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青春へ駆けていく

「胡桃さん。一緒に帰らない?」




「あー、ごめん! アーシこれからバイト! 平日全部にシフト入れてもらってるから、一緒に帰れないや」




「そっか。バイト頑張って」




「あんがと! じゃ、行ってきまーす!」




 咲は寂しさを覚えながらも、駆け出していく胡桃の背に手を振り見送った。他の人を誘う気も起きず、仕方なく咲は一人で帰る事にした。




 ロッカーから外靴を出して扉を閉めようとした時、内側についていた鏡が自分の背後に立つ剛美を映していた。ここに来るまで感じていた背後からの気配に、咲は見て見ぬふりを続けていたが、実際にいる所を見てしまえばそうもいかない。




 しかし、お昼休みに聞いた剛美の独り言からするに、万が一に剛美と一緒に帰る事になれば尊厳を破壊されかねない。




 咲は外靴を履くと、急いで学校から出た。校門を抜け、直進の帰り道をわざわざ遠回りにした。




(結構あべこべに進んでるけど、この道で合ってるよね? まぁ、ここまで休まず走ってきたし、剛美も私を見失ったでしょ)




 安堵した瞬間、道の端に設置されていたカーブミラーを見て血の気が引いた。咲のすぐ後ろ。人一人が割って入れるくらいの近距離に、剛美がいた。剛美は追ってきていたのだ。




 緩みかけていた足が再び走り出す。咲は走りながら、後ろを確認出来る物を見つけては後方を確認していった。どれだけ走っても、何度後ろを確認しても、剛美との距離は離れる事も縮む事もなかった。 




(怖い怖い怖い怖い! なんで追ってくるの!? なんで同じ距離のままなの!?)




 恐怖で頭が真っ白になっていた咲は、脇道から通りに出る時、特に左右を確認していなかった。右側から鳴るクラクションの音。その音が何の音で、何を意味するか。気付いた所で、人の体はすぐに動けるものではない。




 衝突寸前、咲の体は一瞬にして脇道に戻された。




「え……あ、私、車に……あれ、でも……」 




 目の前を通り過ぎていった車の反響音と、尻もちをついている自分。全てに遅れて気付いた咲は、一つずつ解いていこうとするが、轢かれていたかもしれない事実が頭から離れない。自分ではどうする事も出来ない咲は、助けを求めるように後ろへ振り返った。




 後ろには、剛美が立っていた。相変わらず距離はそのままで、嬉しそうに笑っていた。




「……なんなのさ……なんでアタシについてくんのさ! このストーカー!」




 咲は脇道から出ると、我武者羅に走った。何処を目指し、何処へ向かっているのかは分からない。ただ剛美から離れたかった。一人になりたかった。




 咲は辿り着いた橋の下で、一人うずくまった。眠って気分を晴らしたかったが、濡れる汗の気持ち悪さに邪魔をされてしまう。音楽を聴いて気を紛らわせようにも、イヤホンを持ってきていなかった。




 そうして五分もしない内に、咲は橋の下から出ようとした。立ち上がって前に顔を向け、最初に見たものは自分を見下ろす剛美であった。  




「うわぁ!?」




 驚きのあまり腰が抜けてしまい、地面に強く尻を打ってしまう。




「いたた……あー、もう! アンタ一体なんなのさ!? ずっと追ってきて、ずっとニヤニヤしてて! アンタが追ってこなきゃ、アタシは普通の帰り道を歩いて、今頃家でゆっくりしてたのに!」




 咲は容赦なく剛美に言った。ここまで逃げても、笑顔を崩さなかった剛美をある意味で信用し、自分勝手な思いをぶちまけた。




 しかし、剛美の反応は咲の予想とは大きく異なった。剛美は唖然とした表情を浮かべると、静かに涙を流した。その涙に罪悪感を覚えた咲は、慌ててフォローしようとしたが、剛美はその場にしゃがみ込んで丸まってしまう。




「……ごめんなさい」




「……こっちこそ、言い過ぎた……アンタは、アタシを助けてくれたのに」




「私、追いかけっこのつもりだったんです。捕まえるのなら、学校を出る前に捕まえられた。でも、咲さんともっと追いかけっこがしたくて……咲さんが、嫌な思いをしている事に気付けなかった」




 丸まって弱音を吐く剛美は、まるで普通の女の子であった。普通女の子よりも背が大きく、普通の女の子よりも力が強くとも、剛美も女の子だという事に変わりない。




 咲は剛美を励まそうとした。そのつもりでいたが、まだ付き合いが浅い上、読めない所が多くて気を許せずにいた。だからといってこのまま剛美を放って帰れば、自分が許せなくなる。 




「剛美さん。もうアタシを追ってこないで」




「…………善処、します」




「そこは―――まぁ、いいや。ちゃんと悪いと思ってる?」




「それは、もう、はい……」




「じゃあアタシを背負ってよ。アタシの家、分かるでしょ?」




 慰めも放置も出来ない咲は、剛美に償いを求めた。罪悪感と警戒心の間をとった選択であった。




「それは構いませんが。よろしいのですか? 咲さんは私を―――」




「あー疲れた! ここまでずっと走って疲れた! もう一歩も歩けない歩きたくない!」




「……フフ……本当に、可愛らしい方」




「それ、馬鹿にしてる?」 




「いいえ。私の全身全霊を込めた尊敬の意です」




「ならよし! ほら、早く帰らせて。今日は見たい配信があるんだから。それまでにやる事済ませておかなきゃいけないの!」




「了解いたしました。迅速にお届けいたします!」




 復活した剛美は咲をヒョイと抱っこすると、本気の走り方で咲の家に駆けていった。そのスピードは人一人を抱えて出せるものではなく、走行中の車を追い抜く程であった。




「速い速い速い! ちょちょちょ、ちょっとゆっくりに! ゆっくりにー!!!」




 誤解だらけの二人の関係。その誤解が一つ解けるたびに、二人の青春の季節が近付いていく。

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