3話 巨大蜘蛛(ジャイアントスパイダー)
対、巨大蜘蛛戦。
「失礼するぞ、お嬢さん」
「え、きゃぁ!?」
健吾は恐怖で腰を抜かしたミーナの前に向き合い立つと、かがみ込み彼女の腰を掴み持ち上げた。
重くないとはいえ、人を持ち上げたとは思えない程軽い仕草で無造作にするので、まともに返事も出来ないまま、後ろ向きで担がれてしまう。
戸惑うミーナが声を上げたのが合図となり、ジャイアントスパイダが一斉に動き出した。
獲物を捕獲する糸は、巣を作る為のものと違い尻部から紡がれるれるのではなく、口から放たれる。
逃げ場の無い全方位からの捕縛糸は、ザッパを含め部隊兵を全て的確に絡めとってゆく。
通常ではあり得ない高密度の糸は抵抗など一切許さず、次々と全身を縛り付けた。
一瞬で全身を糸で覆われてしまい悲鳴も上げられずに、倒される。
意識はあるのにもがく事も出来ず、成す術無く巣に持ち帰られるのを恐怖しながら待つ事だけが、唯一許された。
呆気なくこの場の全ての者が捕らえられたかに見えたが、一人だけ動いている影があった。
ミーナを担いだ健吾である。
逃げ場の無い糸の一斉射と思われたが、健吾は包囲するジャイアントスパイダーの一体に自ら突進、吐かれる寸前に踏み潰した。
神速の勢いのまま更に跳躍。
巨大黒蜘蛛の絨毯を一気に飛び越し、あっという間に包囲を脱出してしまう。
着地し振り向きもせず、加速して走り去る。
「お、追いかけて来ます!」
後ろ向きの為、ミーナの目にはジャイアントスパイダーが追ってきているのが見えてしまう。
糸で捕まえ動けない獲物は何時でも回収出来ると考えているのか、群全体が健吾目掛けて走ってくる。
黒い波が押し寄せてくる様で、余りの怖ましさにミーナは震え声がかすれてしまう。
「さ、さっきの魔法で倒せないんですか?」
「奴らの体表面を覆う毛は耐熱、耐電、魔力抵抗に優れている。効果的なのは物理攻撃で強引に破る事だ・・・・・・速度を上げる。喋っていると舌を噛むぞ」
健吾の警告にミーナは「もっと速くなるの」と、心の中で驚きながらも従い口をつむぐ。
人を担いでいるとは思えない、尋常でない速度が健吾の足から紡ぎ出される。
密集する木々の隙間に一切身体を触れさせずすり抜けて行く。
恐ろしい速度で森の風景が置き去りされる。
(凄い。速すぎて周りの世界の時間が止まってる様に見える!)
ミーナは健吾の速度に驚愕しながらも、まるで風になったかの様な未知の感覚に興奮を覚える。
担いだ彼女に衝撃を伝えぬよう気を使って走っているはずなのだが、追ってくる蜘蛛を徐々に引き離して行く。
しかし、ミーナはある事に気付く。
「あ、あの。何で森の奥に向かってるんですか?」
健吾の足は森の外ではなく、魔物がひしめくであろう深部へと向かっていた。
喋るなと警告されてはいたものの、思わず問い掛けてしまう。
「あれ程の規模の群を森の外へ誘導してしまうと、周囲に被害をもたらしてしまう。中で仕留める」
「逃げるんじゃないんですか!?」
健吾の返答に信じられない思いだが、確かに外に出すのは問題があると分かる。
どうするのかと疑問に思っていると、ドンッという衝撃が足元に伝わり、次いでバキバキという生木の折れる音が聞こえた。
群の親である超巨大ジャイアントスパイダーが跳躍を繰り返し追ってきたのだ。
巨体の巻き起こす着地の衝撃と振動が、周囲の木々を破壊していた。
桁違いの大きさは一歩の幅が大きく、一息の距離まであっという間に追い付かれてしまった。
目の前にまで迫った巨大蜘蛛に、ミーナが悲鳴を上げそうになった直後、地面へと驚くほど優しく肩から降ろされる。
「ここなら有利に戦える」
健吾の言葉に辺りを見渡せば、不自然に地面が馴らされた場所だった。
樹木はもちろん草一本生えておらず、むき出しの黒い土が広がっている。
所々陥没しており、妙に硬い。
奥を見れば、丸太で出来た小さな小屋が建っていた。
人が暮らせない深い緑の自然の中に人工物があるのは、平らな地面と合わせて信じられず、違和感しか無い。
同時に周辺の空間には同じ波長の魔力が満ちており、何故か安心感を覚えた。
「ジャイアントスパイダーは動く対象を優先的に攻撃してくる。結界の効果で探知され難くもなっている。暫くじっとしていろ」
健吾は背後へと向き直り迫る黒い波へと対峙すると、腰の後ろに履いた牛の首でも切り落とせそうな巨大なナイフを鞘から抜き放つ。
追い付いた黒蜘蛛が遂に森から、平らな地面へと侵入してきた。
途端に身体を震わせ、目に見えて動きが鈍くなる。
結界が効果を発揮し、魔物を弱体化したのだ。
瞬間を逃さず、健吾は神速で躍り出る。
違和感に本能から後退しようとする個体が居るが、勢いは殺しきれず突然止まる事も出来ない。
先頭の黒蜘蛛の硬い皮膚を難なく正面からナイフで両断すると、自ら群の中へ飛び込む。
一見すると自殺行為だ。
しかし、動きの鈍った黒蜘蛛は健吾の目には止まって見え、何ら問題は無い。
黒い波の中にポッかりと空間が生まれる。
中心となっているのは健吾だ。
次々と切り伏せ、彼が動く度に空間の範囲が広がる。
足捌きの邪魔となるので、仕留めた蜘黒蛛を外へと蹴り飛ばしていた。
時折、捕縛糸を飛ばしてくる蜘蛛へ向かって蹴り妨害の盾や、巻き込んで動きの阻害などをしている。
一連の流れる動作には一切無駄が無い。
黒蜘蛛に一切触れさせない動きは、まるで流麗な舞を踊っているかの様である。
数分もしないうちに無数と思えた黒蜘蛛の数が減り、波の動きが鈍くなった。
ここに来て、全滅を恐れた超巨大親蜘蛛が漸く接近、乱戦に介入する。
子供を傷付けたくない親は、巨体故に乱戦に割り込む事が出来なかったのだ。
健吾が自ら死中である黒蜘蛛の群の中に飛び込んだのは、こういった意味もあったからである。
「親としては正しいが、一足遅かったな」
本来であれば人間という小さな存在は、彼らから見れば容易く狩れる餌でしかない。
多少の犠牲は出ても、小型の個体で充分に捕まえられる筈だった。
しかし、想像もしえなかった結果に辿り着いてしまう。
多少活きの良い程度と思っていた人間、健吾は膨大な数の黒蜘蛛の波に、臆する事なく飛び込んできた。
すぐに仕留められ捕まるだろうと見ていれば、何故か一向に止まらない。
それどころか、子供の数が減っていく一方である。
気付けば殆どが動かなくなっていた。
想像外の結果に全滅を防ぐ為、慌てて動き出す。
自身が生きていれば群を作り直す事も可能だと割り切ったからだ。
多少の犠牲を気にせず、巻き込む事を覚悟で巨大な足を振り下ろす。
「無駄だ」
健吾は魔力を集中し、突き出した右手の平の先にガラスの様な障壁を構築、展開し、鋭い足先を難なく受け止めた。
巨体の持つ重量に加え速度の乗った爪の様な足先は、到底小さな人間に止められる訳が無い。
だが、結果はご覧の通りである。
健吾は障壁で鋭い足先を防ぎながら片膝を突き、左手の平を地面に触れさせた。
彼を中心に魔方陣が描き出され、大地へと魔力が伝わり浸透してゆく。
固まった黒い大地を割り、下からせりあがってきた何かにより皹が入る。
皹割れた大地を貫き現れたのは、美しく輝き蒼く透き通る、鉱物の剣だった。
魔法によって生み出された水晶の剣であり、凄まじい切れ味と強度を持った創造物である。
「綺麗・・・・・・」
息を呑む程美しい未知の魔法に、ミーナは現状を忘れ呟きを漏らす。
属性は地の魔法であるが、彼女の知り得る攻撃方法とは大きく異なっていた。
大地を隆起させ岩の槍を生み出す、地震を発生させる等、地形を変化させるのが主である。
目の前で展開された魔法は既存とは全く違っていた。
蒼く透き通る水晶の剣は宙に浮き、健吾の周囲に八本が展開する。
ジャイアントスパイダーは危険を察知し離れようと後方へ跳躍、障壁から足を離した。
「逃がさん」
健吾は足先が離れた直後に障壁を解除すると、浮遊する水晶剣を引き寄せ掴む。
「はっ!」と、いう烈帛気合いと共に投擲した。
一条の蒼い閃光と化した水晶剣は、左一番前足、胴体と繋がる関節へ吸い込まれる。
抵抗の気配も無く、易々と貫通し、役目を終えた剣は空へと昇っていった。
耳障りな悲鳴がジャイアントスパイダーから上がり、足が切り落とされる。
間髪入れずに健吾は更に水晶剣を両手に引き寄せ掴み、次々と投擲した。
連続して放たれた剣は狙い過たず、一本につき一足を貫通、切断する。
四肢を失った巨大蜘蛛は、切り離された足と共に雪崩れる様に眼下の健吾へと降り注ぐ。
巨体に押し潰されると最悪の結果を想像し、ミーナが悲鳴を上げそうになった直前、彼の姿が掻き消えた。
「どうやって、あんな場所に!?」
間を置ず、地響きを立て崩れ落ちたジャイアントスパイダーの直上へ健吾が現れる。
ミーナの目には巨体をすり抜け、瞬間移動でもしたかに見えた。
彼女の目に、更なる驚愕が映る。
ジャイアントスパイダーの直上に現れた健吾は落下しながら、眼下に足を失い動きを封じられ沈む巨大蜘蛛を捉える。
空へと消えた水晶剣を思念で引き戻すと、一斉に打ち下ろした。
頭、胸、腹の繋がる箇所を切り裂き分断する。
「お前の身体は余す所無く俺の糧となる」
頭部へと着地した健吾はナイフを突き立て、僅かに残る命を絶った。
断末魔の悲鳴が響き、動きが止まる。
巨大蜘蛛との死闘に幕が降ろされたのだった。
次回、健吾からの招待。
森での暮らしを描きます。




