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第十八話

国際科学技術センター一階倉庫


「ここまでくれば大丈夫ですかね」


部下の一人が息を切らしながら聞いてきた。

公安の人間は、それこそ自衛隊にも引けを取らない訓練を積んでいる。

だが、命のやり取りが続く中、しかも足場の悪いこの建物の中では、疲労がじわじわと積み重なっていく。

漆間は壁際に腰を下ろした。


「少し休憩するか」


そのときだった。コツ、コツ……と、足音が聞こえた。

小さく、しかし確実にこちらへと近づいてくる足音。部下たちもすぐに気づいたようで、無言のまま物陰へと身を隠し、気配を消す。

——この足音、複数人……しかも、こっちに向かってきてる

やがて、その足音はピタリと倉庫の扉の前で止まった。


「……銃を構えろ」


漆間の低い声が響く。

ここは倉庫。逃げ道は無い。開けられたら、もうやるしかない。

沈黙。空気が一気に張り詰める。

 扉が開く————その瞬間、漆間のイヤホンからノイズ混じりの声が届いた。


 『1・Fの段ボールの中に閃光玉が入っています。それを投げて、上にある通気口を渡ってください』


 誰だ——。

 しかし、声の主はそれだけを言い残し、通信を切った。

 (1・F……この倉庫の1列目、6番目。……今、俺たちがいる場所だ)

 わずかに目線を走らせると、確かに段ボールのひとつが、わずかに開いていた。


 「……!」


 考える暇はなかった。扉が勢いよく開き、武装した敵がなだれ込んでくる。

 ——一人、二人、三人……多い。明らかに十人は超えている。

 勝ち目は、無い。


 「全員、目を閉じ耳を塞げ!」


 漆間は段ボールに手を突っ込み、金属の感触を確かめると、すぐさまピンを引き抜いて投げた。

 次の瞬間、激しい光と音が倉庫を包み込んだ。

すかさず部下を引き連れ通気口の中へよじ登る。

通気口を匍匐で進んでいくと、道が二手に分かれていた。

その瞬間、イヤホン越しに再びノイズ混じりの声が届く。


『そこを左です。その後はずっと真っすぐ進んでください』


機械で加工されたその声は、性別すら分からない。


「……待て。お前は何者だ?」


漆間の問いに、声は一瞬だけ沈黙した。

やがて、静かに答える。


『私も……ここに囚われている科学者のひとりです。アンチ科学団体に監禁されている者の一人。そして、今回の通報者でもあります』


「どういうことだ?お前、第一ホールで銃を突きつけられてるんじゃなかったのか?」


 漆間が問い詰めると、声の主は落ち着いた調子で返してきた。


『私は今、とある場所に隠れています。第一ホールの映像、今からあなたの端末に送信します』


 その直後、支給されたスマホ型端末が小さく震えた。通知音とともにURLが届く。

 漆間が開くと、そこには第一ホールの映像が映し出されていた。数十人の武装した男たちが、何かを待っている。


『彼ら——アンチ科学団体は、今“あるもの”を探している最中です。それが見つかるまでは、おそらく誰も殺しはしないでしょう』


「……“あるもの”ってのは?」


 一瞬の沈黙。


『それは……言えません』


 (はぐらかされたな……)


 漆間はそれ以上は追及しなかった。今は情報の断片でも得るほうが優先だ。


「じゃあ質問を変える。お前……味方なのか? そもそも、どうやって俺に連絡を取ってきた? これは警視庁でも限られた部門だけが使う、特殊な波長の通信だぞ」


『私の目的は、科学者の救出です。利害の一致という意味では……“味方”と捉えてもらって構いません』


 はっきりしない回答だった。敵じゃないとは言ってるが、信じていいかどうかは別だ。


「つまり、お前が本当に味方かどうかは、俺が勝手に判断しろってわけか」


 漆間の皮肉にも、声の主は冷静だった。

 正体も動機も不明。

 だが、ただの科学者ではない——漆間の勘が、そう告げていた。


「それで……お前は俺たちに何を望む?」


 漆間は問いかける。


「わざわざ助けたんだ。何か見返りを要求するんだろ」


 一拍の沈黙。

 そのあと、冷えた声がイヤホン越しに響く。


『——科学者救出のために、私の指示に従ってください』


 躊躇いもなく言い切った。どうやら“科学者の救出”が、この協力者の本気の目的らしい。


「なるほど。つまりこういうことか……」


 漆間は鼻を鳴らすように小さく笑う。


「俺たち公安の判断よりも……あんた自身の判断の方が正しいって言いたいんだな? 戦闘のプロよりも、ずっとな」


 その皮肉に対して、協力者はためらうことなく——


『はい』


 あっさりと答えた。悪びれる様子など一切ない。

 このまま、得体の知れない人間と協力して本当にいいのか?

 漆間は思う。

 少なくとも——敵ではない。それだけは間違いない。

それに、悔しいが……状況判断は明らかに俺たち公安より上。

 ただ、あの通報のタイミングから今に至るまで、全てが“奴の描いた絵”の上にあるような……そんな感覚が拭えなかった。


「……隊長、本当に信じるんですか?」


 背後から、控えめに、部下のひとりが声を上げた。

 警視庁の特殊波長で通信していたため、今の会話はチーム全員に筒抜けだったはずだ。

 誰も何も言わなかったのは、隊長である漆間に判断を委ねていたから。

 ……だが、さすがに気がかりになってきたのだろう。

少し考えた後答えを出す。


「——分かった。だが、条件がある」


『……条件とは?』


「一つ。一般人の死者は絶対に出させないこと。そしてもう一つ、俺たちと顔を合わせることだ。さすがに顔も名前も知らない相手をいつまでも信用するわけにはいかない」


 それが漆間の出した最低限のラインだった。

 本人も——正直、甘い条件だとは思っている。

 本当なら、敵が探しているという“ある物”の正体も問いただしたかった。

 だが、それを条件にして通信を切られたら元も子もない。

 最悪のパターンは、優秀な協力者をこの段階で失うこと。

 優秀な人材は使える時に使う——それが漆間の信条だった。


『分かりました。では、その先に降りる場所があります。慎重に降りて、廊下を直進してください。階段を使って3階まで上がった先——部屋番号〈308〉のインターフォンを鳴らしてください』


漆間は部下に合図を出し指定された場所へ向かう。


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