ガチの向こう側
壁を砕いた先に存在していた空間は、個室のシャワー室のような狭いもので、その奥に何があるわけでもなく、本当にただの行き止まりのような空間だった。
「何もなくね?」
このまま先に続く道があると思っていたのだが、言葉通り何もなく拍子抜けしてしまった。砕いた壁の残骸が一部を覆っているので、もしかしたらそこに何かがあるかもしれないが、少なくとも今見える範囲には何もない。
[うん?]
[行き止まりじゃね]
[外れwww]
[壊れたけど、何もない]
[こういう落ちかよw]
とりあえず、まだ中に入れるほど壁が崩れきっていないので、奥の空間に合わせて綺麗に壁を撤去していく。
「そういえば、ダンジョンの方に影響が出ていたりするのか? 俺側からだと何も起きてないように見えるんだが」
少なくともこの空間上ではな壁が壊れた以外に変化はない。しかし、ここ以外に変化があった場合俺では確認のしようがないわけで、とりあえずカメラの向こうでこちらを確認しているだろう美穂に確認を取る。
[どこのダンジョンかわからない俺らに聞くなよ]
[わかるわけないんよね]
[これさっき電話した相手に聞いているんじゃね?]
[✪今のところ特に変化なし]
[モデレーター兼監視員なのかなw]
モデレーターマークのついたコメントで変化なしと流れてきたので、おそらく大丈夫だろう。まだ目に見えて変化がないだけの可能性も否定できないが、何かあればチャット欄かスマホの方に連絡をくれるはずだ。
「となれば、ここを調べていく感じだな」
壁の壊せる部分をすべて破壊し終わったので、床に落ちたがれきをすべて回収していく。
先ほど回収した物もあるが、できるだけ多く回収した方が調査しやすいので、残さず他の物と混ざらないよう鞄の中に入れていく。
[モデレーターさんお疲れ様です]
[ちょいちょいアンチコメ流れてきてるけど、本来はもっと流れて来てんだろうなぁ]
[同接減ったけどアンチは張り付いているだろうからね]
[減ったって言っても20万近くいるんだけどな]
[さっきより少し回復しているんよねw]
がれきもすべて回収し終わったので早速、壁の向こうに在った空間を調べることにする。
「本当に何もないな。ワンチャンがれきの下に隠れているだけかもと思ったが」
新しく発見した場所なので、何も無いように見えたとしても何があるかわからない。まずは出てきた空間には入らず、外から内側の確認を進める。
[なんで中入らんの]
[日和ってて草]
[しっかり小さい欠片まで回収するんだな]
[慎重やね]
[まあ、何が起こるかわからんしね]
「トラップが仕掛けられている可能性もあるからな。まずはしっかり調べて安全なのかを調べる必要があるだろ」
ダンジョンの中にはトラップが仕掛けられている場所も多く存在しているので、ダンジョンコアがある場所とは言え、この空間にそれがないと断言することはできない。
最初から直接手で確認するのは何が起こるかわからないため、鞄の中から魔力伝導率の高い素材で作られた長い棒を取り出し、それの先端を床や壁に押し当てて、その中の魔力の動きを確認していく。
床や左右の壁、天井は念入りに調べたがそこは他の場所と同じ魔力反応を示していた。
しかし奥、こちらから見て正面の壁だが、なぜか触れた感覚が一切伝わってこなかった上に少し魔力の感じもおかしい。
「……ここだな」
そう言いながら奥の壁を棒の先で突く。しかし、その際に音は一切鳴らなかった。
[何かあったのか]
[それっぽいこと言っているだけじゃね]
[その棒なんやねん]
[正面の壁だけ触れても音してないな]
[まじで?]
奥の壁に触れたら何が起こるかわからないが、他は大丈夫そうなので奥の壁に触れないよう注意しながら直接手で触れて確認していく。
「さっきの棒は直接触れるのが難しかったり危なかったりする場所を調べるためのやつで、魔力の伝導率が高いから直接手で触れるのに近い感覚で調べることが出来る道具だな」
[へぇ]
[触れた途端に爆発とかもあるかもしれんしな]
[ダンジョンでトラップは怖い]
[こいつでもトラップは怖いのか]
[それならもうちょっとしっかり調べてから、手で触れたほうが良かったのでは?]
まあ、あくまで直接手で触れるのに近いのであって、本格的に魔力の動きを調べるなら直接手で触れた方が正確で確実なのは間違いない。
壁や床の中に魔力を通して慎重に調べていくが、やはり他の壁と同じく特別おかしな反応はなかった。
「うーん。反応なしと。残りはここだが……どうするか」
トラップの可能性が残っている以上、下手に触れることもできない。しかし、調査用の棒では壁の内部を正確に調べることはできない。
もう一度調査用の棒で奥の壁に触れるが、先ほどと反応は変わらず、触れた感覚はないものの力を入れると押し込んでいる感覚は手に伝わって来た。
いや、これは押し込んでいるというよりも弾かれている感覚が一番近いかもしれないな。
「本当になんだろうなここ」
今までこのような反応があった場所は知らない。
トラップの可能性が高そうではあるが、これは直接触れて確認するしかなさそうだ。
「仕方ない。事故ったらスマン。これは直接触れないとわからんやつだ」
[えまって]
[マジかよお前]
[罠だとわかっていても行くのかよ]
[罠かどうかはまだ不明だが、まあ罠だろうな]
[自分の好きにすればいいんじゃね。責任は取らんけど]
視聴者たちに注意というか前置きをしてから、何が起きてもすぐ対処出来るよう身構えながら奥の壁に触れた。
その瞬間、視界が暗転し別の場所へ移動させられた感覚を全身に受けた。
すぐに視界の暗転は収まり、元居た少し薄暗い空間ではありえない明るさを瞼の下から確認した。
「っ! トラップはトラップでも、転移トラップとかマジかよ」
目を開ければ目の前の光景が岩の壁に囲われた空間ではなく、森と草原が無限に広がっているようなただただ広い場所に変わっていた。
急に移り変わった目の前の景色にあまりよくない事態になっていることを理解する。
可能性として階層移動しただけかもしれないと脳裏によぎるが、さすがにこういう形で階層移動をしたことがないため、望みは薄そうだ。
ダンジョン内で階層移動をする場合、基本的に通路や階段になるのだが、転移系も稀に存在している。しかし、その場合も転移陣のようなものが描かれているもので、今回のように印すらない場所で別の場所へ転移させられているというのはトラップ以外の何ものでもないのだ。
「まじかぁ」
予想していた範囲内ではあるが、これは最悪に近い形である。ここかどこなのかわからなければ、どう帰ればいいのかもわからない。そもそも帰れるかどうかも不明である。
「あ?」
ふと視線を上げたところでなぜか配信に使っていたドローンが目の前で飛んでいることに気づいた。すぐにスマホを確認すればチャット欄には今までと同じようにコメントが流れており、配信も問題なく続いていることが分かった。
[え、なんだここ草原?]
[いきなり映像変わったが]
[暗転すると驚くから止めてくれ]
[一瞬の暗転ホラー]
[ここどこやねん]
転移系のトラップに引っかかった場合、身に着けている物以外は全て元の場所に置き去りになるはずなのだ。しかし、身に着けるどころか、俺から離れて飛んでいるのが当たり前のドローンまで一緒に転移している。
普通ならありえない状況にすぐ周囲を見渡し、同時に魔力の動きも確認する。
「なんだこれ」
周囲は後ろが森林になっており、正面は最初に見た通り草原のようになっている。
「ダンジョンの中……だよな?」
そして上はダンジョンではありえない高さの青空が広がっていた。




