幻(まぼろし)
「曲者め。全員を斬れ!」
そう言いながら、井伊直政は刀を抜く。
さっそく曲者どもに斬りかかっていく部下たち。
一方で、井伊直政自身は周囲を警戒した。敵があの三人だけとは限らない。
次の瞬間、二つの方向から殺気を感じる。正反対の方向だ。
その片方で、矢を放つ音がした。
一本の矢が鋭い軌道で、井伊直政のすぐ頭上を通過していく。
直後に、矢が飛んでいった先から、短い悲鳴が上がった。兵士が一人、屋根瓦の上から落ちてくる。
着ている具足こそ東軍のものだが、どこか違和感があった。
こいつも曲者どもの仲間に違いない。一人だけ別の場所に潜んで、こちらを狙う腹づもりだったか。
まだ息をしているので、部下たちがきっちり、とどめを刺す。仲間ともども全滅だ。
「すみません。遅くなりました」
その声の方に井伊直政は顔を向ける。黒田長政が弓兵を連れて、こちらにやって来るところだった。
「おぬしにしては早いな」
嫌みのつもりは、まったくない。本当に「早い」と思ったのだ。
「いいえ、遅くなってしまって、申しわけなく思っております」
「でも、間に合った。おかげで助かったぞ。で、今まで何をしていた?」
少しわくわくしながら井伊直政は聞く。
「それは――」
服部半蔵が本多忠勝と一緒に、この城から出撃していったあと、黒田長政は次のように考えたらしい。
――城の東側で上がった狼煙、あれに東軍が目を向けている隙に、この城内に西軍の特殊部隊が入り込んだ可能性がある。
西軍の知将として名高い、あの島左近なら、そのくらいは考えていそうだ。策はいくつか重ねることで、成功率を高めることができる。
――もしも、この城内に西軍の特殊部隊が入り込んでいるのなら、おそらく城の外にも仲間がいる。
いわゆる「連絡係」だ。たとえ城内に入り込んだ者たちが全滅したとしても、それまでに得た有益な情報を西軍陣地へと伝える。
――だったら、まずは「そっち」を先に叩いておいた方がいい。逆の順番だと、城の外にいる敵には逃げられてしまう。
城内には井伊直政をはじめ、頼りになる武将が何人もいるし、黒田長政には一つ、試してみたい策があった。
また、城の外にいる敵がどの辺りに潜んでいそうなのか、今なら予想しやすいとも考えたらしい。
それで城内を後回しにして、城の外に出ていたのだ。
そして、まんまと敵を発見。奇襲してきたという。




