者の幻影に堪えることにした。
トラウマって病気には今後はかかりたくないな……。
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