行幸(みゆき)
家康は檻の中で考える。
(もう少しもちそうだな)
とりあえず、『厠』用の穴は掘った。予備を含めて二つ。
だが、あれは最終手段だ。
できることなら、ちゃんとした『厠』を使いたい。『おまる』でもいい。
(そのためにも、次の賭け将棋では絶対に勝たなければ)
頭の中で将棋を一人打ちする。これまで温存していた得意戦法、『家康式シャドースペシャル』。
(角交換からの飛車強襲、と見せかけて・・・・・・)
そうやって次の戦いに向けての準備をしていると、あの老武将が戻ってきた。
なぜか桶を持っている。その桶、人の頭がちょうど入りそうな大きさだ。
家康は嫌な予感がする。
(ついに観念の時か)
――家康、お命頂戴いたす!
そんな感じのことを言われて、ここで斬られてしまうに違いない。そのあとは、あの桶に頭だけを入れられて、石田三成の元に届けられるのだろう。
とはいえ、わずかな望みはある。スコップにあった『忍者文字』だ。島津軍の陣地には現在、味方の忍者が潜入している。
(この状況には当然気づいているはず)
だから、最後まで希望を捨てない。助けがくるのを信じて、一秒でも時間を稼ぐのだ。
(最期の将棋を指したいと頼んで、その対局でひたすら粘りまくるか)
将棋には「長考」という、便利な時間稼ぎの手段がある。
老武将が檻の入り口を開けた。
桶を地面に置くと、
「殿からの贈り物ですぞ。用を足したくなったら、その桶に」
今さらながら、随分と簡易的な『厠』の「差し入れ」だ。
檻の入り口が再び閉まる。
家康はさっそく桶に近づくと、中をのぞき込んだ。
すると、そこには仲間の首が・・・・・・。
なんてことはなかった。桶の中は空っぽだ。
ただし、老武将の様子がどうも、先ほどとは違うような。ひょうひょうとした感じが消えている?
家康は察した。今すぐ斬られることはないものの、そうなるのも時間の問題、というわけか。
ひとまず賭け将棋の続きを提案してみるが、
「その前に、いくつか質問したい」
老武将の声は真剣だ。
「おぬしは本物の家康か? それとも、偽者の家康か?」
そう問われて、家康は考える。どっちと答えた方が、助かる可能性が高いのか。
「・・・・・・本物だ」
答えた途端、老武将の目つきが険しくなる。
そんな相手から家康は視線をそらさない。間に将棋盤こそないものの、これも対局だと考える。絶対に退けぬ戦いだ。
極度の緊張の中で、家康は続ける。
「しかし、自分が誰なのか、時に迷うことはある」
本物か、偽者か。明言は避ける。適度にぼかしておいた方がいい。少なくとも今はまだ・・・・・・。
そうした方が、「助かる可能性が高い」と判断した。
「自分が誰なのか、時に迷うか・・・・・・」
老武将は少し考えたあとで、
「わしにもありますな。そういう時も」
そして、フッと笑うと、
「おぬしは、おぬしですぞ」
この状況をうまくしのげたようで、ホッとする家康だったが、
「それでは、次の質問ですじゃ」
尋問は続く。
家康は嫌そうな顔をしてみた。が、老武将は気にしない。
「答えたくなければ、答えなくてもいいですぞ。もしも東軍が勝ったら、石田三成をどうするおつもりか?」
生かしたままにするのか。それとも、殺してしまうのか。
「殺す」
家康は即答した。
石田三成に反感を持つ大名は、東軍にも西軍にも多い。
石田三成は敵をつくりすぎた。家康が個人的にどう思っていようと、もはや庇い立てできる状況にない。
「模範解答ですな」
どうやら、老武将の考えも同じらしい。東軍が勝った場合、石田三成には死あるのみ。
「では、もしも自分が『石田三成』だったとして、それで西軍が勝ったら、東軍総大将の徳川家康をどうするでしょうな」
今の状況では答えにくい質問だと思ったが、家康は正直に答える。
「殺す、だろうな」
老武将は今回も、「模範解答ですな」と返してきた。
そのあと、「ついでにもう一つ」と質問してくる。
「もしも自分が『島左近』だったとして、それで西軍が勝ったら、東軍総大将の徳川家康をどうしようと考えるでしょうな」
先にした質問の一部を変えてきた。




