野分(のわき)
島津義弘は女忍者を見ながら、兵たちに命じる。
「囲め」
「御意」
さっと兵たちが動き、島津義弘とミササギ、そして女忍者が外側から見えないように、人垣をつくった。
「どこの忍者だ?」
島津義弘は尋ねる。
それに合わせて、ミササギが締めつけていた手の力を少し緩めた。これで、この女忍者は話すことができる。
しかし、黙ったままだ。
「『桐壺』」
ミササギがつぶやくと、ポニーテールの女忍者はハッとして、
「『帚木』」
そう返してくる。
すると、ミササギはさらに、
「『朝顔』」
「『少女』」
これも女忍者は返してきた。
この『桐壺』、『帚木』、『朝顔』、『少女』は、いずれも『源氏物語』の巻名だ。
と同時に、西軍側の島津軍と大谷軍とが共通で使っている間諜用の符丁でもあった。
それを知っている、ということは・・・・・・。
「何だ、西軍の忍者か。こんな状況で紛らわしい。大谷吉継配下の者で間違いないな?」
小さくうなずく女忍者。
「・・・・・・あの家康の件か。大谷吉継も気になるのなら、直接聞いてくれればいいものを」
島津義弘はそう言ったあとで、
「放してやれ」
ところが、ミササギのとった行動は逆だった。
女忍者の顎から頬にかけて、再び片手で締めつけている。放すどころか、組み伏せた体勢はそのままだ。いや、今の一瞬で、さっきよりも拘束具合を強化している。
これを島津義弘は咎めない。口では「放してやれ」と言ったが、それは相手を油断させるためだ。さり気なく別の合図を送って、「拘束を続けろ」と指示していた。
ポニーテールの女忍者がいくらか混乱しているのを見て、島津義弘は微笑する。こいつにとっては、解放されると思ったのに、この有様だ。混乱するのも当然だろう。
「こちらの情報が東軍に漏れている、とは思っていたが」
その可能性を少し前に、大谷吉継が伝えてきた。それで急遽、符丁を変えていたのである。
「おかげで馬鹿が釣れた」
情報が東軍に漏れていたのも確定。
さらに島津義弘は続ける。
「こいつは服部半蔵の配下で、九分九厘間違いないだろう」
東軍の忍者を捕らえた。いくら女とはいえ、普通であれば拷問する。東軍の情報を吐かせるのだ。
とはいえ、西軍の陣地に潜入任務をしているのだから、捕まった場合に備えて、重要な情報は知らされていない。そう考えた方がいいだろう。過大な期待は、するだけ無駄だ。
それを踏まえて、この女忍者を最大限に有効活用するためには、
「さて、どうするか」
一つの案が浮かんでいた。
だが、それで正解なのか、迷ってもいる。
島津義弘は少し長めに考えたあとで、
「お前は運がいい。今回は特別だ。賭け将棋を打たせてやる」
これは強制だ。このポニーテールの女忍者に拒否は認めない。
「その代わりに、破格の条件をつけてやる」
賭け将棋に勝てば解放。
しかし、負けた場合には・・・・・・。
「あえて言うまでもあるまい」
島津義弘は冷たく口にする。
対戦相手となる老武将を呼びにいかせるついでに、
「桶を一つ持ってこい。おそらく使うことになる」
兵の一人に指示した。




