嘘つきの教室 その6
§ § §
ようやく喘ぎ始めた蝉の声、嬌声の中で響く石灰の削れる音がどこか冷たく聞こえる午後。
教壇に立つ教師が複雑な公式を書き並べ、生徒達の半数は黙々とノートにそれを書き写し、半数の生徒は黒板をただ呆けるように眺め、そのさらに半分の生徒は今か今かと時計を眺め、本日最後の授業を受けていました。噛み殺された欠伸の数が黒板に書かれた数式の解を超えた頃、時計は15時30分、ついに終業のチャイムが鳴りました。
締め付けられていた縄が解けたように各々が溜息を吹き出し、ガタガタと椅子を引き始めます。
教師はここの問題を来期のテストに出すので忘れないようにと告げてから教室を後に、すると教室は一段と活気づきます。
ある者は部活動へ、ある者はアルバイトへ、ある者は友人との遊興にと教室を出て行く中、田中由紀に扮したメクルは教室の隅の席にて筆記用具をゆっくりと片付けながら教室に残る生徒達を横目に情報を集めていました。
目と耳で収集できるだけの情報を記憶する、いつもそつなくこなすタスクにパフォーマンスの低下、原因は明白でした。
前頭葉に張り付くレイズの言葉。
『放課後まで帰らずに教室に残ってください、断れば……まず君の護衛に消えてもらいます』
命令であり脅迫。
そんな力が彼にあるのか?
ここで彼の能力についての整理をしてみました。
一つ、死者を蘇生できる、条件不明、射程距離不明、だが恐らく条件がある。
一つ、生者を殺害できる、条件不明、射程距離不明、だが恐らく条件がある。
願えばどんな人間も蘇生できるなんて能力であれば、この学園はとっくに劇的な事になっています。
そして殺害の場合も然りです。
ならば蘇生と殺害するにあたってその能力には必ず条件が存在する。
では条件とは何か?
近寄ってきたクラスメイト達のお誘いを断りながら、人が殆ど居なくなった教室でメクルは思考を回します。
この状況を確認できる位置にレイズは目を置いている、自分自身か、それともカメラか、もしくは情報を提供してくれる何者かが、今この教室にはあるのだとメクルは情報の収集と解析を並行処理、レイズの次の一手を読みだそうとしていました。
『これは最初の試練です、僕は君に本当の現実を見て欲しい、誰のためにこの現実を護っているのか、それをもう一度見た上で、君が本当に護るべき現実を決めて欲しいんです』
試練と現実。
本当の世界、掴み所がなく綿飴のように柔らかく人の熱で形を変える言葉です。
それ故に、深くそれについて考える事はあまりなかったと、今更ながらの定義をメクルは始めてみます。
現実とは、自らが立つこの世界、以上、再定義終了。
この教室、この学園、この街、この国、この世界、この星。
一度放てばこれら全てを砕きかねない能力者達を捕獲、保護、管理する。
その一方で能力者がこちら側の管理能力を超える存在となる前に異世界より救出する。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、この現実に抱える事ができる異世界からの力には限界があります。
自分達は、そうならないように今まで護り続けてきた、自分達の先代も、そのまた先代も。
この100年、この両足をつけて立つ場所、この現実を護り続けてきた。
ならば彼の言う、真の世界とは何か?
(……言葉遊びだ、こんなの)
これ以上の深入りは相手の思うつぼかなとメクルは切り替えます。
今はただ、流れに乗りながら、ここでしか集めることのできない情報を集めます。
ゆっくりと帰り支度の荷物をすませたところで、さてと椅子を引こうとした時、その背に声がかかりました。
「ねぇねぇ由紀ちゃんってさぁ、まじであの田中の従妹なの?」
嘲笑まじりの声に軽く振り返り視線を向けると、声の主はメクルの正面へと回り込んできて前席の椅子を引っ張りだしてメクルの机へドカとぶつけると大股開いてどっかりと座り込みました。
長い巻き髪が特徴的でピカピカな今時で固めた少女でした。
「まじであの田中の親戚が転校してくるとかマジウケルんですけど」
「……ええ、本当ですよ、朝にも言いましたけど、剛君の従妹になります」
「まじで? ありえなくない? 全然似てない! 同じ血とか一滴も入ってないって! あ、じゃぁメイク? 盛りヤバくない? 別人というかもはや別種族って感じなんですけどぉ」
「いえ、メイクは肌色を整えるくらいしか……、あまり派手なのは校則違反と聞きましたので」
「はぁーマジかー、やっぱナチュラルにそれって親ガチャ格差エグいわー」
エグいのは香水でも隠し切れない喋る度に吐き出される煙草の匂い、ヤバいのは今にも見えそうな派手な下着、などと決してメクルは口にしません。
短く切ったコルセットスカートからこれでもかと脚をだし、大きく両脚を開いたそのポーズはメクルが目隠しになっていなければさぞや周りからパンツがモロ見えだったことでしょう。
「いいなぁ、まじナチュラル美少女とか、めちゃ勝ち組じゃん」
そう羨む彼女は流行の目映い薄紫のアイシャドーに膨らませた涙袋、限界まで瞼を開かせて大きく見せた両目にはビビットブラウンのカラコンで、人工のまつ毛をバタつかせる顔はラクダのようです。
「超小顔だし、なんていうか同じ人間じゃないっていうか人形? みたいじゃん? いやーアイドルでも女優でも配信者でも、なにやっても人気確定って感じ? いいなぁ私もいっぺん死んでこんな顔に生まれ変わりてぇー」
などなど品なくゲラゲラ笑い、続けて幾つかの褒め言葉をメクルは頂戴しました。
然し、その目は、褒め言葉が全て本位ではないと克明に告げていました。
彼女の目に見えるのは、ある種の苛立ち。
この作り物の身体に次々と飛び出す褒め言葉もまた、嘘偽り。
――これは、誰かを今から貶めようとする、前段階の空気でした。
「……それじゃ、私そろそろ帰りますね、待ち合わせがあるんで」
小さく浮かべた笑顔で応え、厄介な事に巻き込まれる前に話を切ろうとするとメクルに対し、
「へぇ待ち合わせ?」
逃げようとするメクルの空気を目ざとく察したラクダ顔の少女が、にぃと頬を釣り上げ、
「これからラブホでも行くのかよ、ヤリマン」
攻撃的な言葉でメクルを打ち付けました。
あぁと、メクルはある種の予感が的中したことに気が付きます。
「私知ってるよー、あんたが休み時間に片っ端から男子に声かけてたの、さっそく本性表したって感じじゃん、なぁヤリマン」
彼女の目に宿っていた苛立ちの正体は、牽制と焦燥と怒り。
どうやらメクルはラクダの尾を踏んでしまったようです。
「清楚系に見えてビッチって奴? その顔で迫られたらどんな男でも食われちゃうよなぁ、いやいや食いたくなるって奴かな小動物っぽいし、色気もあって誘惑感がエロいっていうか、こう背後からギュッとして、そのままバッグで汚したくなる系みたいな?」
声色と言葉に明確な刺、随分と下品な言葉でもメクルは甘んじて笑顔で受け止めます。
「なにか勘違いをさせてしまったのならすみません、確かに話しかけはしましたし、話しかけてもらうこともありましたし、実は以前から知り合いの知人もいたので挨拶を。それに転校初日ですから、気をつかって――」
レイズの正体を突き止めるためとはいえ、男子全員に接触して情報を収集する内に、恐らく彼女の想い人に手をつけたと思われたのだと、メクルは幾つかの謝罪と誤解を解く言い訳を選びながら、
「いいよそんな恥ずかしがらなくてさ、誰だって性欲はあるじゃん? てぇかあれでしょ? どうせ田中にヤラれて癖になったんじゃないの、セックスが」
ドクンと、メクルの心臓が跳ねました。
心音と共に衝撃、背骨を揺らすような一言でした。
整えていた言い訳も、完璧な謝罪の言葉も、一気に口元から喉もとへと押し戻されて、息が詰まりました。
「……それは、どういう意味ですか?」
沈黙を挟み、言い訳の言葉と入れ替わるように喉から這い出てきた問いかけ。
彼女の言葉の意味を解っていても、なにかの言い間違いを期待して聞き返してしまうほど、胸の奥が締め付けられていました。
「どういう意味もなにもさぁ、あいつってさ、クラスの女子のストーカーしてたんだよね、んで、人気のない所でその子を待ち伏せして襲ったクソ野郎だよ、あいつ」
――嘘だ。
「もうマジ異常性癖者ってやつ? そんな奴の従妹なんでしょ、じゃぁ親戚との付き合いとかでさ、やっぱ隠れて無理矢理ヤラれたんじゃないの?」
――嘘だ。
それは哀れみの言葉ではありません。
牽制は既に確かな敵意へと変わり、蔑みを混ぜた言葉は振り下ろした拳に等しい物でした。
田中剛はそんな人間ではない、知る限り、調べ尽くした限り、そんな事実は有りませんでした。あるのは意中の女生徒へ告白から始まった行き違い、そこから始まった、
「襲ったなんて嘘ですよね、剛さんは、……そんなことしていません」
擁護の言葉をわずかに詰まらせたのは異世界で彼が行っていた問題行動の数々。
でもそれも、全ては無責任な存在が力を与えたために生まれた歪み。
誰にだって性欲はある、年頃なら尚更だ、それが間違った方向に歪んでしまった。
もしあんな事がなければ、きっと、きっと……。
本当の彼は、本当の彼は――。
「てゆーかさぁっ!!」
苛立つ気持ちが抑えきれなくなったように少女が勢いよく立ち上がり、つられて目線を上げた時、メクルは自分が取り囲まれいてる事に気がつきました。
見下すような笑みと、憐憫の眼差し達。
これから起こること、これからされる事に対する同情と遊楽に歪む少女達の顔がメクルには酷く恐ろしく見えました。
メクルの記憶は告げます。
彼女たちは、田中剛へのイジメに関与していた少女達でした。
「あんたの親戚のクソ野郎が襲ったうちらの友達とかさぁ、まだ怖くて学校にこれてないんだよね、なのに1人で勝手に死んで逃げるとかまじ最低じゃん? 襲われたウチらの友達はどうなるわけ? 他にもさぁ、あぁそうそう、アイツいきなり殴られたってヤツも何人もいたよね、ねぇ?」
頷く取り巻き達は次々に証言します。
私の友達がいきなり後ろから叩かれたって言ってた、
私の友達がすれ違いざまに蹴られたって言ってた、
私の友達が睨まれたって言ってた、
私の友達はスマホを盗まれたって、
私の友達は、
私の友達は、
私の友達は、
その全てが嘘でした。
「ほらな、ほんとまじ最低野郎だったんだよ、アイツ」
彼女に続いて取り囲む少女達が賛同の声を上げ、メクルを責め立てます。
「てかさ病気? 事故? まぁなんにしろ勝手に死んだわけだから私らには関係ないけどさぁ……でもやっぱ親戚だったら、アンタにもクソ虫野郎を助長して放置してた責任ってやつはあると思うんだよね」
他の少女達もそれに同調し、そうよ、謝りなさいよ、責任をとれと喚き立てます。
なるほど。
その時、メクルはようやくこの状況が読めたのでした。
「ほんと勝手に死ぬとか迷惑だよね、ありえなくない?」
つまり彼女達は、田中剛の死の真相を恐れているのです。
田中剛の不幸と同時に、その事について聞いて回るメクルの存在は『犯人捜し』として彼女たちの目には映ったことでしょう。
田中剛の不幸、そのきっかけを作ったのは自分達ではないかという大きな疑念と罪悪、然し自分たちの行いになんら関与しない事であって欲しいと願いながら、もしそのきっかけが自分達であるのなら、その行為には正当性が、正義があったのだとここに予防線を張りだしたのです。
犯人を捜すな、悪人などいない、悪人はアイツだったのだと。
これは、それをメクルに理解させるための儀式でした。
追いかけてくる従妹に対して、如何に田中剛という人間が死に値する人間だったかを説き、仕方がなかったと思わせ、悪人だと認めさせ、そしてこう言ってもらいたいのです。
『彼は病気で死にました、理由は分かりません、誰も悪くないことです』
『貴女達も勿論何も悪くない、貴女達にはなんの罪もない』
『そんな酷い事をする人間だったんですね、だったら死んで当然です』
そんな所だろう、メクルは少女達を見ながら胸中で言葉を整えます。
ここにあるのは嘘、嘘、嘘ばかり。
田中剛が女生徒を襲った? 嘘。
田中剛がストーカーをした? 嘘。
田中剛が暴力をふるった? 嘘。
真相は三ヶ月も前に突き止めています。
学園の異能をもって全ての始まりから最後まで、あらゆる痕跡を追い、彼女達は催眠にかけられ自ら罪を証言すらしています。
なんて白々しい、そして空々しい。
だから言うのです、せめて彼の物語を奪ってしまったメクルは語るのでした。
「剛さんは、崖の上から飛び降りました……病気でも事故でもない、自殺です」
創造ではない、彼の真実を彼女たちは知るべきでした。
「彼は悩んでいたんです、沢山、本当に沢山、思い、悩み、そして病んでいた。ご両親の離婚の事、父親の病気、少なくはない借金、将来への不安、自分も父親のようになるのではという恐れ、見た目への劣等感、そんな自分に優しくしてくれた女生徒への片思い」
嘘で塗り固められた教室に、異能の力を持ってして暴いた真実をメクルは口にします。
「自分ではどうする事もできない不安や不幸、その巻き沿いにしてはならない、それが好きな相手ならなおさら……それでも、剛さんはその気持ちに向き合いながら、その不幸や不安と戦う事を決めて、彼女に告白したんです」
それが田中家の一階と二階との違いでした。
自身の部屋だけではなく、誰かが訪れる場所は清掃し、整えていました。
いつか誰かが訪れても、下と上とは違うのだと、解ってもらうために。
自分はまともであろうとしているのだと、戒めるように。
「その告白が失敗した事は悲しいことです、人の気持ちは誰にも強制できません。だから告白については誰も悪くないと思います、人と人ですから……でも、その後に起こった事は、たんなる悪意の発露です」
妬み、歪み、苛立ち、優越感、もしくはただの砂袋。
イジメ、虐め、苛め、それはただの暴力であり、心の殺害行為。
「剛さんはストーカーなんてしていません、誰かを襲っただなんて嘘です、ありもしない悪に正義を気取るのは気持ちよかったですか? 自分の醜い嗜虐心にすら向き合えず、正しい行為だと偽って、そうやって貴女達は彼を叩き、苦しめ、この現実の端まで追い込み、そして背中を押したんです」
崖の向こうへと。
そう付け加えてメクルは立ち向かいます。
もうこれ以上、彼の物語を傷つけまいと。
「は、はぁ? 今日転校してきたばっかのてめぇに何がわかんだよっ!!」
パンっと乾いた破裂音がもう生徒もまばらになった教室に響きます。
メクルの右頬に鋭い痛みが走りました。
「てめぇは私らが嘘ついてるって言うのかよ!」
飛んでくる平手打ちを止めたり避けるのは容易い事でした、
それでも避けることはしません、暴力に痛がり恐れて避ければ、彼女たちは暴力に意味があるのだと勘違いを続けてしまいます。
人は叩けば黙る、大きな声を出せば押し殺せる、大人数で取り囲めば相手の意志をもへし折れると思ったまま、また次の誰かを傷つける。
ならば動じず、その行為になんら意味もないのだとメクルは続けます。
「ええ貴女達は嘘つきです、田中君は自ら命を絶とうとしました、死ぬつもりで飛んだんです、恋心に破れて悲しみ、想いを寄せた人から嫌われ、事実無根の罪に問われ殴られ蹴られて、血を流して、また一人悲しんで……そして飛んで――」
そして異世界の神に救われた。
メクルの言葉が止まります。
救われた、そう、救われたのでした。
その時点で彼は救われていた。
そこで1度救われ、2度目の人生を奪った自分に、本当に何を語る資格があるのだろうか?
「んなこと知らねぇよ! 死にたくて死んだんだろ! 私らには何も関係ねぇよ!!」
少女達は続けて訴えます、悪くない、私は悪くない、勝手に死んだ、悪くない、私は悪くない、勝手に死んだ奴が悪い、悪いのは彼奴だ、悪いのは彼奴だ、悪いから死んだんだ。
ダカラ ダレモワルイコトナンテ シテイナイ
「違うっ!!」
違う、それは違う、メクルは少なからず自身を悪だと知っています。
誰かのために、誰かの物語を奪う者。
異世界の、あるいは現実の、誰かのために、今まで数々の物語を奪ってきました。
自らの明確なる意志をもって他者から何かを奪う、善行とはほど遠く、結果としては一を奪い、百を護る日々。
それでも例え一つでも奪えば悪なのだとメクルの罪悪感は絶えず、その度に悩みながらも、苦しみながらも、ただただ悪行を全うする。
それによって、護れるモノがあると知っているから。
しかし彼女達が護りたいものは、ただ自分自身のみ。
ダレモワルクナイ ワルイヤツハ ココニイナイ ココニイナイ ココニイナイヨ
その護っていたものが、コレなのだろうか。
死人に口なしと事実を曲げ、罪悪感から逃げ、消えてしまった人間に全てを押しつけて、自らの現実を綺麗な物だと信じてやまない彼女達。
「な、んだよっ!」
自分でも、もうどんな表情をしているのか、メクルには解らなくなっていました。
ただ悲しくて、ただ空々しくて、彼女たちを見ていました。
睨んでいました。
咎めるように、訴えるように、それが気にくわなかったのでしょう、
「私らはなんも悪くねぇんだよ! て、てめぇもキモチわりぃ目で見てんじゃねぇよ!」
再び振りかぶられた手、今度は拳、握りしめられた拳を引き絞り放つ、首を少し傾げれば避けられる程度のもの。
メクルはただそれも眺めていました。
瞬き一つせず、ただじっと眺めていました。
避けてやるものか、返してやるものか。
反撃すれば、彼女達は自分達を被害者だと騙るでしょう。
心を折るほど痛めつけて彼女たちを屈服させても、今度は強者に媚びて、更なる弱者に拳を向ける言い訳にされる。
迫り、拳がメクルの鼻を打ちました。
千切れる血管の感触、鼻腔の奥が痺れ、呼吸を止める赤い湿り気。
矢継ぎ早に腹部に痛み、取り巻きの1人がメクルの無防備な脇腹へ靴裏を押しつけていました。
そのまま椅子から蹴り落とすつもりだったようですが、メクルは身動ぎ一つしませんでした。
ただ見ていました、こちらを睨む彼女をまっすぐに見ていました。
蹴り飛ばしても身じろぎ一つしないメクルに、その硬い感触に、脇腹を蹴った本人が思わず後ずさっていました。
「ひっ、な、なにこいつっ」
いつのまにか、メクルは彼女達のことを読んでいました。
田中剛が消えた時に集めた情報が編み上がって、彼女達に張り付いていきます。
嫉妬、嫌悪、醜悪、暇つぶし、優越感、虫を潰して自分がせめて虫ではないナニカだと確かめたいだけの、人でありたいだけの、ただの利己主義。
悪を見つけ、結束し、締め出し、迫害し、安堵する。
――人間。
「うっぜぇ! きめぇんだよ! てかお前も死ねよっ!!」
再びのテレフォンパンチ、避けるつもりはありまでんした。
いくらでも、いくらでも、好きにすればいい。
こんな事で気が済むのなら、何時間でも好きにすればいい。
殺せるものなら、殺してみればいい。
ゆっくりとやってくる拳を眺めながら、メクルはただ無性に、彼に会いたいと思うのでした。
会って、もう一度、彼に謝りたいと。
「おっと、そこまでだ」
拳を受け止めた手がありました。
差し込まれた掌で拳を軽く受け止めたのは、
「なんだ、どうなってる? メクル、なぜやり返さないのだ?」
アオメでした。




