第19話 呪いのルチカ
「んぐ……けほけほ」
ルチカはぼんやりと目を開けると苦しげに咳を出す。
天井を見上げれば、そこには緑色の光が浮かんでいた。
右へ目線を動かすと、光も真似して同じ方向へ移動する。
反対に左へ目線を動かすと、変わらず光も同じ方向へ移動する。
そんな特に意味もないことを続け、ルチカはため息を吐いた。
(なにやってるんだろう、あたし……)
病院に入院してから一日。身体を動かさないよう治癒術師に言われたルチカは、目を開閉し、光と追いかけっこをする遊びをしてはその無駄な時間に後悔していた。
睡眠ができたら時間も有意義に使えるのだが、昨日の悪夢をまた見るのが怖くて眠れないでいる。
(がんばらないとだめなの……二ィッッッ!?)
そう思っただけでも心がズキズキと痛み、ルチカは胸を抑えたくなる衝動に駆られる。
何とか痛みに我慢しながら、ルチカは悪夢を思い出した。
(あたしはとーさまみたいな治癒術師にならないと、家族になれない。家族になる資格なんてない。そう思ったから今まで努力してきた。けど……)
ルチカの心はその夢を拒んでいた。
怖いから、痛いから、傷つくからこれ以上目指すなと訴えていた。
(どうして? あたしの心は家族が欲しくないの? 孤児院にいたあの頃みたいにずっとずっと独りがいいの?)
ならば、あの時の涙は一体なんだったのだろう。孤児院の大人に慰められても治らなかったあの傷は、ルチカが思い込んでいただけなのだろうか。
(本当は独りで生きたかったのかしら。誰からも愛されず誰からも見向きもされず死にたかったのかしら)
ルチカは父と再会したあの日を思い出す。
『この子を俺の養子に迎え入れることはできるか?』
『この子を……ルチカを幸せにしてやりたいからだ。不満か?』
『俺はルチカを娘にしたい。……ルチカはどう思うんだ?』
不器用ながらも優しい笑みで言ってくれた父に、ルチカは確かに救われたのだ。
そうではなかったら、十年以上経った今でも憶えているわけがない。
(ちゃんと憶えている。憶えているのに、あたしはとーさまのことを……)
あと少しで答えが見えてきそうなところで、部屋をノックする音が聞こえた。
治癒術師かそれとも父か。もし父なら、ルチカは正直会いたくない。
(これ以上とーさまにあたしの姿を見せたくないわ……)
ルチカはぎゅっと目を閉じ、父が来ないことを祈る。
「失礼するよ」
そう言いながら誰かがドアを開けると、カーテンの奥で止まった。
(……あれ?)
いつもならカーテンを開けてルチカの様子を見に来るのだが、今日はそういうわけではないようだ。
(お客さん……かしら?)
もしそうならランプキンがいいな、とルチカは淡い期待を膨らませる。
「久しぶり、ルチカちゃん。三ヶ月ぶりかな?」
どうやらランプキンではないようだ。当たり前ではあるが。
しかしルチカはこの声の主を知っている。確か父が幼い頃からの腐れ縁で仕事仲間の──。
「ペリアルト、おじさん?」
「うん、そうだよ。覚えててくれて嬉しいな」
ペリアルトは小さな声で言ってほっと息を吐いた。どうやらペリアルトもルチカのことを心配してくれていたようだ。
(色んな人に迷惑かけてるのね、あたし)
罪悪感にルチカは目をそらしペリアルトに聞こえないように息を吐いた。
「ヤクードは……ごめんね。ちょっと急な仕事が入ってルチカちゃんの顔を見られないんだ」
「そう、ですか」
(ペリアルトおじさん、嘘をついているわ)
きっとルチカを治すために魔力を使い続け、魔力切れを起こしているのだ。……どちらにせよ、今のルチカには都合がいい。今日は父に会わなくて済みそうだ。
「体調はどうかな? 良くなるかなと思ってフルーツとか色々買ってきたんだけど」
「昨日よりは元気、です。身体を動かさなければ普通の人と変わりませんから」
「それなら安心したよ。フルーツ、あとで治癒術師さんに連絡しておくね」
「……ごめんなさい」
「謝ることなんてないよ。俺が勝手に持ってきただけだから」
「……ごめん、なさい」
ルチカが謝ったのは、ペリアルトに心配をかけてしまったことだけではない。
そもそも何か食べなくても満腹状態を維持しているからである。
気づいた時こそ、昨日みたいにまた吐くかもしれないのでこのままでもいいと思った。
しかしお腹がずっと張っているため不快なことこの上ないのである。
(返すのも嫌だし、治癒術師さんにあげようかな……)
迷惑をかけている治癒術師に謝罪の気持ちを込めて渡すのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ペリアルトがどこからか椅子を持ってきて座った……ような気がした。
「ヤクードから聞いたよ。ルチカちゃんが呪術にかけられてるって」
「……はい」
病院に入院してすぐ、ルチカは治癒術師に言われる前から気付いていた。
それは学園で習ったからというのもあるが、一番はランプキンが呪術魔法を使えることを知っていたからである。
同時にその呪術魔法は、ランプキンの悪意があってやったものではないということも分かっていた。
(魔力暴走。あたしが屋敷にいたから、ランプキンは魔法を出すタイミングがなかったんだ)
ただの魔法ならまだしも、それが禁術ともなればランプキンも人前で出そうとは思わないだろう。
仮に誰もいないところで出したとして、その魔力がルチカの元へ向かわないとは限らない。
やがて魔力を受け止めきれないと判断したランプキンは、ルチカに被害が及ばないよう森へ避難したのだ。
(あたし、世界で一番悪い子だわ……)
ルチカが自己嫌悪に陥っているのに気付かず、ペリアルトは話を続ける。
「呪術は禁術だから、いくら優秀なヤクードでもルチカちゃんに憑いた呪いを治すことは難しいんだって」
「……ええ」
「だからオレたち、明後日犯人のところへ行って、ルチカちゃんの苦しんだ分を倍に返してあげるから」
「えっ……?」
ペリアルトの衝撃的な発言に、ルチカは思わず身体を上げそうになる。
(犯人のところへ行って……倍に返す?)
「ヤクード、すごい気合いが入ってたよ。絶対にルチカを救ってみせるってね」
「ま、まって……」
「大丈夫。例え犯人が手強くても、魔法協会はみんなタフで強いから。ルチカちゃんが不安になることなんて何も……」
「待って下さいっ!!」
ルチカの叫ぶような声に、ペリアルトは思わず押し黙る。
「犯人を……殺してしまうんですか?」
「……もしこちらに危害を加えるようなら、その可能性もありうるね」
「そんな……」
ペリアルトの答えに、ルチカは絶句した。
(犯人は……ランプキンは、何も悪いことなんかしていないのに。悪いのは全部全部あたしなのに……)
もしルチカが家出をせずランプキンの屋敷へ行かなければ、きっと今回の騒動は起こらず変わらない日々が続いていたのに。
ランプキンも、父も、キャミーシャもペリアルトも、魔法協会や国の人もみんなの心が穏やかだったのに。
(あたしは……あたし、は……)
『──にたい』
「え?」
「ルチカちゃん?」
誰かの声が聞こえる。ペリアルトではない別の誰か。いや、そうではない。この声は──。
(あたしの、心の声?)
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