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浮舟(うきふね)
少し時間をさかのぼる。
関ヶ原の北で狼煙が上がる少し前のことだ。
関ヶ原の南西にある松尾山で、黒い覆面の男・立花宗茂も、このあとの徳川家康と同じことをしていた。
島津軍の具足を身につけていたのである。
といっても、こちらの具足は雑兵用ではなく「一般武将用」だし、血や泥で汚れてもいない。新品だ。
立花宗茂は具足を着ながら、
(大当たりだ)
歓喜に打ち震えていた。
まだ姿は見えないものの、ものすごく強い気配を感じる。
自分の勘がはっきりと告げていた。この関ヶ原に向かってきているのは、井伊直政ではない。福島正則とも違う。
東軍最強の本多忠勝だ。
(ここに来て正解だった)
あのまま近江の大津城を攻めていては、戦うことのなかった最高の相手。
関ヶ原に向かってきているのが本多忠勝だと、はっきり確信したのは今だが、もっと前から予感はしていた。
なので、自分をここに匿ってくれている小早川秀秋と先ほど、こんなやり取りをしていた。




