攻めと受け
落ち葉が川に流れていくように、咲の家に剛美が泊まる事になった。ある程度の交流がある咲とは違い、咲の母は巨人の如き剛美に怯え、仕事から帰ってきた咲の父は男の自分よりも頭一つ大きい剛美に腰が抜けた。
晩ご飯の時間になり、四人は席についた。まるでホラー映画にある異形の者に支配された家族のよう。奇妙な食卓だ。ひとえに、座って尚目立つ剛美の突出したデカさの所為。
「ご飯どれも美味しいです、お義母様!」
「お、お口に合ったようで、なによりです……」
「お義父様は何のお仕事をなさっているのですか?」
「え、あ、えと……公務員を……」
「素晴らしいご職業ではありませんか! こんな素敵なご両親だからこそ、咲さんがこうも素敵なのですね!」
相変わらず一人で盛り上がる剛美。その隣の席で黙々と晩ご飯を食べる咲は、早く食べ終わってこの地獄から抜け出したいと思っていた。食の細い咲が頑張って食べ進めていくと、空になったおかずの皿に唐揚げが一つ乗せられた。
「沢山食べて大きくなってくださいね!」
剛美の純粋な善意から譲られた一つの唐揚げ。しかし既に満腹状態の咲にとっては、悪意としか受け取れなかった。
地獄の晩ご飯が終わり、咲はお風呂で湯に浸かっていた。剛美と話すようになってから、お風呂の熱い湯が体によく染み込むようになっていた。それは剛美によってもたらされた心労によるものだが、咲は半ば無理矢理にでも利点と思い込んだ。
一人お風呂で疲れを癒していると、浴室の扉が開き、入ってきたのはタオルで体を隠した剛美であった。
「あの……どうせなら、二人で入ろうかと思いまして……その、お友達、ですし……!」
モジモジと恥ずかしがる剛美。体を隠しているつもりのタオルから垣間見えるのは、鍛え上げられた太ももと、もはや隠し切れていない巨大な胸部。完全に露わとなっている腕は同じ女性とは思えない程に、筋骨隆々であった。体だけでなく、顔も美人系と兼ね備わっている剛美の完璧さに、咲は神を恨んだ。
そんな咲の思いを知る由もない剛美は、ずっと睨んでくる咲の視線に刺激され、全身に小刻みな痺れを感じていた。今この場で目の前にいる小動物を貪り散らかそうとさえ思っていた。
しかし、鍛錬の日々に明け暮れていた過去が劣情の己を律し、ギリギリの所で我慢出来た。
「剛美。体、洗ってあげよっか?」
「へぇあ!?」
「大声出さないでよ。お風呂場は反響するんだからさ」
「ご、ごめんなさい……」
「ほら。そこの椅子に座ってて。まぁ、アンタには小さいかもしれないけど」
剛美はお風呂場に置いてあるバスチェアに腰を下ろした。今から全身隅々まで咲に洗われる緊張でタオルを両手で握ってしまう。今までマトモに攻められた事の無かった剛美は、守りが不得意であった。
剛美の背後で、泡立てる音が聴こえる。音からして、咲は素手で洗うつもりだ。
「あ、あの、咲さん! 直接洗うおつもりですか!?」
「綺麗な肌を傷付けちゃもったいないでしょ」
「綺麗!? 私、綺麗ですか!?」
「口裂け女かよ……分かった。直接は止めるよ。そういうの嫌な人もいるみたいだし」
「ちょ、ちょっと待ってください! 素手で! 素手でお願いします! ただ、その、ええと……優しく、してください……!」
「なにさそれ。その言い方だと、アタシがこれから卑しい事するみたいじゃんか」
「ええ!? しないんですか!?」
「しないよ馬鹿。大体、女の子同士でどうやってするってのさ」
その咲の発言に、剛美の妄想の中で分かれ道が現れた。
一つの道は【実行】
もう一つの道は【留まる】
一方は劣情を晴らす事が出来るが、今後の付き合いに絶望的な支障がきたす。もう一方は何も知らない咲に、既に知っている自身が良いようにされる。選択の余地は無かった。
剛美は湧き上がる劣情をグッと抑え、これから触れられる咲の手の平の感触に集中した。格闘技現役時代、顔が前後左右についていると言われていた感知能力。その能力を再び使う時が今であった。
「はい。じゃあ、洗っていくよー」
「お願いします!!!」
「声うるさ……もっとリラックスしなよ」
シャンプーを泡立たせた咲の両手が、剛美の背中に触れる。
「ヒャッ!?」
奇妙な感覚であった。痛みや痺れといったダメージではない何か。喜びと幸せが全身を駆け巡るその正体は、快楽であった。
「ちょっと! 変な声出さないでよ! 外に漏れて恥ずかしいのはアタシなんだから」
「そ、そうは言っても……!」
「我慢しなさい。手で口覆うとかさ」
「は、はい……頑張って、我慢します……!」
剛美は両手で口を覆い、漏れる声を最小限に抑えながら、咲の手の動きに合わせて駆け巡る快楽に悶えた。咲は剛美の様子に違和感を覚えつつも、自身のプニプニな体とは正反対な剛美の体の感触を堪能した。