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41.氷水衝突

 話し合いで解決できるなら、それが理想だった。

 ミリアムは戦うことを望んでいなかった。それは、戦いになればエトランジェで暮らす人々に迷惑がかかると分かっていたからだ。

 絶対に意見を通したい時には、大抵、脅迫か武力行使となるものだ。けれども、非能力者の街には、能力者を脅せるような要素はない。となれば、残る道は戦う道。平和的な話し合い、なんてものは、理想的なファンタジーでしかない。


「調査員の人数を減らすことはできないのですか」

「無理だ。規模は既に決められている」

「一人か二人にできるのであれば、多少は考えてみますが」


 セシリアと向かい合い、言葉を交わしながら、ミリアムはふと今の状況を不思議に思った。


 数年前まで、エトランジェへ来るまで、ミリアムは金持ちの娘に過ぎなかったのだ。恵まれた環境で平和に暮らし、それなりに生きる。それが自分の人生なのだと受け入れ、疑いもしなかった。


 けれども、それはエトランジェに来てから大きく変化した。


 この街へ来る前の自分はもういないのだ——そう思うと、漠然と寂しさを感じることもある。


 だが、その程度の理由で今の道から離れる気はさらさらない。

 一度決めたことを途中で諦めるなんてことはできない。


「多少は考えてみる、だと? 馬鹿なことを。勘違いするな、そちらは下だ」


 セシリアはミリアムの言葉選びに苛立ったようで、顎を持ち上げてミリアムを睨みつけた。


「馬鹿なことを言っているのはそちらでしょう。上も下もありません」

「力なき者が思い上がらぬよう指導するのも我々の役目だ」

「いいえ。それは違います。力なき者を傷つけるのは、力を持つ者がすべきことではないはずです」


 二人の考えは真逆。

 それゆえ、二つの道が交わることはない。


「愚かなことを。やはり力で支配されねば分からんか……」


 セシリアが右手を体の前に出した。肘を曲げた状態で手のひらを天に向けると、その少し上に銀色のものがちらつく。


「こんなところで戦うつもりですか」

「いいや、こちらはそれを望んではいない。だがそちらが愚かなら仕方ない。力をもって真実を知らしめるしかあるまい?」


 直後、セシリアは氷の欠片を飛ばした。


 狙いはミリアム——しかし、ロゼットが間に入り防いだ。


「お前……! 奴隷の分際で、またもや邪魔をするか……!」


 攻撃を防がれた。それも、かつて虐げていた人間に。それがよほど屈辱的だったのだろう、セシリアは眉間にしわを寄せ鬼のような形相でロゼットを睨みつける。


「ロゼット、ありがとう」


 ミリアムの口から自然に礼が出る。

 目の前で能力が発現するのを見たパンは、体を硬直させていた。


「掃除の成果を見せて差し上げましょう」

「……そ、掃除?」

「トイレ掃除ですよ。あれのおかげで能力の使い方が上達しました」

「そ、そうだったの……地味にやるわね……」


 ロゼットが危機感のないことを言い出したものだから、ミリアムは一瞬戸惑ってしまった。けれど、数秒が経過して彼が言おうとしていることを察することができたので、戸惑いは徐々に薄れる。


「セシリアさん。僕はもう貴女に気を遣う必要もありません」

「貴様……!!」

「ですから、貴女にはここで撤退していただきます」


 どさくさに紛れてかっこいいところを取られた、と思うミリアム。


 ただ、かっこいいからという理由でエトランジェについたわけではないので、ミリアムとしては、見せ場なんて本当はどうでもいいのだ。地位も名誉も重要ではない。一番重要なのは心だし、ロゼットが共に行く決意を固めてくれたことも非常に嬉しいことだ。


「水の分際で! よく言えたものだな、兵にすらなりそこねた恥晒しが!」


 セシリアはロゼットに罵声を浴びせた後に攻撃に移る。繰り出したのは、ものの数秒で作り出した氷を飛ばす攻撃。


 十秒もかけずに数個の氷塊を作り出せるというのは、ミリアムにとっては想定外だった。


 だがロゼットは冷静だ。心を乱さず、体の前方に水の層を作り、セシリアが放つ氷塊の勢いを確実に殺す。飛ぶ勢いさえなくなってしまえば、氷が地面に落ちるだけ。氷塊を飛ばす攻撃は無力化される。


 氷塊がすべて無力化された直後、ロゼットは大きな一歩を踏み出した。

 急接近から、手のひらをセシリアの顔面に当てる。手もとに作り出せる水の層を使って、セシリアを水に引きずり込むような攻撃だ。


「んぐっ……!?」


 顔面が突如水中に入ったセシリアは、詰まるような声を漏らしつつ、狼狽える。


 だがそれも当然のこと。

 突如呼吸手段を失えば、誰だって狼狽えずにはいられないだろう。


 呼吸方法を奪われたセシリアは、目を見開いたままロゼットを睨む。その時は思考を失っているようだった。が、すぐに思考力を取り戻し、手を動かす。手のひらをロゼットにかざし、そこから氷を放った。


 けれどもロゼットは反応する。

 セシリアの顔に当てていたのとは逆の手から放った柱状の水で、向かってくる氷を防いだ。


 刹那、セシリアは右脚を高く掲げて回し蹴りを繰り出す。飛ばした氷は命中しなかったが、その蹴りはロゼットの脇腹に命中した。


 ロゼットは後方に大きく跳び、一旦セシリアと距離を取る。


「大丈夫なの!? ロゼット!?」

「はい」


 ようやく宙にできた水中から逃れられたセシリアは、数回乾いた咳をした後、手の甲で濡れた顔を少し拭っていた。


「やってくれたな……水のくせに……」

「案外捨てたものではないでしょう?」


 悔しさと不快さが入り混じったような表情を浮かべるセシリアを見て、ロゼットは挑発的な笑みを浮かべた。


「だが無駄だ! もうじき援軍が来る!」

「余裕がありませんよ」

「まだ挑発するか、愚かな。そんな生意気なことを言えるのも今だけだ。もうじき援軍が来れば、何もかもすべて焼き払われるだろう。ロゼット、貴様も焼け死ね!」

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