39.迫る刻
十数分ほど話した後、一旦解散となる。
ミリアムはパンの部屋に残った。見張り役をロボボンなるロボットに代わってもらったロゼットも、ミリアムと共に室内に残る。
元より騒がしくはなかったが、人が減ったからかさらに静かになったように感じられる。
皆が黙っていたとしても、人の多い部屋というのは少々窮屈に感じるものだ。それゆえ、人数が三人になるだけで過ごしやすさが大きく変わった。人口密度が高い時より空気を吸いやすい感じがする。
「ミリアムさん、頼むぞ」
静寂を破り声を発したのはパン。
「えぇ。力になってみせるわ」
パンが実は緊迫した心理状態になっていることを、ミリアムは既に悟っていた。声を聞き、背中を見れば、心は分かる。ミリアムにとって、それは何も難しいことではなかった。
本人は隠しているつもりなのかもしれない。
周囲にその心理状態を伝えまいと考えているのかもしれない。
けれども、抱いている強い感情を隠すというのは、常人にできる芸当ではないのだ。いかに隠そうと努めても、どこかでうっかり露わにしてしまうものである。
「話をするわね。あちらに理解してもらえるように」
「だがなぁミリアムさん、あいつらは俺たちのことを人間と捉えてねぇんだよ。だからこっちの言い分はちっとも聞いてくれねぇ」
パンはなぜか妙に長い文章を述べた。
「そうね。けれど、分かってもらうしか方法はないわ」
「理解してもらえりゃ一番なんだがな」
◆
エトランジェと銀の国を繋ぐ、ただ一つの道。パンたちはそこにバリケードを張った。銀の国側の人間がエトランジェに好き放題入ってくることができないようにするためである。施設にいる何人もの男性が協力してくれたので、そう時間をかけずに道を塞ぐことができた。
ミリアムやロゼットも途中から手伝った。
能力者とはいえ力はあまりない二人だが、それでも、鉄板を動かすくらいならできる。なので、腕力があまり必要とされない部分を手伝ったのだ。腕力が必要なところは力自慢の者に任せておいた。
「ふぅ。これで完成ね」
久々に激しい運動をしたミリアムは、手の甲で額の汗を拭う。
すっきりしたような顔をしている。
「やりましたね、ミリアムさん」
一人達成感を面に滲ませているミリアムに声をかけたのはロゼット。
「ロゼットも協力してくれてありがとう」
銀の国との唯一の繋がりはこれで断たれた。一時的に、ではあるけれど、これでもう自由に侵入されることはない。あとは、この場所で向こうの人間が来るのを待つだけ。次に動くのは、銀の国の人間がここに来てからだ。
完了したのは、道を塞ぐことだけ。
これで問題がすべて解決したというわけではない。
けれども、道を塞ぐ作業が終了しただけでも、大きな進展とは言えるだろう。能力者たちが来る前に通行止めにできたのは大きい。
「いえ。僕はたいして何もしていません」
「鉄板を運んでくれたじゃない」
「それならミリアムさんも同じではありませんか」
バリケード張りは完了したが、周囲にはまだ人がいる。
「私は一回につき一枚。貴方はもっと運んでいたでしょう?」
「それは……まぁ、男ですから」
「それだけでも偉いじゃない。立派よ、ロゼット」
ミリアムが笑顔で褒めると、ロゼットは僅かに俯き恥じらいを露わにした。
初々しい表情をしている彼は少年のようで、可愛らしい雰囲気だ。容姿のミステリアスな雰囲気とは真逆である。美麗な青年があどけない少年のように見えるのだから、表情とは不思議なものだ。
「ミリアムさん! 終わったな!」
初々しい表情のロゼットと話していると、パンが声をかけつつ近づきてきた。
ミリアムは振り返り、手を振る。
「えぇ。ここまでは順調ね」
「けどここからが本番だぞ!」
「……そうね。その通りだわ。まだ油断はできない」
鉄板で道を塞ぐのはあくまで準備段階。本当の戦いはここから。それゆえ、封鎖作業が完了したからといって呑気に安堵しているわけにはいかないのだ。次のことを考えていかなくてはならない。
「何か連絡は入っている?」
「いや。あの後は特に何もない」
「そう……本当に今日来るのかしら……」
「来るだろう。やつらは行動が早い」
◆
その日の正午ごろ、封鎖した地点の近くに待機していたミリアムにパンから連絡が来た。
バリケードを張ってから、そのエトランジェ側に仮設テントを作り、その中で時間を潰していた時のことだ。
「ミリアムさん! パンさんから連絡です! 調査員、もうじき来そうとのことですっ」
パンからの連絡の内容をミリアムに伝えるのはサラダ。
彼女は自ら希望して仮設テント内に待機することを望んだのだ。それでミリアムの近くにいた。
非能力者のそれも少女が前線に出るなんて危険でしかない——皆からはそう言われ反対された。それでもサラダはテントに残ったのである。ただ、パンからの連絡を素早くミリアムに伝えられたという意味では、テントに残って成功だったと言えるだろう。
「そうなの。分かったわ」
凍えるほどではないが肌に冷たさを感じるような風が吹く。その風は、テントの屋根部分の布をはためかせ、また、ミリアムの金の髪を揺らした。運命の時の訪れを示すかのような意味深な風だ。
「パンさんも今からこちらへ来るとのことです!」
「ありがとうサラダ」
「いえ! パンさんから何か連絡があれば、また伝えます!」
「お願いね」
ミリアムが座っている横に立っていたロゼットは、緊張したような顔をしている。
「大丈夫? ロゼット」
ロゼットの顔色が良くなかったので、ミリアムは思わず確認してしまった。
「……あ、はい」
「本当に? あまり大丈夫じゃなさそうよ?」
「少し緊張しているだけです。……気にしないで下さい」
ロゼットは妙に素っ気ない返し方をする。
それを聞いて、ミリアムは、「声をかけない方が良かったかしら……」などと少し不安になった。
けれど、その不安はすぐに消えることとなる。
「心配して下さってありがとうございます」
ミリアムが抱いていた不安が消滅したのは、ロゼットがそんな風に礼を述べたから。




