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 昼食は天ぷらそばだった。

 六人掛けのテーブルに柏矢、デンパ先生、カイザー、ツーちゃん、御眠、ソンが着く。

 自家製の手打ちそばだったようで、不均等の麺はもちもちとコシがあり、さっぱりと喉越しが軽かった。普段そばを食べる機会がなく、食べるといってもチェーン店で汁だく天丼を食べるときの付け合わせ程度の認識だった柏矢からすれば、風味ひとつとっても革新的だった。

 そばがメインディッシュである以上、食べ方も気にせざるを得ない。

 いつもはなにも考えず、せい()やざるに盛られたそばをそば猪口にどっぷりと浸け、ちゅるちゅるとお汁が跳ねないよう静かに啜っていたが、今回は違う。

 ずぞぞっ! と。

 空気と一緒にそばを啜って、鼻に抜けていく香りを楽しむ。

 途中で噛み切ってはいけない。そうしてしまうと、味を鼻ではなく舌で味わうことになる。

 お汁の使い方だって、違う。

 そば本来の風味を楽しむために、ネギやワサビなどの薬味を溶かしたお汁に、全体の三分の一だけを軽く潜らせた。

 ここまではよかった。

 違和感があったのは、天ぷらだ。

 海老天やイカ天はなく、全て野菜のもの。カボチャやナス、サツマイモといったオーソドックスなものに加え、かき揚げもあったが、問題はそこではない。見たことのない形の天ぷらがいくつかあり、半分齧って断面を見てみてもなんの野菜か分からない。どれも食べたことのない味で、ほろ苦いのが共通の特徴だった。

 中身はなにかと訊いてみようかとも思った。が、名前を教えてくれるついでに「美味しくなかった?」なんて言われたら返事に困る。美味しいと言ったら言ったで「よかった。じゃあもっとお食べなさい」と得体の知れない天ぷらを山盛りによそわれたら、食べ切れる気がしない。

「勉強の疲れのせいかこれ以上は胃に入らない」と、そう予防線を張っておいたため、柏矢は腹六分目で箸を置いた。

「もうごちそうさまアルか? んじゃツーちゃんが残り全部食べちゃおーっ!」

 テーブルの真ん中に置いてあった大皿の一つを取り上げ、似非チャイナ娘は大口を開けると、残った天ぷらをガツガツと掻き込んだ。

「動物みたいな食べ方をしやがって、参謀でなければ斬って捨ててたところだ」

 辟易するような苦い表情を浮かべ、カイザーが腕組みをする。

「あらあら。返り討ちに遭うのが。関の山。じゃなくって? ……ふふんっ」

 指先をピンと伸ばした左手を垂直に立てて口元を隠しながら、御眠が笑う。

「それはそうアル! だってカイザーのやつツーちゃんより腕細いネ!」

 もともと丈の短いチャイナドレスの袖を捲ったツーちゃんが力(こぶ)を作ってみせると、たしかに筋肉質でたくましかった。

 カイザーはそれを見ないようにそっぽを向くと、引き攣った笑いとともに早口で捲し立てる。

「んあははは俺の方が脚長えしこれで一対一だろ勝ったと思うなよ」

 慌てて口に運んだそば湯が熱かったようで、カイザーが「あちゃッ‼︎」と仰け反る。

 そう、そばのお汁は最後にそばを茹でたお湯で飲むのだ。

 概念だけは知っていたが、ラーメンの残り汁を飲み干すこととの違いが分からなかった今までの柏矢は、不健康な〆方だと思っていたが、その実、健康にいいとのこと。

 そばの皮に多く含まれるルチンというポリフェノールの一種に、血流改善や高血圧予防の効果があり、それが茹でたときにお湯に溶け出しているのだ。他に水溶性ビタミンであるビタミンB群も含まれており、なにより温かいそば湯を食後に飲むことで、内臓が温まり、消化を手助けしてくれる。人の胃腸は、食べたものが体温に近づいて初めて消化を始めるのだ。

「それで。ハクヤくんはまた。お勉強?」

 両手で大事そうにそば猪口を持った御眠が、そば湯の湯気をくゆらせながら問う。

「え? いやぁ、どうしたもんかしら……ね、デンパ先生? 先生も疲れていることだろうし、今日のところは勉強はお開きってことで」

「? おらはなぁんも疲れとらんに」

「でも、食後は少し横になって胃を休めた方が……」

「仮眠のつもりがよ、アラーム止めちまって何時間も寝てしまう癖があってさ。昼寝はせん主義なんさ。昔っから、そーゆーのなんか損した気になるんよ」

「でも、文字ばかり見て目が疲れているのでは……」

「目薬さしたとこだで、心配いらんに。平気さ」

 最初から「今日はもうたくさん」と言っておけばいいものを、なぜ主導権をデンパ先生に渡してしまったのか。悔やみつつ、なんとか勉強から逃げる策を講じていると、運よくデンパ先生の方から断りが入る。

「実は今日な、カイザーとちっとばかり用事があってさ。すまんけどハクヤ君、化学ん面白さに目覚めて勉強したくてうずうずしとるのは分かっとるけどさ、午後はちぃと気ぃ抜いて、みんなと遊んでおってくれや」

 自分の食器をまとめてシンクへと置きに行くデンパ先生。

 横にある冷蔵庫に貼った「当番表」で今日は皿洗い担当ではないことを確認するなり、そのままガラス張りの引き戸を滑らせ、食卓から出ていった。

「ふっ……。時は、満ちた」

 レッドカーペットを踏むような自信と気品で、縛った髪の垂れた一束を手で払い、デンパ先生の後に続くカイザー。

 柏矢たちの白眼視のスポットライトが、部屋から幹部を追い出すように冷たく追尾する。

「……、どこ行きましょう?」

「川で遊ぶアルカ? それとも納屋でバーベキューするヨロシ?」

「ツーちゃん、二択を作るの下手過ぎません? なぜ片や遊びで片やご飯なんです。たった今食べたばかりだし」

 そこで、爪楊枝を歯の間に当てたソン。

「遠出はダメだぞ。免許持ってるの俺だけなんだからな」

 彼は片腕を背凭れに掛けながら、面倒くさげに口を開く。

「遠出と言えば。高いところに行きたいわねぇ。展望台とか」

「そういやそうアル! まだハーくんに高いところからの景色を見せてないネ!」

「『遠出はダメ』に対して遠出前提の会話進めるのやめてくんない⁇ 『遠出と言えば』じゃねぇんだよ。遠出言うな」

「安曇野を高所から展望かぁ、いいですね。これはぜひとも行ってみたいなぁ。ここら辺には、そういう展望スポットがたくさんあるんですか?」

「いっぱいあるわよ……ふふんっ。ね、ツーちゃん?」

「そうアル! 空飛べるところもあるネ!」

「おい、運転しねぇぞ⁇」

 ちょくちょく入る横槍を他所に、午後の計画立案はスムーズに進行する。

 ツーちゃんの「空が飛べるところ」という言葉が気になってどういうことかと尋ねてみると、御眠が代わって答えた。

「ふふんっ……長峰山展望台のことね。あそこはハンググライダーとか。パラグライダーとか。飛べる台があってね。スカイグランプリって言って。みんなで飛ぶイベントもあるのよ」

「飛ぶのは許可が必要アル。でも行くだけなら許可はいらないネ!」

「いるよ許可? 運転手の俺の許可がなッ!」

「まぁ俺は空が飛びたいわけではないですし、行くだけ行ってみましょう!」

「満場一致ね……ふふんっ」

「全会一致アル!」

「異議なし!」

「あるわ異議ッ‼︎ お前ら誰が運転すると思ってん────」

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