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1.同志

 ミリアムにとって、同じ能力者であるロゼットとの出会いは特別なものとなった。能力者が少ないこの街で少なからず疎外感を感じ続けていたミリアムだったから、似た境遇の青年に心を奪われた。


「そう。それで、この街へ来たのね」

「この街の外には僕の居場所はありませんでした。そんな時、貴女のことを知って。それでこの街へ行ってみることにしたのです」


 電気を操る能力を持つミリアム。水を操ることができるロゼット。二人は同じ系統の能力者ではなかったが、それでも、能力者なきこの街においては近しい存在で。それゆえ、会話もスムーズに進んでいく。


「でも、どうしてここが分かったのかしら」

「貴女のことは街の人から聞きました。彼女はいつも夕暮れ時にあのビルの最上階にいる、と」


 何の音もない静寂そのものの空間の中で、ミリアムは自身の胸の鼓動が速まるのを感じていた。

 ここは自分だけの空間。誰にも邪魔されたくないし、誰にも入ってきてほしくない。ずっとそんな風に思っていたのに、今、ロゼットがここにいることを嫌だとは思わない。


「そうだったの……」

「えぇ。それにしても、ここから見る街は本当に美しいですね」


 ロゼットはミリアムの隣に腰を下ろしていたが、それ以上は接近しない。触れようとすることはないし、座っている最中に服同士を触れ合わせるようなことも徹底的に避けている。彼は、ミリアムと身体的な距離を縮めようとは一切していなかった。


「でしょう? ここは私の一番好きな場所よ。……非能力者の人たちと上手くいかなくて辛い時、よくここへ来たわ。美しい街を見て……それで、もう一度頑張ろうって思うの」


 ミリアムはらしくなく自身のことを話してしまっていた。


 彼女は基本的に自身のことを語らない。良いことや楽しいこと、笑えることは話しても、負の範囲のことは決して話さなかった。誰も彼女に暗い話を求めてはおらず、彼女自身そのことに気づいていたから。


 だが、ロゼットが静かに聞いてくれるものだから、つい話してしまっている。辛かった頃の記憶までも、ミリアムは打ち明けてしまう。


「……って、ごめんなさい。そんな話は求められていなかったわね」

「いえ。貴女のことを聞けて幸せです」

「幸せだなんて大袈裟ね。いいのよ、気を遣わなくて。でも……聞いてもらえて良かったわ。こんなこと、非能力者の皆には言えないもの」


 赤く染まっていた街が徐々に紫寄りの色へと変化していく。街が何色もを混ぜて描いた水彩画の中に溶けゆくかのよう。そんな時間に差し掛かっている。見えている世界は確かに現実のものだというのに、幻想の中の世界を目にしているかのようだ。


「ミリアムさん。結局、僕をお仲間に加えてはいただけないのでしょうか」

「あぁ、そうだったわね。そんな話だったわ」

「はい。能力者であれば、他の方々とはまた違った形で、貴女の力になれるはずです」


 ミリアムは少し考えて。


「本当にそれでいいの? 能力者と敵対することになるのよ」


 改めて確認する。


 非能力者が自由と平穏を手にするための戦いに挑むということは、能力者たちとは敵になるということだ。同じ力を持つ者たちと戦わねばならない。同じ力を持つ存在から「敵」と認識されることは、決して穏やかなことではない——ミリアムはこれまでに何度もそのことを強く感じてきた。


 同じ力を持つ者たちからは裏切り者扱いをされる。

 力を持たぬ者たちからはなかなか信頼を勝ち取れない。


 ——そんな茨の道を行かねばならないのだ。


「貴女の前には誰もいなかった。でも、僕の前には貴女がいます」

「……何を言おうとしているのかしら」

「同じ境遇の人間は二人いれば十分だと、一人でも仲間がいれば耐えられると、そう言おうとしたのです」


 ロゼットの瞳に迷いはなかった。

 彼は澄んだ瞳でミリアムを見つめ、躊躇いのない真っ直ぐな調子で言葉を述べる。


「分かったわ。いいわ、仲間になりましょう」


 ミリアムとて脳内お花畑ではない。彼が不審な人物である可能性は多少考えた。何かしらの企みを持って近づいてきている可能性も。けれども、澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめられたら、疑っている自分が嫌になってきてしまう。この人を疑うべきではない、と、思考が捻じ曲げられて。


「本当ですか!」

「えぇ、明日皆に紹介するわ。すぐには信じてもらえないと思うけど……」

「構いません。信頼していただけるよう、これから努力します」


 同じ風景を誰かと見つめる時、ミリアムはいつも不安だった。それは、周囲の人間と自分という人間は、根っこのところが違うかもしれないと思っていたから。同じ風景を見ることができていないのではないか、と、ミリアムはいつも不安を抱いていた。けれども真実を知ることは恐ろしく、誰かに尋ねてみることはできず。ただ一人、言葉にならない不安のようなものを抱えるしかなかった。


 けれども今、彼女は初めて、誰かと同じ風景を見ることができたと感じている。


 能力者でありながら非能力者の味方になろうとしている——同じ立ち位置のロゼットとなら、きっと同じように世を見つめられるだろう。


 そう思うと、喜びで心が震えた。


「力なき者を傷つけるのは、力ある者がすべきことではない」


 暗くなりゆく街を見下ろしつつ、ミリアムは呟く。


「それはそうですが……いきなり何を?」

「私はずっとそう思っているの。私たちのような人間に与えられた特別な力は、弱い者を虐げるための力じゃないって」


 遠い目をしながらもいつになく嬉しそうな表情を滲ませるミリアムを、ロゼットは静かな目つきで見つめていた。

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