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氷結の夜明けの果て   作者: Wolfy-UG6
プロローグ - 第1巻:新たな人生
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第1章:ありふれた終わり、予想外の始まり

質素なアパート。

真っ白な壁は、無駄のない整然とした空間に清潔感を与え、厳格なまでの秩序を感じさせた。


ソファは使い込まれていたが清潔で、明るい木目のテーブルと共に、そこにあるべき形で静かに佇んでいた。

それらの家具は、規則正しく穏やかな日常を物語っていた。


一角には本棚があり、整然と並べられた本たちが、この最小限な空間にささやかな個性を添えていた。


天井から吊るされたランプが、部屋全体をやわらかな黄色い光で包み込んでいた。

その明かりは、外の闇と対照的に、ほのかでどこか安心感を与える暖かさを持っていた。


窓の向こう、街は沈黙を守っていた。

まるで世界そのものが、息をひそめているかのように。


バスルームからは、一定の音が穏やかに響いていた。

――水の流れる音。


単純で心地よいその音は、空間にリズムをもたらし、静けさの中に溶け込んでいた。

半開きの扉から漏れ出す蒸気が、室内の冷たい空気と混ざり合い、ゆるやかに漂っていく。


鏡には曇りが広がり、現実の輪郭をぼやかしていた。


その湯気に包まれた空間の中――


ヴェイルはシャワーの下に立っていた。


額を冷たいタイルに押しつけ、熱い水が全身を流れ落ちるままに任せていた。

濡れた黒髪が顔に張り付き、無数の水滴が引き締まった背を流れていく。

それは、皮膚の上に一時の軌跡を描きながら消えていった。


「また……どうでもいい一日だったな……

ほんと、すべてがただの繰り返し。仕事して、疲れて、また同じ……」

ヴェイルは、どこか諦めの混じった声で呟いた。


長く息を吐く。

その吐息は、周囲の湯気と共に宙に揺らめいた。


肩にこびりついていた緊張が、熱にほぐされて少しずつ緩んでいく。


それでも、胸の奥に残る重さは拭いきれなかった。

どうしようもない満たされなさが、心に根を張っていた。


「望みすぎなのかもな……

でも……これが、俺の人生なのか?」

小さく、自問するように、彼はつぶやいた。


静かに、ため息が漏れる。


彼はゆっくりと手を伸ばし、蛇口をひねった。

水音が止まり、突然の沈黙がバスルームを包む。


残るのは、最後の水滴が浴槽の表面に落ちる音だけだった。


ヴェイルはゆっくりとシャワーを出た。

無造作にカーテンを引きながら、疲れた動きで足を前に出す。

濡れた足が冷たいタイルに触れた瞬間、身震いし、

彼は近くに掛けてあったタオルに手を伸ばした。


だが、その手元が狂った。


タオルは彼の指先から滑り落ち、

――ぽとん。

鈍い音を立てて床に落ちた。


「っち……マジかよ……」

ヴェイルは小さく苛立ちを滲ませた声で呟いた。


彼は不機嫌そうにかがみ込み、タオルを拾おうとした。


だが、その一瞬の隙が、すべてを変えた。


滑った――

足がタイルの上でバランスを失い、身体が傾く。


「やめろ……やめてくれ! 今じゃないっ!!」

ヴェイルは叫んだ。


とっさに洗面台の縁に手を伸ばしたが――


遅かった。


重力が容赦なく彼を引きずり、

その頭は、洗面台の角へと――


――ゴンッ。


鈍く、嫌な音が浴室に響いた。


意識の中で何かが弾けたような、鋭い痛みが脳を突き刺す。


「なにが……何が起こってる……?」

ヴェイルは、うわごとのように呟いた。


彼の体は床へと崩れ落ちた。

冷たいタイルが肌に突き刺さるように冷たく、

頭全体が脈打つように痛み始める。


動こうとする。

だが、筋肉が応じない。


「動け……くそっ……動けよ……!」

ヴェイルは荒く息を吐きながらも、必死に体を動かそうとした。


歯を食いしばるが、すでに力は彼を見放していた。

視界が歪み、天井が蜃気楼のように揺らめく。


空気が凍りついたような感覚。

その冷たさが、全身を蝕んでいく。


「……これで、終わり……なのか……? そんなの……冗談だろ……」

かすれた声が、諦めを帯びて漏れた。


瞼が重くなっていく。

暗闇が、視界をじわじわと侵食する。


抵抗しようとする。

だが、それは荒れ狂う川に逆らうような、あまりに無力な試みだった。


――その時だった。


突然、闇の中に光が差し込む。


強烈で、眩しく、圧倒的な光。

それは、彼を呼んでいた。

拒めない、引き寄せられるような光。


「これは……まさか……」

ヴェイルは、かすれた声でつぶやいた。


――そしてすべてが、闇に溶けた。

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