御法(みのり)
少し時間をさかのぼる。
トラカドが島津義弘に面会する前、東軍の井伊直政は出撃の準備にてこずっていた。
立て続けに問題が発生している。兵糧庫でボヤ騒ぎがあったし、何頭もの馬が急に暴れ出したりした。他にも似たようなことが起きている。
西軍による工作だ。この城に敵が入り込んで、好き放題にやっている。
で、今は「真田幸村が襲来した」などという偽情報をまき散らしているようだ。そうやって、東軍の兵たちを攪乱している。
(この感じ、敵の数は多くないな)
一つ一つの動きは小さい。少人数で可能な工作ばかりだ。
(服部半蔵が注意しろ、と言っていたやつか)
――島左近配下の忍者がまだ、この近くにいるかもしれない。この城の東側で狼煙を上げたのとは、別の部隊だ。注意しろ。
そう服部半蔵が警告していた。それが現実になっている。
(早く敵を始末しなければ)
これから出撃するのだ。その前に後顧の憂いを断っておきたい。
井伊直政は特に信頼している部下を十名ほど引き連れて、問題の起きた現場を一つ一つ回っていた。
もちろんだが、敵の姿はない。すでに逃走したあとだ。
それでも構わない。現場を調査中の者たちから話を聞いて回る。何か敵についての手がかりはないか。
こうした情報収集により、次のことが推測できた。
敵はおそらく、東軍の兵に変装している。
そして、その数は少ない。たぶん五人前後。少数精鋭で攪乱工作を行っている。
「小癪なまねを。この井伊直政が見つけて、全員まとめて叩き斬ってくれるわ!」
周囲に視線を飛ばしながら吠えた。
それに呼応して、部下たちも雄叫びを上げる。
井伊直政の部下には、元武田家の家臣が多い。
かつて戦国最強と謳われた、甲斐の武田軍の騎馬隊。その流れをくむ者たちだ。「東軍最強の武将」となると、「本多忠勝」だが、「東軍最強の部隊」となると、「井伊直政の部隊」が最有力候補に挙がる。
井伊直政は息を整えると、
(敵め。どこにいる)
この状況、黒田長政も動いているはずだが、まだ何も言ってこない。
(だが、あの男なら)
井伊直政は服部半蔵よりも、黒田長政と馬が合う。
走りながら物を考える服部半蔵と、座って物を考える黒田長政。
後者は前者よりも、決断までの時間はかかるが、動き出してからは速い。それを信用する。
次の場所に移動した。
しかし、その途中で見つけた。ある兵糧庫の前に、怪しげな者たちがいる。
奴らは兵糧庫の入り口に火をつけようとしていた。数は三人。




