マイエンジェルは、ちょっとパパが怖いです
和尚様に礼を言って、僕はそそくさと寺を後にする。
向かったのはピッチフォーク。
繁華街の外れ、ひっそりとした通りにあるミルクホールだ。
灯台みたいな意匠のレトロな建物で、中にはU字のカウンター。夜にはお酒も出しているらしい。
僕の目当ては、もちろんお酒なんかではないが。
「あ、来た」
出迎えてくれたのは、真っ白な肌にプラチナブロンドの綿菓子みたいな長髪を二つ括りにした、僕よりも年上の女の子だった。
可愛らしい花模様のエプロンドレスを着ている。
「今日も、お稽古?
頑張るね」
吸い込まれそうなアメジストみたいな瞳。
僕が何も言わなくても、冷たく冷えた牛乳をすぐに用意してくれる。
「ま、まあね」
僕はちょっと格好をつけつつ、冷えた牛乳を一気に飲み干す。
ああ、この一杯のために頑張っていると言っても過言ではない。
彼女の名前はルオン。
彼女に出会ったのは半月ほど前のことだ。
なんか、追加で鍛錬をしたそうなスズに見つかると厄介なので。
僕はスズに気づかれぬうちに寺を抜け出し。
見つからぬように回り道をして帰るのが常だった。
寺での修行だけでも大変なのに、アフター修行まであったのではたまらない。
そんな、いつもの帰り道だった。
道端で困り果てているマイエンジェルに会ったのは!
飼っているペットの餌で稲をたくさんもらったそうなのだが、あまりの重さに途中で身動きが取れなくなり、立ち往生じていたのだ。
つか、ペットの餌が稲ってのは謎だが。米とかならまだ分かるが。
なんだ、ヤギでも飼ってるのか?
そんなこんなで、僕は彼女のために稲を運んだのだ。このピッチフォークまで、五往復もして。
いや、重いなんてもんじゃなかったんだよ。むしろ、あそこまでどうやって持って来たんだと思えるほどに。
……全部運び終えたあとに、横に荷車を見つけたのは秘密だ。
まあ、それはどうでも良いとして、有り体に言えば僕は一目惚れした。
幼女趣味などないと豪語はしたが、けれど、だ。
こんな透けるような美少女、見たこともない。
とても人間とは思えない!
あっちのヤバい方の天使じゃなくて、生前の僕の世界でイメージするような、本物の天使様みたいなのだ!!
一目惚れするなというのが無理な話である。
「ね、それでね。
……アゲハ、また色々考えてるの?」
思わず見とれていた僕に、ルオンが頬を膨らませる。
拗ねてる姿すら可愛いなんて、奇跡の生き物かよ?
『違うよ、君に見惚れていただけさ』
とか答えたいところだけど、チキンな……繊細な僕にはそんなこと言えない。
「ち、ちょっと、鍛錬のことを思い出したりなんか、してたりして」
「そっか、終わったあとも、鍛錬のこと考えてる。
アケバ、すごいね」
ルオンが僕の手を両手で掴み、目をキラキラ輝かせる。
凄いのは君の笑顔だよ!!
心の中で叫びながら、内気な僕はちょっと照れ笑いを浮かべるのが精一杯だった。
調子に乗って、今日の素振りの出来はどうだったとか、こうだったとか語っているうちに、時間はもう五時になろうとしていた。
マズイ。
奥の扉が、ぎぃぃぃぃいと開く。
そこから出てきたのは、黒服を着込んだ不気味な男だった。
べったりと撫でつけられたオールバック。
目はくぼみ、頬はこけている。顔色も心なしか悪く見える。
「あ、パパ」
そう、この酷く陰気な男が、こともあろうかルオンのパパンなのである。
最初見たとき、ドラキュラかゾンビの類かと思ったよ。
「やあ……アゲハくん、いらっしゃい。
娘と仲良くしてくれて、ありがとう」
そう言いながら、この世の終わりみたいな笑みを浮かべる。
思わず、喉がひくりと鳴った。
陽気を全部ルオンに吸われてんじゃねーのか、この人。
ぺこぺこと頭を下げて、僕はいそいそと店を後にする。
正直、ちょっとこの親父は苦手なのだ。




