小さな光
せっかく自分の部屋で気持ちを落ち着かせようと思っていたのに――。
「シモンズ、どうして私よりもあなたの方が先に部屋にいるの?」
王宮で確かにお別れをしたと思っていたのに……邸に着いて自室の扉を開くと、デスサイズに乗って浮かんでいるシモンズがいたのだ。
思わず叫んでしまいそうになったので、侍女長のレクシーには自分で着替えると言い、この部屋には私しかいない。
王宮ではミハエル殿下姿だったけれど、今は完全にシモンズの姿なので邸の者には見えていないでしょうけれど。
『いや……帰り際にちょっと気になることがあってだな……飛んできた』
シモンズは言いにくそうにモゴモゴと口ごもっている。
子供のような性格とは反対に、相変わらず見た目は死神とは思えない美しさとスラリとした長身、長くて艶やかな銀髪……毎回シモンズの死神姿に見惚れてしまう自分がいる。
出合ってからずっと疑問に思っているのだけど、彼は本当に死神なのかしら。
いい加減な口調や態度などを見ると死神とも思えるけれど、どこか上に立つ者の風格があり、尊大で、ただの死神とは思えない時がある。
でもそんな死神さんが戸惑っている姿は少し可愛らしいように思えて、クスッと笑ってしまうのだった。
「怒っているわけじゃないのです。 何かあったのかなと思ったものですから」
『何かあったわけじゃないんだが……アンテリーナはグリエルの国に行きたいのか?』
「え?」
『アイツの話に、少し考え込んでいただろう』
デスサイズの上に乗ってはいるものの、そのままこちらに近付いてきて勢いのままこちらに詰め寄ってくるシモンズ。
あれは私がグリエル殿下の国に行った方がいいという話をあなたが否定しないから……行ってもいいと言われているみたいで。
でも今の彼は行ってほしくなさそうに見える。
その姿を見ていると、ほんの少し王宮でのモヤモヤした気持ちが晴れていくような気がした。
「私は死神さんと契約しておりますし、勝手にシジリアス王国へ行く事はいたしません」
『……分かっている。 俺たちは生きている者の魂を勝手に刈る事は出来ない……それに同意なく契約破棄をすればお互いにただじゃ済まない』
せっかく晴れてきた気持ちが、「契約破棄」という言葉でまた重くなっていった。
自分の望みの為にこの契約をしたのだから後悔はしていない……死にたくないわけでもない。
魂を渡すならシモンズがいい。
ただこの話をされると胸が苦しくなる。王宮の時と同じ――――
私は自分の気持ちを落ち着かせるように彼の手を両手で包んで、視線を合わせた。
「大丈夫です。 私は離れません」
一瞬目を見開いた死神さんはそれ以上何も言わず、私の肩に頭を乗せてきたのだった。
普通の人間には姿を見る事が出来ない存在のシモンズ……バルコニーで触れた時も感じたけれど、重ねた手や彼の額や髪からちゃんと存在を感じるものなのね。
なんだかその事にとても気持ちが落ち着いてくるわ。
サラリと肌をかすめる銀糸の髪がくすぐったい。
自分で言葉にして腑に落ちた気がした――私は死神さんのそばにいたいのね。
彼の隣りがあまりに居心地が良くて、いつの間にか離れがたくなっている自分がいた。
魂を明け渡す瞬間まで、その瞳に私の姿を映していてほしい。
ロザリンドを救いたくて時間を巻き戻してもらったけれど、今の自分の望みは家族を救うこと以外にも望みが増えてしまったらしい。
でも自分の願いを全て言葉にして伝えるのははばかられて飲み込んだ。
言葉にしてしまったら、気持ちが溢れ出しそうな予感がして――。
『……どうした?』
ようやく顔を上げた死神さんは少し顔が赤くなり、戸惑っているような表情をしている。
彼らのような存在からすれば人間なんて、すぐにねじ伏せられる存在のはずなのに。
こんな風にいろんな表情が見られるのも嬉しかったりする。
「あなたはやはり優しい死神さんですね」
『死神は優しくはない』
「いいえ、あなたは優しいです。 とても」
『…………誰にでもそうするわけではない』
「? 今なんておっしゃいました?」
『なんでもない、気にするな』
さっきまで顔を赤くしていたのに、今はご機嫌でデスサイズに揺られている。
何て言っていたのかしら……気になるのに、この後何度聞いても死神さんは教えてくれなかった。
そんなやり取りをしている私たちの間を、ふと手の平くらいの大きさの光が横切っていく。
「「………………」」
私たちは互いに顔を見合わせ、2人でその光の動きを目で追った。
ゆらゆらと揺らめきながら、やがて私の近くまで来たので思わず両手を差し出すと、その光は一瞬で小さな犬の姿に変わる。
『ワフッ』
「えっ!」
腕におさまるくらいの白い毛並みの犬……どういうこと?!
混乱した私はシモンズの方へ視線を移すと、死神さんの顔が真っ青になっていたので焦りが増していく。
そしてシモンズは突如驚くべき言葉を吐き出した。
『アンテリーナ、そいつを捨てろ!!』
「えぇ?! どうしてですか?!!」
『いいから捨てろ! そいつはダメだっ!!』
シモンズから見たこともないほどの汗が流れている。
このワンちゃんがそんなに危険なの……?
そう思い、腕の中にいる犬に視線を移す。
何歳かは分からないけれど小型犬でも子犬ではないわね……パッと姿が変わったところを見ると、人間界の生き物ではないことは明らかだわ。
天界?
でも……でも…………物凄く可愛い……!!
ふさふさの毛に丸い手……口からは少し舌がペロっと出ていて、ワンちゃんと変わらない手触りだわ。
「シモンズ、捨てるなんてできませんっ! こんなに可愛いのに……」
『くっ……可愛いのはどっちだ……!』
「周りの人には見えないと思いますし、このままお世話してはダメですか……?」
シモンズは私の言葉に顔を赤くして頭を抱え出した。
でもやがて諦めたようなため息を吐き、許可を出してくれる。
『……~~~っ! はぁ…………ダメと言っても世話をするんだろ……』
「はい!」
『クソッ……たびたび俺も様子を見に来るからな!』
『ワフッ』
シモンズはなぜかワンちゃんの方に言い聞かせるように話し、私に許可を出してくれた。
死神さんは知っているの?
なんとなく顔が青いような気がするけれど……腕の中のワンちゃんはご機嫌で『へっ、へっ』と可愛らしい声を発している。
「そうだわ、名前を決めないと」
『ワンでいいだろ』
「適当はダメです! そうね……アビィにします。 よろしくね、アビィ」
『ワフワフッ』
とても嬉しそうに声を出しているので、この子はアビィという名前に決定した。
シモンズは心配しているのかなかなか帰ろうとしなかったけれど、私が寝る時間になると渋々バルコニーから去っていった。
アビィはと言うと、私の隣りでスヤスヤと眠っている。
人間ではないので飲み物や食べ物は要らなさそうだけど……その辺も明日シモンズに聞いてみましょう。
そんな事を考えているとやがて眠気に襲われたので、そのまま深い眠りに落ちていった。
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