評議会の影
舞踏会から数日後、王宮の空気は静まり返っていた。
祝祭の余韻は消え、代わりに重苦しい噂が廊下を満たしていた。
――「火の娘、評議で裁かれるらしい。」
――「宰相閣下が、殿下の名誉を守るために動かれるそうだ。」
リアナは侍女室の窓辺に立ち、遠くにそびえる白塔を見上げた。
その塔の頂こそ、帝国の権力が集う場所――内閣評議会の議事堂である。
彼女が今から立たされるのは、炎ではなく言葉の裁きだった。
扉の外で、足音が止まった。
「リアナ・フェア、入れ。」
低く響いた声は、宰相リュシオンのものだった。
広間に入ると、七つの玉座が円形に並び、重臣たちが座していた。
その中央に、一人だけ立たされる少女。
誰もが冷たい目で彼女を見下ろしていた。
「リアナ・フェア。そなたに問う。」
リュシオンが開口する。
「王太子殿下の舞踏の夜、そなたは身分の分際を越えて殿下と踊った。
それは王族への冒涜、帝国の秩序を乱す行為だ。異議はあるか?」
リアナは膝を折り、頭を下げた。
「確かに、私は無礼を働きました。ですが――殿下の命令に逆らうことも、また罪ではありませんか?」
会場がざわめいた。
リュシオンの眉がわずかに動いた。
「命令、か。殿下がそのような命を下したと?」
「はい。殿下はこう仰いました。『務めの一環として踊れ』と。」
老臣の一人が口を挟む。
「つまり、殿下の責任だと言いたいのか?」
リアナは首を横に振った。
「いいえ。殿下は王としての礼を学ばれる最中です。
私の失言も、判断の未熟さも、すべて私自身の未熟。
けれど、私を罰することで殿下の威信を傷つけるなら――
それこそ、帝国の秩序を乱すことになるのでは?」
短い沈黙が落ちた。
その沈黙の中に、確かな“動揺”が生まれた。
リュシオンは目を細めた。
「……言葉の刃を使うか。貴様、誰に教わった?」
「誰にも。火を見て覚えました。炎は、切り方を教えずとも人を焼く。」
彼女の答えに、重臣たちの間から小さな笑いが漏れた。
緊張がわずかに和らぐ。
リュシオンは玉座から立ち上がり、ゆっくりと近づく。
「なるほど。噂に違わぬ娘だ。だが覚えておけ。火は人を照らす前に、自らをも焼く。」
「はい。」
リアナは静かに答えた。
「それでも、灯を絶やさぬために燃えるなら、本望です。」
その瞬間、王太子アーサーが議場に現れた。
「その言葉、私が証言する。」
会場がざわめく。
「リアナ・フェアは私の命で舞踏に加わった。
彼女は帝国に仇なす者ではなく、忠義を尽くした者だ。
――罰するなら、私を罰せ。」
誰も声を出せなかった。
リュシオンはわずかに肩をすくめ、
「王命であれば、我らは従うのみ。」と呟いた。
こうして、リアナは処分を免れた。
だがそれは、王宮の誰もが彼女を“特別な存在”と見始めた瞬間でもあった。
嫉妬、恐怖、警戒――すべてが静かに燃え始める。
その夜、彼女は一人、塔の上の炎を見上げた。
燃えるような赤が、夜空に溶けていく。
火の選んだ運命は、もう後戻りできなかった。




