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9.話し合い

 ミリアムは恐る恐るベッドに近づく。やがて、ベッドを真上から見下ろせるくらいの位置まで来ると、ミリアムはロゼットの寝顔を見ることができた。彼は目を開けてはいない。が、苦しんでいるような寝顔ではなかった。


「ロゼット。来たわ、私よ。調子はどうかしら」


 彼に聞きたいことをミリアムは山ほど持っている。セシリアとの繋がりや、これまで言っていたことで嘘だったことがどれなのか、など。けれども、何より大事なのは生きること。人間は生きていなければ何もできない。だから、一番に確認したいのは生きられそうかどうかである。


「ねぇサラダ。彼はまだ寝ているのね」

「え! そうですか? さっきは起きてたみたいでしたけど」

「そう。じゃあ眠ってしまったって感じかしら……」


 寝てしまったのなら仕方がない。疲れていただろうし、負傷していたのだから、休みたくなるのは当然のこと。その点に関してはミリアムも理解できる。おかしなこととは思わない。


「ミリアムさん、起きるまでそこにいたらどうだ?」


 そう提案してきたのはパン。


「え。いいのかしら」

「関係者だし問題ねぇだろ。多分、だがな」

「そう。じゃあそうしようかしら」

「決まりだな。俺とサラダは一旦外に行っとくぜ」


 ロゼットの病室からパンとサラダは出ていく。室内には、眠っているロゼットとミリアムの二人だけ。ミリアムは偶々近くにあった椅子に腰を下ろし、取り敢えずロゼットが目覚めるのを待つことにした。


 時計の針は進んでいく。

 それなのにロゼットは起きない。


 静寂の中、ミリアムは時を数える。時間は止まらず、ロゼットは目覚めず。そんな中で、ミリアムは一人椅子に座っていた。



「ん……」


 ベッドの上で僅かにさえ動かなかったロゼットが声を漏らしたのは、一時間以上経過してからのことだった。


「ロゼット?」


 ミリアムは椅子から立ち上がり、ベッドの脇にまで移動。横になっている彼の顔を見ようと覗き込む。すると、偶然目を開けていたロゼットと目が合う。視線が重なったことに驚いて、ミリアムは反射的に一歩大きく下がってしまった。


「……ミリアム、さん?」

「えぇそうよ。私よ。やっと気がついたのね」

「背中の……怪我は……」

「私の? 私なら大丈夫。もうなんてことないわ」


 本当はまだそこまで良くはなっていない。動けないほどの激痛ではないけれど、動けば痛む。けれども、ロゼットを心配させたくなくて、ミリアムは平気なふりをした。


「ロゼット、私とパンを刺客から護ってくれたんですってね? 聞いたわ」

「……無事であったなら、何よりです」

「その……ありがとう。貴方には何度も助けられたわ。感謝してる」


 ミリアムは先ほどまで座っていた椅子をベッドのすぐ横まで運んでくる。そして、そこにそっと座った。


「私、貴方に聞きたいことがあるの。色々ね」

「嘘を……ついていたこと、ですか……」

「結局どれが嘘でどれが真実だったのか、よ。セシリアは貴方を自分側の人間と言っていた。でも貴方は、セシリアの氷から私を護ってくれた。おかげで意味が分からないことだらけよ」


 言いたいことを文章にして紡いでいく。それはミリアムにとって簡単なことではなかった。責められていると感じさせない言葉選びをしなくてはならないから、なおさら。


「……貴方の前に、現れた……それが能力者側の指示であったことは……紛れもない事実です」


 ロゼットはカーテン越しに空を見上げる。


「じゃあ嘘をついていたのね」

「……すべてでは、ありませんが……すみません」

「やっと同志ができたと思ったのに」


 庇ってもらった恩があるので、深く考えず攻撃することはできない。でも、何も言わないままでいるというのも、性格的に不可能に近い。となると、どうしても、責めすぎない程度に話をするということになる。


「僕は元々売り出された身でした。親に売られ、銀の国に買い取られた。……こんなこと、貴女には言い訳にしか聞こえないかもしれません。それでも……聞いて下さいますか」


 ロゼットはいつの間にか、視線を窓からミリアムの顔へと移していた。


「話があるのね? いいわ、聞きましょう」


 それからロゼットが話したのは、自身のこれまでの人生についてだった。


 銀の国の一般家庭に生まれた彼は、戦闘能力を欠く水の能力者であったため、両親に売りに出された。そして銀の国に買い取られることとなる。銀の国の中では低い価値とされている水の能力者であった彼は、長い間、セシリアの実家の地下室で暮らしていた。が、やがて、兵として訓練を受けることとなった。


 問題が起きたのは、その時だ。


 銀の国で兵士になろうとすれば、必然的に、能力を使った高い戦闘能力が求められる。ロゼットの能力はその求めに応じられるものではなかった。


 結局彼は、能力不足で兵士になることは諦めざるを得なくなったのだ。


「そんな時でした、あのセシリアという女性が僕に『エトランジェへ行け』と言ったのは」

「エトランジェへ……? 彼女の命令で……」

「その頃、あの女性は、『エトランジェで活躍している能力者の女を大人しくさせろ』との命令を受けていたのです。そこで彼女は考えたのです——僕を使うことを」


 セシリアは考えた。そして、ロゼットを使うことにした。能力者としての才能は不十分であり兵士にすらなれなかった彼が唯一持っているもの、整った容姿に目をつけたのである。

 エトランジェで非能力者たちを護ろうとしている人物は女。敵が女なのであれば、整った容姿を持つ男を送り込めば内側から崩せるかもしれない。そう考え、セシリアはロゼットをエトランジェへ送り込むことにしたのだ。


「それで、貴方は私にいきなり会いにきたのね?」

「……はい」

「貴方の人生が恵まれたものでなかったことは分かったわ。でも、だったらどうして、あの時氷塊から私を護ってくれたの?」


 事実、ロゼットは銀の国側の人間だった。セシリアがそう言っていたし、本人もそのことは認めている。だが、だからこそ、なぜ自分を助けてくれたのかが分からない。それがミリアムの今の気持ちだ。


 ミリアムは胸を満たす疑問を口にする。

 まだ横になっているロゼットの目を見つめたままで。


「それは……何となく護らなくてはならない気がしたんです」


 数秒の沈黙の後、ロゼットは静かにそう述べた。

 ミリアムは首を傾げつつ彼の顔を見つめ続ける。


「深い理由なんてありません。ただ、護りたかった……それだけです」

「意味が分からないわ」

「本当に味方にはなれず、けれども、この街でミリアムさんと過ごした日々は楽しかったのです。貴女との時間が、どうしても……忘れられなくて」


 ロゼットは片手で僅かに乱れた前髪を整えつつ述べる。


「貴女を死なせたくなかったのです」


 いきなりそんなことを言われることを想像していなかったため、ミリアムは思わず頬を赤く染めてしまった。彼女の顔面は、今、いつになく引きつっている。その顔つきは、まるで大嘘がばれかけた人。実際にはそんなことはないのだが、そのくらい、ミリアムの顔は奇妙に硬直していた。

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