橋姫(はしひめ)
話し合いはまとまった。二人は微笑する。
明日の正午には、この城にいる者たちの多くが、関ヶ原に布陣するのだ。
そして、明後日の早朝に、こちらから仕掛ける。
そこから先は、天下分け目の戦いになるだろう。
短期決戦を望む東軍と、持久戦を望む西軍。
希望する展開に持ち込んだ方が、圧倒的に有利だ。勝利を大きく引き寄せることになる。
兵の数では今のところ、東軍が不利だ。
殿のご子息の一人・徳川秀忠様が中山道を進み、美濃国の関ヶ原に向かってきているが、明後日までに合流するのは、難しいだろう。
信州の上田城で、西軍の真田勢に足止めを食らっている。
しかし、「これは悪いことばかりでもない」と、黒田長政は考えていた。
西軍の中でも難敵の真田昌幸と真田幸村。この親子を信州に足止めしているも同然だ。
それに加えて、「西軍最強」と目される立花宗茂も関ヶ原にはいない。服部半蔵の情報網によれば、近江の大津城を攻めているそうだ。
真田、立花、そして島津。
もしも、この三つの軍勢が関ヶ原にそろい踏みしていたら・・・・・・。
その続きを黒田長政は考えたくなかった。
だが、幸いなことに、真田昌幸と真田幸村は信州にいる。立花宗茂がいるのも近江で、関ヶ原にはいない。
したがって、実際に相手として戦うのは、島津義弘のみだ。島津軍は強いが、その数はせいぜい「千六百」らしい。それくらいなら何とかなる。
(さて、殿の救出の方だが)
そのために、本多忠勝が騎馬隊を率いて関ヶ原に向かっている。
服部半蔵もついていることだし、
(あの二人なら、何とかしてくれるに違いない)
黒田長政は吉報を期待していた。
と同時に、こうも考える。
(事が成った時のために、早く出発した方がいいな)
殿の捕縛を知らない味方には、「この城に立花宗茂と小早川秀秋の軍勢が接近中」だと伝えている。
迎撃の第一陣として、本多忠勝と服部半蔵が出た。この二人で立花宗茂にあたる、と味方には説明している。
そして、第二陣になっているのが、井伊直政と黒田長政だ。「小早川秀秋軍を迎撃するため」としているが、本当の目的はそうではない。
この城と関ヶ原との中間地点に布陣して、「第一陣が殿を救出してくる」のを、待つことになっている。
第一陣はおそらく、西軍に追走されながら、こちらに向かってくるに違いない。
その西軍を叩いて追い返すのが、第二陣の役目だ。
そうやって、殿や救出部隊の安全を確保する。「遅刻しました」では済まされない、重要な任務だ。所定の地点には、早めに到着していた方がいい。




