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第19話 「集まる」

点が、線になる夜があった。

一人では知らなかったことが、全員で並べると見えてくる。


結城朔(ゆうきさく)視点。Xデー後、女学院の内庭にて。


初めて内庭に入った朔が、断片を受け取った話です。

 石畳の継ぎ目を、跨いだ瞬間に空気が変わった。


 底冷えがする夜だった。内庭の空気は、外より少しだけ温かかった。


 噴水の前から内庭に入ったのは初めてだった。千燈先生が「こちらに来てください」と言って案内した場所は、中庭の奥、管理用の区画とほとんどの生徒が思っているらしい場所だった。石畳の特定の継ぎ目を越えると、外の音が少し遠くなった。空が少し広く見えた。


 おかしいと思う前に、「ここはそういう場所だ」という感覚が来た。


 勾玉が微かに温かかった。


 中央に古い石が置いてある。四十センチほどの高さで、特別な形ではない。磨かれていないが、長い時間ここにある感触がある。他の全員がその石を当たり前のように認識して立っていた。朔だけが一瞬、足が止まった。


 燐が隣に来た。


 黒いジャケットを羽織ったままの任務姿だった。白いシャツが襟元だけ見えている。腰の懐刀の柄が、石畳の薄明かりをわずかに受けていた。


 「大丈夫か」


 「うん。なんか、空気が違って」


 「そういう場所だから」


 それだけだった。燐も特に説明しなかった。この場所の説明が必要ではない場所、という感じがした。


---


 集まったのは千燈先生、律、燐、綾乃、澪、澄、それと朔だった。


 七人が内庭の石の周りに半円を作って立っていた。朔は一度だけ、全員を見た。千燈先生は眼鏡の奥で視線を動かしながら、薄い緑色のボディスーツの上にジャケットを羽織っていた。手帳が片手にあった。律は制服の上にベストを重ねたまま、いつも通り整った姿で立っている。綾乃の黒い長い髪が夜の空気の中で広がっていて、その縁に紫のインナーカラーが浮いていた。澄のブロンドだけが暗い内庭の中でひとつ明るく、鈴のアクセサリーが手元で光っていた。


 朔は自分がこの中で一番後から来たことを知っていた。覚醒したのが一番遅い。知っていることが一番少ない。それでも呼ばれた。首元には勾玉のネックレスがある。覚醒してから、それがどこにあるかを常に知っていた。


 千燈先生が口を開いた。


 「今夜は、各自が把握していることを共有します。順番は関係ありません。話せることから話してください」


 燐が最初に言った。


 「武蔵南部。浄化できない穢れが複数、同時に出た。異常型が混じっていた。消耗の速さが通常の三倍以上だった」


 律が続けた。


 「発生パターンに規則性があった。等差数列に近い。天然の穢れには存在しない規則性だ。人工的な意図の可能性が高い」


 綾乃が小さく言った。


 「……武蔵だけじゃないかもしれないという報告を送りました。確認前に送ったのは初めてでした」


 澄が一拍置いてから言った。


 「七番隊の後方支援で、逆流が来ました。浄化の光が返ってきた。……悪意として」


 声が、少し細かった。それだけ言って、下を向いた。鈴を両手で包んでいた。


 朔は澄を見た。何があったのか、正確には分からなかった。でも「悪意として」という言葉だけは届いた。浄化した光が、返ってくる。それが「悪意として」来る。どんな感覚なのか、朔には想像できなかった。澄は小柄で、ブロンドの髪が夜気の中で少し揺れていた。その手が鈴を包んでいる。温かい光を届けようとした手が、逆流を受けた。それだけが分かった。それだけで十分すぎた。


 千燈先生が何も言わなかった。でも手帳に何かを書いた。それも聞こえた。


---


 「宗形澪です」と澪が言った。「筑前から来ています」


 武蔵とは配色の違う、エンジとグレーの制服だった。少し猫背で、目が少し遠かった。小さなメモ帳が、制服のポケットから少しはみ出していた。


 「宗像でも同じ穢れが出ました。発生パターンに同じ規則性があった。……Xデーの前から、あの場所の石の感触が変わっていました。でも変わったとしか言えなくて、報告しても経過観察で終わっていました」


 石の感触が変わっていた、という言葉で、空気が変わった。


 朔には分からなかった。どういう意味で変わったのかが分からなかった。でも他の全員が少し体勢を変えたのが分かった。綾乃が顔を上げた。


 「それは……」と綾乃が言った。一拍止まった。「……同じです」


 「同じ?」


 「私も、Xデーの前から。武蔵の一部で、何かの密度が上がっている感覚がありました。地脈の流れが普段と違う。でも確認が足りなくて、報告できなかった。……石の感触、というのはおそらく同じものを、違う感じ方で受け取っていたんだと思います」


 澪がメモ帳を取り出した。何かを走り書きした。


 「繋がってる、てことですね」


 「おそらく」


---


 千燈先生は石の前に立っていた。まだ何も言わなかった。


 朔は千燈先生の表情を見た。考えている顔だった。でも動揺していない。全員の話を受け取りながら、何かを並べていた。燐の「異常型」と、律の「規則性」と、綾乃の「密度の変化」と、澪の「石の感触」と、澄の「逆流」が、千燈先生の中で一つの図になっていくのが分かった。朔には図が見えなかった。でも千燈先生がそれを見ているのは分かった。


 朔は自分が話すことがほとんどなかった。第一幕の間、朔は学院の中で普通の生徒として過ごしていた。穢れの発生を知らなかった。規則性を知らなかった。澄が後方で逆流を受けていたことも、今夜初めて知った。燐がXデーに何度往復したのか、律が何体の異常型を処理したのか、朔は何も知らないまま学院にいた。あの日の夜、噴水の前のベンチで空を見上げていたとき、同じ建物の中でこれだけのことが起きていた。


 この人たちが全員、天使だったんだ。


 その認識は覚醒してから持っていた。でも今夜初めて、一つの場所で並んで立っている。燐が隣にいる。律が正面にいる。朔が学院の中で「変な目をした人」と思っていた綾乃が、Xデーの前から異変を感じていた。


 点が、線になった、という感覚だった。


 第一幕を通じて、朔には分からないことが多すぎた。燐がなぜあの夜ゲーセンから引き返したのか。学院の廊下で目が合った人間が何者だったのか。勾玉がなぜ温かくなる日があったのか。それらが全部「別々のこと」だと思っていた。でも今夜、七人がここに立っている。


 説明はできなかった。でもその感覚だけが、朔の中に静かに降りてきた。


 千燈先生が口を開いた。


 「中庭の噴水前のあの場所は、地脈の副流路です」


 誰かに向けた言葉ではなかった。でも朔には届いた。


 「地脈が通っている場所に、感応が強くなっている者は自然に引き寄せられます。あそこにいると落ち着く、という感覚があったとしたら、それは正しい感覚です」


 朔は手が勾玉に触れていることに気づいた。いつ触れたか分からなかった。首元で、それが微かに温かかった。


 覚醒してから、触れる意味が変わっていた。「なんとなく好きで」買ったお守りが、最初から知っていたのかもしれない、という感覚が来た。地脈の副流路。石畳の継ぎ目を越えると空気が変わる場所。千燈先生に連れてこられた今夜、この場所に来る前から、朔はここを知っていた気がした。昼休みに噴水の前のベンチに来るのが好きだったのも、きっとそういうことだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


結城朔視点です。Xデーの間、朔は学院の中にいました。何も知らなかった。今夜初めて、みんなが何を見ていたかを聞いた。「点が線になった」という感覚が、この幕間の朔にとっての核心です。


次話は榊千燈視点です。どうぞお付き合いください。

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