死神さんとの出会い
どうしてこんなことに――――
私は今、処刑台の上で両手首を拘束具で固定され、膝を着き、罪人として処刑されるのを待つばかりの状況だった。
両隣には大柄な衛兵が並び、私の前で槍を交差させている。
目の前には多くの聴衆が並び立ち、ほとんどの者達が憎しみや蔑みの目をこちらに向けていた。
そこへ、この国の王太子殿下であるアステカ・フォン・レグモートンの声が響き渡る。
「皆の者、静かに!!」
殿下の言葉に皆が口を閉じ、その場がシンと静まり返った。
そして私の隣りによく見知った人物がやってきて、聞いたこともない大きな声を張り上げる。
「これより、王太子殿下最愛の婚約者であるロザリンド様をその手にかけた大罪人、元公爵令嬢アンテリーナ・カルヴァリオスの処刑を始める!!」
「「オオォォォォオオオ!!!」」
大神官様――――闇の神子である私は、光の神子であるロザリンドと共にとてもお世話になった方。
しかし今私に向けられる目は憎しみに満ち……そして醜悪な笑みを浮かべている。
なぜ……?
私がこのような目に遭って、嬉しそうにすら見える表情。
本当は嫌われていたというの――――混乱する私の思考をかき消すように聴衆からは大きな歓声が上がり、早く処刑しろという声が口々に聞こえてくる。
やめて……!
私はやっていないわ!!
声に出して叫びたい……でも叫んだところでこの大歓声にかき消されてしまうに違いない。
どうして私が、最愛の妹であるロザリンドを手にかけなければならないの?!
偶然その場に居合わせただけで『王太子殿下の婚約者を殺害した犯人』にされてしまうなんて……どうして誰も信じてくれないの?!!
私が冤罪をかけられたせいで両親まで罪人の親として地位も領地も没収され、辺境の地へと流罪になってしまった。
お父様……お母様……ロザリンド…………戻りたい……皆で仲良く過ごしていたあの頃に。
ロザリンド……あなたをあんな目に遭わせた犯人も分からずじまいなのに。
このまま処刑されるのを待つばかりなんて……!!
でも今の私の手首に装着しているのは魔力を封じる手枷……こんなもの、どこから手に入れたの……全く闇の力が使えないわ。
絶望する私に大神官様が耳元で囁く。
「ようやくお前を消す事ができる。 自分のせいで最愛の家族が消えていくのを悔やみながら絶望して死ぬがいい」
「そ、んな…………」
悪魔のような言葉。
大神官様……ずっとそのように思っていたのですか……?
私たち公爵家の者にも優しく公平で、とても良くしてくださって、素晴らしい方だと信じていたのに。
私が邪魔で……その為に家族を……全て大神官様が仕組んだ事だと言うの?
許せない……!!
この男を消して、家族を救いたい……誰か、誰でもいい――。
妹が殺される前に戻れたら――――!!!
そう願った瞬間。
『おい、お前。 このまま殺されていいのか?』
突然頭上から、軽やかな男性の声が聞こえてきた。
何事かと俯いていた顔を上げると、信じられない光景が目に入ってくる。
「あなたは……」
『お前の魂、美味そうなのにな~~』
そう言っておどけているのは、人間の男性ほどの大きさもある大鎌を持ち、不敵に笑う男性だった。
あの大鎌は邸の図書室にある本で見た事があるわ。
デスサイズと呼ばれる”死神”の武器。
白銀の長い髪……毛先はワインレッドにグラデーションがかっていて、血を表しているかのよう。
この世の者とは思えないほど整った端正な顔が、現世の人間ではないと物語っているようだった。
漆黒のローブの下には軍服を思わせる衣装を身に着け、目の前の存在は羽もないのに宙に浮きながら、こちらを見下ろしている。
死神――――本の中だけの存在だと思っていたのに。
彼の黄金の瞳と目が合った瞬間、周りの声がかき消されていく。
その異形の存在をまざまざと実感せざるを得ない。
私がもうすぐ亡くなる人間だから、魂を刈りにきたのね……天に召される間際に現れるとされる死神。
デスサイズには禍々しい呪文のような模様が幾つも刻まれている。
本当に存在していたなんて――。
「……私の魂をもらいに来たのね、死神さん。 そんなにほしいならいくらでもあげるわ」
私は逃れられないだろう自分の運命を自嘲するようにそう告げた。
どうせこのまま尽きる命だもの……魂でも何でも好きに持っていけばいい。
何もかもに絶望して言った言葉に、死神からの答えは意外なものだった。
『あ――……いや、今のお前の魂はいらねぇ』
「え?!」
どういうこと?!
魂が美味そうだと言ったり、要らないと言ったり……死神にまで拒絶されてしまう私って――――
もう全てにどうでもよくなっていたところに、死神は驚くべき言葉を呟く。
『でも、まぁ……少し時間を巻き戻せば……』
「出来るの?!!」
あまりに驚いてつい大声を出してしまった私を見て、両隣の衛兵が声を荒げる。
「おい、誰と話している?!」
「気でも狂ったか!」
死神は寿命が尽きる者にしか見えない、というのも本当なのね。
この二人には私が独り言をブツブツ言っているようにしか見えないのだろう。
でもそんな事はどうでもいい。
先ほど目の前の彼が言った、『少し時間を巻き戻せば』という言葉が気になって仕方ない私は、お構いなしに話を続けた。
「お願い……! 出来るのならあの頃に……妹ロザリンドが殺される前に戻して……!!」
私の言葉を聞き、死神は口の端を上げ、得意げに笑う。
とても悪い事を考えていそう……そしてその表情を見て、時間を巻き戻せるのだと確信した。
『……フッ。 この大鎌があれば出来ない事はない。 ただ、条件がある』
「何でもするわ」
『即答か。 気に入った! いいだろう、お前の望みを叶えてやる。 俺は――――――ら、――――……――だ』
「分かった」
あまりよく聞こえなかったけれど、もはや内容などどうでも良かった私は即返事をする。
そしてそれを聞いた死神は、満足げに自身の持つデスサイズを高らかに掲げた。
その大鎌から禍々しい力が溢れているのが見える。
しかしその直後、後ろから国王陛下の声が響き渡った。
「処刑を始めよ!!」
一気に現実に戻された私は、いつの間にか後ろに誰かが立っている気配に気付く。
恐らく処刑人だろう。
そして振り向いた時、処刑人が主槍を天高く掲げていて、すぐに私の胸を一突きで貫いた。
結局私はこのまま処刑される運命だったのね――。
処刑台に倒れ込み、貫かれた胸からはとめどなく鮮血が流れ出ていく。
だんだんと目の前が暗くなり、聴衆の声も聞こえなくなっていく刹那、死神の声だけが鮮明に頭に響いた。
『またな』
また会うなんて事、あるわけがないのに――――
そう思いながら、そこで意識は完全に途絶えた。
はずだった。
次にパッと目が覚めると、いつもの自室の天井が目に飛び込んでくる。
あまりに衝撃的な出来事に信じられず、勢いよく起き上がって辺りを見回した。
「はぁ……っはぁ…………ここは……」
慣れ親しんだ景色。
私の好きな色で統一された壁紙や調度品、ベッドのふかふか具合、枕まで……何もかもが自室のものだわ。
胸には主槍で貫かれた感覚が残っている気がするのに。
慌ててベッドから下りてドレッサーの前に行き、自分の姿を確認する。
「生きてる……私、生きてるわ…………」
心なしか肌艶も良いような気がする。
深い藍色の髪も腰のあたりで、若干処刑前より短いかもしれない。
それ以外は同じ……切れ長の目もセンターパートの前髪も変わらず。
瞳も藍色で、闇の力を持って生まれてきた私は、服装やインテリアも黒っぽいものが落ち着くのか、ほとんどが暗い色の物ばかり。
表情も乏しく、黒っぽい見た目も相まって、周りから畏怖の象徴として不吉な令嬢だと囁かれていた。
私とは対照的なのは双子の妹、ロザリンド……彼女は光の力を持ち、天の使いだと羨望の眼差しを向けられる存在だった。
私はロザリンドが可愛くて可愛くて。
あの子も私を慕ってくれていたし、家族だけは私を偏見の目で見ることはなく、私は家族を心から愛していた。
その私が最愛の妹を手にかけるわけがないのに……!
悔しい気持ちを堪えるように手を握り締める。
今は気持ちを切り替えて出来る事をしなくては。
「そうだわ。 今はいつなのかしら」
死神さんは時間を巻き戻してやるって言っていたけれど、本当に戻ったとしたら、今がいつなのか知りたい。
存在するのかも分からない者の言う事を信じるなんて馬鹿げているけれど、今はそれにも縋りたいほどの事態だもの。
「誰かいる?」
「はい、お嬢様。 お呼びでしょうか」
私の声に反応して入ってきたのは、侍女長のレクシーだった。
彼女も生きている……その事に涙が出そうなほど嬉しくなる。
レクシーは姉のように私達姉妹を可愛がってくれた女性だ。
でも私に冤罪がかけられ、無実を訴え続けた彼女は捕らえられてしまい、牢獄でも無実を訴えながら自ら命を絶った。
レクシーが生きてる……!
その事が嬉しくて、思わず彼女に抱きついた。
「お、お嬢様! いかがなされましたか?!」
「……レクシー……ちょっと夢見が悪くて……」
あなたをあのような最期に追いやってしまった悲しみと、彼女が生きている喜びを噛みしめる。
絶対にあんな未来にはさせない……!
もし本当に戻ってこられたのなら――――
「ごめんなさい、子供じゃないのに抱きついてしまって」
「いいえ、いいのです。 私にとってはお嬢様はいつまでもお嬢様ですから」
「レクシー……ありがとう。 ところで私はいくつだったかしら? 最近物忘れが多くて」
自分で言っていて恥ずかしい。
年齢を忘れるなんてあるはずがないのに。
でもレクシーはおかしな表情をする事もなく、普通に答えてくれる。
「お嬢様は18歳でございますよ。 先日ロザリンド様とご一緒に誕生日をお祝いなされたばかりではありませんか」
「あ、そうよね! 私ったら忘れるなんてどうかしているわ。 やっぱりまだ寝ぼけているのかも」
「ふふっ、そんなお嬢様も可愛らしいですけど」
「もう……レクシーったら」
この邸の人たちの前では自分らしくいられる。
それがこんなにも嬉しくて、愛おしくて、涙が滲むほど幸せだわ。
私がレクシーと笑い合っていると突然扉が開かれ、そこには最も会いたかった最愛の妹が立っていたのだった。
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