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22.目撃者

 パンから聞いた話によれば、少年はこの施設に時々来ている人物らしい。父親がおらず母親が仕事をしなくてはならないため、この施設にたまに預けられるのだとか。


 その話を聞いて「毎日来れば良いのに」と思ったのは、ミリアムの心の中だけの秘密。


 少年は年のわりに無口だった。問えば答えるが、自ら多くを語ろうとはしない。思春期男子のような性格の少年である。

 心なしか暗い色みの肌をした少年の瞳は赤茶。宝玉のように丸いその瞳には、聡明さが滲んでいる。交流したことがないミリアムが見ても「賢いのだろうな」と感じるくらい、少年は賢そうな空気をまとっている。


「サラダとは知り合いなの?」


 ミリアムは上半身を少しだけ前に倒し、少年の顔を覗き込むようにして尋ねた。


「……うん。前に」


 少年は短く答える。

 今に始まったことではないが、愛想は良くない。


「そう。それで、彼女を見たというのは本当?」

「……嘘とか言いませんし」

「疑っているわけではないのよ。でも、不快だったなら謝るわ。ごめんなさいね」


 ミリアムは少年と仲良くなれるとは考えていない。

 無口なタイプの少年だったからだ。


 口数が少ない人とすぐに仲良くなるというのは、簡単なことではない。言葉は少なめで心の距離を縮めようと思えば、どうしても時間が要る。それは世の定めである。


 今は、取り敢えず、嫌な人間と思われないだけで良い——ミリアムはそう考えていた。


「サラダとロゼットが歩いていたのはどこかしら。教えてほしいの」

「……案内したらいい?」

「えぇ、そうしてもらえると助かるわ」


 ミリアムは笑顔で接することを第一に考えていた。

 それが、相手に不快感を与えないために最も効果的な方法だからだ。


「うん。じゃあ、こっち」


 少年は少ない口数のまま、サラダとロゼットを見かけたところまでミリアムたちを案内することを決める。



 ◆



 何もない部屋、誰にも気づかれない場所で、ロゼットは身柄を拘束されていた。


 二本の腕は体に後ろ側に回すことを強制されている。しかも、手首と手首を太い縄で縛られているので、意識して動かせる状態ではない。そして、足もまた、自由な状態にはなかった。足首も手首と同じように括られていて、正座を僅かに崩したような体勢で座ることしかできないのだ。


 ロゼットは現在の状況に多少戸惑っているようではあったが、取り乱すには至っていない。

 前髪で隠れていない方の目は、彼の静かな心を映し出しているようだ。


 彼以外に室内にいるのは、サラダと拘束する役だった男性。そして、その他にも二人ほどやって来ている。一対多、ロゼットとしてはかなり嬉しくない状況だろう。


「申し訳ないですけど……ロゼットさん、貴方には嘘をついた罪がありますから、罰を与えねばなりません」


 血の通わない人間のような目をしたサラダを、ロゼットは怪訝な顔で見上げる。


「サラダさん、なぜこんなことをするのです」

「やはり貴方は裏切り者だった! だから、その罪に相応しい罰を与えるのです!」


 鋭く言い放ち、サラダはゆっくりとロゼットに歩み寄る。そして、床に座っているロゼットから一メートルも離れていないところまで移動すると、そっとしゃがみ込んだ。


「待って下さい! 今の貴女は明らかにおかしい。何かが憑きでもしたかのような——」

「黙ってくれます?」


 その時、サラダは突然ロゼットにナイフを突き付けた。

 少女の手に似合う刃渡り十センチメートルほどの小ぶりなナイフの刃を、サラダは、ロゼットの喉元に当てた。


「動かないで下さい、ロゼットさん。下手に動けば死にますから」


 サラダがここまでして脅してくるとは、ロゼットもさすがに想像していなかったのかもしれない。

 ロゼットは、多少、瞳を揺らしていた。

 だが、身に危険が及びそうな状況下であっても、ロゼットは現状を把握するよう努力を続ける。手足を縛られているうえ刃物で脅されているので、動くことはできない。が、唯一自由ともいえる眼球だけは、休むことなく動かしている。


「……サラダさん、やはり、今の貴女は不自然です」

「何を!」


 サラダがナイフを握る手に力を加えると、ロゼットの首に赤い雫が浮かび上がった。

 やがてそれは、音もなく下へ下へと流れてゆく。


「貴女を嫌っているわけではありません。もちろん、貴女を批判しようとしているわけでもないのです。ただ、客観的に見て感じたことを伝えているだけのことです」


 ロゼットは己の首から赤いものが垂れることを気にしない。

 至近距離でサラダを見つめ、落ち着いた調子で言葉をかける。


「何を言っているのか分かりません!」


 サラダは再び声を荒くする。

 何かを振り払うかのような言い方。


「絆されるなよ、サラダ」

「分かってます! わたし、ちょっとやそっとじゃ絆されませんからっ」


 ロゼットを最初に拘束した男性が口を開き、サラダはそれに言葉を返す。その様を見ていたロゼットは、違和感を覚えた。男性とサラダの間に年の差以上の関係性があるようで、妙だったのだ。


 もちろん、サラダの方が年下であることは明白だ。それゆえ、男性の方が偉いような物言いになるのも、何らおかしなことではない。


 だが、先の二人のやり取りには、年の差だけでは理解できないような関係性が滲んでいるようで。


 まるで……主従であるかのような。


「ロゼットさん、わたしたちの中に能力者を恨む者がいるのはご存知ですね」


 サラダはまだナイフをロゼットの喉元に当てている。その刃は既にロゼットの首にくい込み赤いものを滴らせているのだが、それによる表情や言動の変化はサラダにはない。


「はい」

「なら話は早いです。覚悟して下さい!」

「……それは、僕が恨みの対象として扱われるということでしょうか」

「そういうことです!」


 厄介なことになってきた、と、ロゼットは顔をしかめる。


 ロゼットはミリアムから聞いたので知っている。この非能力者の街、エトランジェで、能力者がどんな風に思われているのかは。ただ、それによって具体的な被害を受けるのは、これが初めてのことだ。今までも恐れられたり逃げられたりはあったけれど、こんな風に暴力的な行為に及ばれたことはない。刃を向けられたこともなかった。

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