竹河(たけかわ)
黒田長政の部隊が布陣するのは、東軍全体の右端だ。すぐ隣は山になっている。
普通であれば、山にかからないように布陣する。斜面に陣を構えるのは大変だからだ。そんな状態で戦の準備をしなければならない。
なのに黒田長政は、そこをあえて山にかかるように布陣したい、と言ってきた。
その狙いは、島左近の陣地を自らが突破することではない。他にある。
山の中を進み、西軍敗走時の逃げ道になりそうな場所に、前もって東軍の兵を潜ませておくのだ。石田三成や西軍の主な者たちを捕らえる上で、重要な手を先に打っておく。
ただし、この作戦を実行する場合、黒田長政軍の布陣する場所が、山の中へとずれてしまう。
兵の一部をあらかじめ山の中に入れておき、西軍にこちらの動きを悟られにくくすることが、この作戦の重要な点だ。山の中に入れる兵の数が多いほど、作戦の幅が広がる。
しかし、問題もあった。島左近軍の正面が手薄になってしまうのだ。
「それに気づいた時点で相手は、島津義弘か宇喜多秀家にでも、騎馬隊の援軍を要請するでしょう」
「だろうな」
井伊直政は考える。
島左近の陣地にいる兵種は守りに徹しているので、攻めには向かない。
攻めに出るなら、しかもそれが奇襲、または強襲なら、騎馬隊が最適だろう。
質を求めるなら島津義弘の騎馬隊で、数を求めるなら宇喜多秀家の騎馬隊か。
あるいは、その両方が一緒になって攻めてくることも考えられる。危険極まりない状況だ。
黒田長政の部隊だけなら、全員で山の中に逃げ込むこともできるが、そうすると今度は、東軍の陣地が右端から食い破られてしまう。
「そこで、万が一を考えて、井伊直政殿には前に出てきてもらいたいのです。手薄になった場所を埋めていただきたい」
しかも、そのことを島左近に気づかれてはならない。井伊直政の部隊が最前線に出てきた、と知られてはまずいのだ。
その騎馬隊は東軍最強の部隊。さすがに相手は警戒してくる。明後日の早朝、島左近の陣に突撃するまでは、こちらの正体を可能な限り隠しておきたい。
「では、古田織部の部隊でも装うか」
井伊直政は言ってみる。
「名案だと思います。古田織部殿なら適任でしょう。話のわかるお人ですし」
古田織部は織田信長、豊臣秀吉に仕えた武将で、戦場の経験が豊富だ。
冷静沈着な性格で、広い視野による知略で味方を助ける。
また、今は亡き千利休の高弟でもあり、茶の湯を通して広い人脈を築いていた。
それゆえ、こういう戦いの時に、敵との交渉役を務めることが多い。最前線に出てきても、警戒されにくい人物だ。
ちなみに、黒田長政の父の黒田如水(黒田官兵衛)も、古田織部から茶の湯を伝授された弟子の一人である。
その古田織部が率いる部隊、予定では黒田長政がいる陣地の後方に布陣することになっていた。
「ですが、予定を変更して、前に出てきてもらいましょう。大きな盾を持って横一列に並んでもらいますか」
黒田長政の陣が山の方へずれたために手薄になった場所、その最前線に立ってもらう。西軍の目を欺くのに協力してもらうのだ。
しかし、本物の「古田織部の兵」がいるのは最前線の一列か二列だけで、そのすぐ後ろにいるのは「井伊直政の騎馬隊」だ。東軍最強の部隊である。
最前線に大きな盾をずらりと並べておけば、ある程度は情報を隠すことができるはず。西軍からは鉄砲対策に見えるだろうが、本当の目的はそれではない。本気で鉄砲対策をするなら、大きいだけの盾ではなく、竹の束を使う。
で、井伊直政の騎馬隊は夜の間に、元いた場所から最前線のすぐ後ろへと静かに移動するのだ。大きな盾と夜の闇とで、その移動を西軍から隠す。
そして明後日、九月十六日、小雨か霧の時間帯に、島左近の陣へ突撃するのだ。
「この作戦が成功すれば」
井伊直政の言葉の続きを、黒田長政が継ぐ。
「比較的短時間で石田三成の首を狙えます」




