蜻蛉(かげろう)
「お前の軍の具足を貸してくれ」
立花宗茂は優男に言う。
山賊のような格好のままでは、西軍が勘違いをして、攻撃してくるかもしれない。本多忠勝と戦う前に、無駄に体力を消耗したくなかった。
そこで小早川軍の具足だ。それを着ていれば、西軍から攻撃される、そんな心配は不要だろう。
西軍の陣地を移動していて、誰かに「待て」と止められたら、「小早川秀秋から石田三成への、緊急の使いだ」とでも言っておけばいい。
それで通じなければ仕方がない。その時は強行突破だ。腕が鳴る。
立花宗茂の「具足を貸してくれ」という要望に対して、しばらく沈黙する小早川秀秋。
ようやく口を開くと、
「うちの軍の具足をか?」
「そうだ」
「それを着て何をするのかは・・・・・・はぁ、聞くまでもないよな」
「戦いだ。戦いが始まるぞ。おそらくだが、本多忠勝が関ヶ原に向かってきている」
その名前に小早川秀秋が表情を変えた。
「それは、おぬしの勘によるものか?」
「そうだ。今のところ、六割くらいの自信がある」
「・・・・・・おぬしの勘は当てになるからな。よりにもよって、本多忠勝とは」
「最高だろ?」
「おぬしにとってはな。普通は最悪だと考える」
「とにかく、具足を貸してくれ。お前の軍のやつ」
あっさり貸してくれるものだと、立花宗茂は考えていたが、
「断る」
小早川秀秋が渋い顔で拒否してきた。
「うちの軍の具足を着て、変なことをされては、たまらないからな。たとえば、本多忠勝と戦う前にちょっくら石田三成の本陣に寄って、正体を隠したまま、その槍でひと暴れしてくるとか」
「それはいいな!」
「やめてくれ! 小早川家が東軍に寝返ったと思われる!」
小早川秀秋は慌てた。この立花宗茂という男、本気でそれをやりかねない。小早川家にとっては大迷惑だ。
とはいえ、立花宗茂の考えもわかる。
どこぞの山賊という格好をしていては、本多忠勝と戦う前に、西軍の武将たちと一悶着ありそうだ。それはそれで面倒なことになる。
だから、次のような提案をしてみた。
「うちの軍の具足以外なら貸してもいい。こちらで今すぐに用意できるのは、島津軍の具足か、石田三成軍の具足だ」
島津義弘や石田三成は同じ西軍。しかし、状況次第では小早川軍の部下を、あの二つの軍に一時的に潜入させたいと考えていた。
(情報の入手経路は多い方がいい。その備えがあったはず)
立花宗茂が自分の目で確かめたいと言うので、さっそく両軍の具足を、部下に命じて持ってこさせた。どちらも、一般武将用と雑兵用とがある。
それらをじっくり吟味してから、
「島津の方がいいな。こっちの方が実戦仕様だ。さすがに、よくわかっている」
そう言って立花宗茂は、島津軍の具足を身につけ始めた。一般武将用の具足だ。
さらに、腰に刀も下げる。名刀ではないが、そこまで質の低いものでもない。予備の武器としては、まあ十分だろう。




