弥助についての考察
書いていて思い出して 捕捉捕捉と付け加えて、当初の文章より遙かに情報量が多くなっています。
当小説にも黒人『弥助』が登場し、その設定としては屈強な戦士でそこそこの日本語を話すという形にしてあります。弥助が信長によって奴隷から解放された事を恩義と感じ彼について並々ならぬ好意を持っているとするために「本能寺の隠し部屋に信長公と共に逃れた」という形にしてその後明智に降伏、明智軍と共にその後行動を共にしたということにしています。
私の小説では明智は謀反を起こしていませんので。
(長々と読むのが苦痛な方の為に)
まず結論から言いますと、私は弥助=侍説にはギリ賛成派になると思います。
「そうじゃない」って方には都合の悪い、また不機嫌にさせるような内容になるかもしれませんね。
但し、弥助が『侍』とするならば、彼は当時の武士(侍)としての振る舞いは非常に臆病で卑怯者であったという事も同時に受け入れねばなりませんし、それも同時に語られねばなりません。
決して『偉大な』『伝説的な』『日本で一番強い』等と語ってはならない存在であるということ。
弥助が侍で無く、奴隷から解放され『人間弥助』としての人生を見るならば、数奇な運命を辿った異国人であった。本能寺の変という歴史的一大イベントをよくぞ生き延びたと褒め称えてあげるべきでしょう。
(では考察していきましょう)
この時代、黒人や白人達は貿易で栄えた地域や大都市以外へ行けば総じて『鬼』や『天狗』と呼ばれる怪異として扱われ、人間としては見られていなかった事を忘れてはいけない。
そして学者の資料ありきという分析方法と違い、小説家が考えるのは『弥助が本能寺の変を生き残るにはどこにいて、どのような行動を取れば、またどのような身分なら』という想定を前提にストーリーを導き出して弥助とは何者かを考えていくという方法です。
残された彼の記録をそのまま解釈するならば、弥助は信長公の小姓待遇で彼等と共に生活していたぐらいでその生活も一年程度、武田家を滅ぼした甲州征伐の事後視察の後には家督を継いだ嫡男、織田信忠の馬廻りの一人に付けられたとなっていたと思います。
小姓から馬廻りに出世してはいますが、役割と待遇はそれ程変わってはいないでしょう。
本能寺の変の際に彼は実際には信忠と共に行動していたので本能寺で戦っていませんし、本能寺で信長公を守って戦い生き残った馬廻りや小姓達はいません。
当初妙覚寺に宿泊していた織田信忠、父を助けに動こうとしたけれども既に時遅しと判断して防御の固い二条御所に入ったと言われています。
弥助が妙覚寺で捕まったという話もあるようですが、それでは明智軍と最後まで戦ったという話とつじつまが合いません。
もっとも、イエズス会の資料はおそらくは生き残った弥助から得た情報を記録したものなので、リアルではありますが弥助が誇張して「最後まで俺は戦った」と嘘を述べた可能性は大いにあります。
もう一つの解釈として『最後まで戦った』の対象は弥助では無く織田信忠勢の事で、そこに弥助もいたという意味合いかも知れません。その方が現実的か。
本能寺に宿泊せず京の街中に宿をとっていた者達は遅ればせながら本能寺に斬り込み討ち死にした者、間に合わず宿で切腹して果てた者も数知れず。
その一部は信忠の元へと走り二条御所で抵抗しました。
弥助が本能寺で戦っていたならば武器を捨てたからといって捕虜にはされなかったでしょう。この時明智光秀は供の者達の首級をあげるを手柄とせず信長の首だけをまず第一に狙った筈なので、武装した者や手向かう者は全て撫で斬りにせよとの命が出ていたに違いないからです。
本能寺入口の厩屋近くでは四人の馬廻りと二十四人の中間が討ち死に、信長の居館である奥の御殿では小姓その他が二十七名討ち死にしているようです。
この事から中間という身分の者の宿泊場所は本能寺入口側にある厩(馬屋と宿泊所が一体となった感じの場所)であると分かります。
弥助が中間で本能寺にいたならこの時点で死亡確定ですね。
信長の近衆として本能寺に入った者は抵抗しなかった寺の坊主達や女人衆のみが見逃されたようですね。
弥助が命を取りとめたのは織田信忠が妙覚寺を移動後に二条御所にて包囲する明智軍と戦ったからであり、そこは誠仁親王の居館であった為、誠仁親王とそのお付きの者達数名だけが明智の誘導で退去した後に、まだ御所内に貴族達の使用人が多数残されていたのです。その為にいわゆる「撫で切り命」は出ていなかったと考えます。
「手向かう者、武装した者は殺せ。但し慎重に、二条御所の使用人達や逃げ遅れた貴族達は大事に扱え」
という感じでしょうか。
二条御所で戦った織田信忠配下では井戸の中に身を投げて隠れ生き延びた馬廻りの鎌田新介以外で生き残れたのは武器を捨てて投降した弥助だけというわけです。
丹波の田舎や近江坂本から出て来た明智兵達は隠れ潜んでいる弥助を見て「鬼が隠れているぞ」とさぞ驚いた事でしょうね。だから彼の隠れ場所を囲みつつもだれも彼に近づかなかったのではないでしょうか。
もし物語で語られる様に弥助が獅子奮迅の活躍をしたならば、それはもう大層な『手柄首』です。
運良く生かして捕えられたとしても「お前は見所がある。我らに下り家臣として仕えよ はい いいえ⇒あっぱれな奴だ。死ね、で即斬首」ですよね。
織田家の頭領の側近であったにも関わらず処刑されず「黒人は日本人ではないから部外者」と放逐されたということは、その程度の扱いの者だったという事。
織田家の重臣であった明智光秀が弥助という存在を知らないはずは無いので、彼の目から見ても弥助は織田家にとって重要な者ではなかったということです。
ちなみに生き残った鎌田新介、高野山に身を隠し、明智が滅んだ後は織田家に直接戻ると「切腹」させられそうなので、羽柴秀吉の口利きで織田家に戻ったみたいですね。
TV番組などで「信長と弥助の育んだ友情」であるとかなんとか美談に仕立て上げた放送を見ましたが、わずか一年や二年で主従の契りであるとか「命を以て主の盾となる」といった感性を結局彼は身につけてはいなかったみたいですね。
命を懸けて主君を守る。
自分が死んだら元も子もないじゃないか。
海外の視点や現代的な発想では分からないかも知れませんが、先祖代々苦労して今の地位へと上り詰めた武家は、家を存続させるという事が何よりも第一。
自分は死んでも主君さえ生き延びれば、必ず自分の働きが評価され家族や一族の者を自分の代わりに家臣として取り立て家を存続させてくれる。そう信じて主君のために命を投げ出していくのです。
命を惜しんで恥ずかしい行動を取れば、それはマイナス評価になりお家断絶、一族郎党皆が路頭に迷う事を意味するのです。
奮戦虚しく主君が死亡した場合と異なり、その役目を負いながら戦いの場に間に合わなかった。等は最も恥ずべき行為。だから本能寺の戦いに間に合わず主君を守れなかった者達は自分の宿で殉死という形で切腹して果てたりと、一族の恥にならぬよう体裁を整えた訳です。
弥助は刀を差しだして降伏。
弥助解説動画などでは重い鎧を着込んだ弥助が奮戦の後についには動けなくなって武器を渡して降伏というのが多くありましたが、記録では明智軍の奇襲に慌てた信忠配下の者達は、『寝間着に刀一振りで駆けつけた者が殆どであった』となっています。
弥助だけ武将顔負けの重甲冑を着込んでというのは無理がある設定。寝間着一枚の弥助がついには動けなくなって武器を渡したも無理がありますよね。
おそらく戦場に出て戦ったというより、実際には奥で隠れ震えていたというのが正しいのでしょう。何百という討ち手が御所内に入り込んでくる最中に武器を持って斬り結んでいれば、戦いの最中にいきなり武器を捨てて手を上げても生き残れるはずが無いのですから。
弥助が侍であったか?
武士と侍は厳密には違いますが、時代によって意味も異なるし日本人でもほぼ混同して使っているので、それを海外の人に求めるのは酷というもの。
なので侍と武士は同じ意味であるとしてここでは話を進めていきます。
個人的には弥助が侍を名乗っても良いのでは無いかと思います。
小姓、中間とか細かく分ければ色々と役職があるようです。
弥助は名字がないので中間説が濃厚ですが、織田信長は彼に小姓が務める太刀持ちをさせています。黒人を従える異様さが面白いからそうしていたのでしょうが、小姓の仕事をしていたから小姓だと語る人も出てくる筈です。
人質として、また修行の場として主君の身の回りの世話をする小姓は、大名直轄軍を構成する武将予備軍であり、織田信長の小姓を務めながらすでに成人し成人の証しとなる名を頂き知行地を持つ者、中には既に城を預けられた者もいたからです。
小姓達に姓があるのは彼等が元々武家の子弟であるからです。家臣である武家から人質として出されることが本来の目的なので、小姓の場合は姓があるから『侍』というより幼名ではなく成人時の新たな名があるから『侍』とするほうが正しいのでしょう。
森乱丸=森家の乱丸 成人後⇒森成利
当然武家の出身でない弥助には家名を示す姓はありません。だから姓が無いから即侍ではないと否定するのは強引。ただ、『家名を与えて独立させる程の者では無い』と判断されたという証しにはなるでしょう。
立派な鞘巻きの刀(小刀だと思われる)を貰ったから、家と扶持(給料)を貰ったからどの役職だという議論が連日ネット上で繰り広げられたり、専門家を名乗り無責任発言して姿を眩まし、その言動が世界で都合の良いように引用されたりしていますが、よく考えて下さい。
安土城以外に行く場所のない弥助を城内に住まわせ家を与えるのはどんな役職であっても当然。そして雇うのだから給料を支払うのも当たり前。
おそらく言葉もろくに通じない黒人では小姓、中間、小物のどの仕事も出来ないし、城内で一人で暮らすにも困るでしょうから、身の回りの世話をする人間も弥助には付けられたでしょう。
だからきっと信長はこう言ったはずです。
森乱丸「信長様、弥助の役職は如何に?」
信長 「弥助は弥助じゃ」
森乱丸「は?」
信長 「言葉もろくに話せぬ異国人がそれらの仕事をまともに出来るわけないだろ
う。だから出来る事からやらせよ。故に役職は『弥助』じゃな。扶持は小
物相当からでよい」
信長 「そうじゃ、この鞘巻きの刀を弥助に与えよ」
森乱丸「そんな立派な小刀を。しかも織田家の家紋入りとは」
信長 「城下に黒人が出れば騒ぎになるじゃろうし、無下に扱われるやもしれぬ。
だから織田家の紋の入った刀を差しておれば、問題も起きぬだろう」
森乱丸「確かに。殿の心遣い、このお乱、感服いたしました」
信長 「そうだろう。そうだろう」
現代社会で言葉もまともに通じない浮浪者外国人を社長が引き取ってすることって、衣食住と簡単な仕事とそれに見合った給料。そして外出時に問題が起きないように身元保証でしょう。
この原則は現代だけでは無く過去にも適用されるのではないでしょうか?
と考えてみました。こんな感じが普通じゃないですかね。頭でっかちになって更に視野が狭くなって、資料がどうのとか堅苦しく考えすぎなんじゃないですかね?
知識不足かも知れませんが小姓を抱えてその教育を請け負う大名の名はあまり聞きませんね。人質としての扱いの方が本来の小姓の役割であるため、大名自身があまり関わらないのが普通なのかな?
織田信忠が弥助を伴って京へと移動した際、そのまま西国平定に向かう手筈でしたので戦場へは通常護衛となる馬廻りしか連れて行きません。
そこに弥助が加わっていたのだとしたら信長から弥助が譲渡された際の役職は馬廻りという事になるのかな?
小姓=成人前の見習い達で、侍というのは本来難しいですが、他の同僚達に城持ちの者もいたようなので、弥助をそれらと同格とすればギリギリありかもという感じです。ですが弥助についてはその期間は織田家に仕えたわず二年未満だけの『期間限定の侍』でなければなりません。
私が思うのは弥助は織田信忠の配下になったとき、未だ中間ではあったものの、とりあえずは馬廻りとして護衛の役目を与えられたと考えています。
その根拠が京で貴族達を招いた宴を開き茶器などを披露する会を開くために小姓や中間、女人衆を多く伴った織田信長と違い、織田信忠は西国平定軍に合流する予定であったので、その供回りが護衛の為の馬廻りで固められていたと想定される事です。
そこに弥助が加えられていた。おそらく信長から「弥助をやる」と言われての便宜上の事なのでしょうが、この護衛の列に加わっていた三ヶ月間だけ弥助は『侍』であったと言っていいのかも知れません。
そしてこの人事はまだ光秀も知りません。以前のままの信長の近習で道化的な存在という感覚だったので見逃された感があります。
ただし、それ以後もずっと侍であったとすると、ちょっと大変な事態になってしまいます。
織田信長、信忠が死んでも織田家が無くなった訳ではありません。彼は本能寺の変の後に織田家に帰参もせず何処に行ってしまったのでしょうか?
海外では騎士は『王家』ではなく『王個人』に仕えるものという感覚なのでしょうか? そうなら王が死んで王家に戻らないのは普通なのかも知れませんが、日本では家臣は総じて『家』に仕えます。
織田信長、信忠が死んでも滅んでいない織田家に戻る事が務めなので、弥助の行為は非常にまずいですね。つまり主家を捨てて無断で出奔したという事になります。これは織田家から見れば重大な犯罪行為です。
日本国の半分近くを既に支配していた織田家。
羽柴秀吉も柴田勝家も当時はまだ織田家です。つまり織田家を無断で出奔した弥助は重犯罪者として指名手配され、黒人の人相書きが出回れば、すぐに捕えられそれなりの処罰を受けたでしょう。
でもそうはなっていませんね。
それは侍はもう嫌だという意思表示を保護先となった南蛮寺を通じて織田家に伝えたか、それとも織田家が弥助に価値が無いと判断し、その生死に一切興味を持たなかったという事になります。
そして弥助が何処か別の家中へ仕官したという話しも全く伝わって来ません。
ならば侍弥助は主君を守れず「切腹」させられるのが恐くて逃げた。無職の『浪人』か野盗や犯罪者に程近い『野武士』(映画七人の侍の敵方の様な連中)へと落ちてしまったという事になってしまいます。それはあまりにも格好悪い。
弥助が『偉大なる侍』『伝説の侍』であったという声が海外では上がっている様ですが、『偉大』や『伝説』という程の者ならば、いずこかの大名に仕官して武家としての家名を持ち領地を持っていなければなりません。また自身が大名となって何処かの国又は地域を支配し、多くの家臣を抱えていた事でしょう。
『偉大』や『伝説』程の侍が家も城も領地も家臣も持っていないというのはありえませんから。
かの宮本武蔵でさえ、元は農民出身の武芸者。
武芸者といば格好いいですが、彼があちこちで死合いを行っていた頃は、『自称侍』の刀を持っているだけの『暴れ者』ですから。
彼が侍と呼ばれる由縁は武芸で名を上げた後に大名家の客分として縁をもらい晩年武家の家臣として過ごしたからですしね。
では弥助の家名となる名字は? 家の家紋は? 彼が治めた土地は何処? 仕官したのならどこの国のどの大名に何石の給料で雇われたのでしょうか?
一人の武士として認められたなら弥助は自身の旗印を掲げねばなりません。
織田家の家紋を掲げて戦場で戦えるのは織田家の一族の者。重臣ぐらいは「是非にと願い出れば」許されたかもしれませんね。でも重臣達には自分の家紋が旗がありますから、主家のものを使わず独自のものを使うでしょうね。
背旗を使えるのはその直属の配下、織田家から家紋入りの武具や旗を貸し出された徴収兵(敵味方識別のため)ぐらいです。家臣の武将達も主家から何本か借り受けて織田軍と示すために兵に持たせることはあったでしょうね。
『偉大なる侍』弥助が織田家の家紋付きの立派な武具を着て戦う。ありえませんね。見つかればその時点で打ち首でしょう。雑兵に貸与される家紋付きの胴丸を付けてというなら分かります。
結局、姓も家名も領地も城も、それら記録が一切残っていない弥助は結局の所、本能寺の変によって有力なパトロンであった信長、信忠が死んだ事によって『伝説の侍になりそこねた異国人』というのが正しいのだと思います。
弥助のその後について、九州で黒人の大砲使いとかの記録があるようですが、当時の南蛮貿易地、切支丹大名の国では普通に南蛮人が連れ歩く黒人奴隷がいたでしょうから(当時の長崎、大分、堺、和歌山あたり)、黒人は全部弥助としてしまうのは強引かもしれません。
世界ふしぎ議発見という番組の弥助特集の回では弥助が奴隷時代に何年か過ごした旧モザンビーク島の人々へのインタビューがありました。
それがヤラセではなく事実だとするならば、彼等の先祖が奴隷となっていたところを東南アジアで救ってくれた同胞がヤスフェの名を名乗り、それに感謝してこの地域ではヤスフェの名を名乗る者が多いのだと。
ヤスフェ=弥助と考えるのが妥当でしょう。
信長が弥助と命名したのは、彼がそう名乗ったからかもしれません。
そこから考察するに、関ヶ原合戦の頃に東南アジアにあった日本人町(アユタヤ日本人町は現在のミャンマーやタイ王国あたりの土地)の真向かいには川を挟んでポルトガル人達の拠点があったと言います。
当時の日本で行き場をなくした浪人達の多くはアユタヤ日本人町へと流れて行きました。TV局の逸話を事実として考察するに弥助もきっとその内の一人であったと考えられます。
日本人町を仕切っていた山田長政率いる日本人傭兵部隊に加わったのか、それとも侍は捨て『人間弥助』として生きたのかは分かりませんが、『偉大なる侍』『伝説の侍』と呼ぶよりは、こちらの方がずっと弥助の晩年についてはロマンある人生だと思いませんか?
明智に南蛮寺に引き渡された後は奴隷としてインドあたりに売られた。ではあまりにも酷い。
(捕捉)
専門家ではないので、つたない浅学の範疇ですがと前置きしておきます。
(侍と武士について)
侍とは本来貴族階級の中にあって帯刀して警備などを担う一族に与えられる呼称であったかと思います。例えば天皇の住まう御所の門警備を担う様な役目の貴族ですね。貴族武士とも呼ばれていたかと。
武士とは武装し土地を持ち、各地にて勢力を築いてきた者達で要は成り上がりの集団を祖とする者達。その中で最も大きな勢力となったのが源氏と平氏ではないかと。
ですがその境も時代によってどんどん曖昧になってきて、武士の中にも朝廷から官位を戴くという事が流行りだしてからは混同されるようになったかと思います。
現代に於いては時代劇に出る帯刀者は総じて侍と呼ばれますし、武士=侍になっています。海外に於いても武士と侍を区別する言葉は無く総じてSAMURAIですよね。
ですからこの現代で侍と武士は違うんだよと訴えても中々理解は得られないかと。
でも個人的には弥助は水戸黄門のうっかり八兵衛枠だよなって思います。
小姓と中間という役職
戦国時代の中間がどういう仕事をしていたのか正直わかりません。
小姓は大抵家臣団の未成年者を大名が引き取り人質として身近に置きながら、将来的には大名自身の直轄軍の将として身を立てさせるという感じでしょうか。
ですから本来小姓は元々武家の子息であり、その時点で将来が約束された存在。
中間については江戸時代を例に挙げた方が説明しやすいかと思います。
江戸時代の参勤交代の列にも中間がいます。彼等は見た目帯刀しているのですが、実際に持っているのは刀に似せて作られた木刀。
彼等は士分とは認められていなかったので帯刀が許されなかったからです。
戦国時代にそれがどうだったかは分かりませんが、中間は武士の身分とは認められていなかった存在というのは理解出来ると思います。
弥助に名字がないから中間だ。
というのも憶測、小姓も憶測、要は権力者織田信長の胸先三寸でどうとでもなった時代。弥助は厳密には何なんだ? と直接本人に聞くしかないんじゃないでしょうか?
弥助解説動画とかで散見されるのは、本能寺で信長の首を持って逃げ延び、その後二条御所で織田信忠と共に再び戦い生き残ったとかいうお話。
重甲冑着て一人逃げられるなら、「鎧なんか着ずに生きた信長背負ってすぐ逃げろよ」というのが個人的な感想。
なので弥助は本能寺にいなくて、やはり織田信忠の馬廻りとしてこの時弥助は同行していたという説が濃厚になるのです。
織田信忠はこのまま中国攻めに出向く手筈でしたから、小姓や中間がいたとしても、彼等は本拠である岐阜城に置きこの時は帯同せず馬廻りのみを伴い、そこに弥助もいました。
織田信忠が不運だったのは本来は徳川家康と共に堺へと向かう予定であったのを取り止め京に残ってしまったこと。そして連れていた数百名の護衛の者達の大半を家康の方へと付けてしまった事でしょう。
そして弥助はこの時京へと残された。
織田信忠の配下になった時、弥助は中間の身分だったのでしょうか?
このあたり、弥助中間説に個人的には疑問を覚えます。
ただ、武田攻めから戻り本能寺の変まで大体三ヶ月という所。
その後すぐに西国平定という大戦の準備にかからねばならぬ織田信忠。それはそれは多忙だったでしょう。
信長「弥助をお前にやるよ」
信忠「え? じゃあとりあえず馬廻りにでも」
家臣「信忠様、弥助の武士としての姓名と知行はどういたしましょう」
信忠「今すっごい忙しいから、ちょっと保留」
そして本能寺…。
弥助については給料となる領地や姓についての待遇保留にしている間に信長も信忠も死んじゃったって感じですかね。
(本能寺の変の裏で明智に荷担していない切支丹大名勢力がなぜか滅ぼされている件について)
天王山の戦いの後、近江坂本城を落とした織田軍は、安土城まで進軍。
その後なぜか明智軍に奪われている佐和山城、長浜城、山本山城(明智に協力)を解放せずに急反転して河内の三箇氏の領地を大軍で襲い、キリスト教の一大拠点であったその地を灰燼にしています。
現在の大阪市鶴見区あたりを拠点としていた三箇氏が滅ぼされているのを知っていますか?
明智光秀がそこに逃げたという情報でもあったのでしょうか? でもイエズス会はキリスト教の庇護者であった織田信長を殺した明智光秀に良い感情は持っていなかったはず。それに光秀は自領丹波国でのキリスト教布教を禁止していたはず。(神社仏閣保護のため)なので、この線は薄いと思います。
では南蛮寺に関係ある人々は?
安土城を拠点として活動していたキリスト教の宣教師達は、本能寺の変の時に琵琶湖に逃げ、そこで湖賊に捕えられ、明智家が身代金を払うことで彼等を解放しています。
その人々は南蛮寺に送られ、後に明智と織田の戦乱の及ばない三箇に逃れたと考えられます。そしてもう一人、本能寺の変と関連して南蛮寺に送られたのが弥助。
天王山で勝利した織田軍の総大将織田信孝は京に入り明智狩りを市中で行っています。この時本能寺で生き残った弥助の話が彼の耳に入っていたら?
織田信孝は仁君としての側面と、思慮のない未熟者という二つの顔が語られている人物。
「父から厚恩を受けておきながら、おめおめ生き残りおって」
と弥助の引き渡しを南蛮寺に要求していたかも知れません。
でも南蛮寺にはもう居ないとの返答。そして三箇の地も弥助引き渡しをとぼけるか拒否したとしたら。ブチ切れた信孝が軍を差し向けて三箇を灰燼にして弥助をそこで殺した可能性も考えられたりと、歴史って面白いですよね。
海外の方々が思い描く『侍』信仰は日本のアニメや小説、漫画に出てくる『黒騎士』信仰に似ていると思います。
黒騎士、ブラックナイトと言えば格好いい騎士、腕の立つ騎士、みたいなイメージが日本ではありますが。実際には主従関係を持たず騎士団にも所属していないためにその証しである紋章を盾に描けない『自称騎士』日本で言えば『浪人』に近い存在。
金のない彼等が錆止めなどの鎧のメンテナンスの為に盾や甲冑を黒く塗った事がその名の由来で、実際にはとても格好いい者ではありません。
でも日本で黒騎士を格好いい存在として扱う物語の作り手は決してそれを『史実だ』なんて言わないのですが、海外では侍という存在が『勇気』『忠誠心』『信義』の美徳の象徴のような扱いで語られ、それらがかなり度が過ぎて一人歩きしている様にも見えます。
弥助が侍だから『伝説の侍、偉大なる侍』というのはこの成れの果てではないでしょうか。
ブラックナイトなんだから黒人騎士団というのが西洋には存在し、白人騎士団より遙かに強く格上の存在だった。それが史実だ。
「偉大なる騎士になるには黒人の勇ましい血が混ざっていなければならない」
そんなことわざが西洋にはある。なんて語る話が出てくれば西洋諸国では大反発が起るでしょうね。
弥助問題はそれの日本バージョンという事でしょうか。
弥助というロマンある存在が弄ばれ一部の人間の売名や金儲け等に利用されないことを祈るばかりです。
(昨今の弥助問題)
日本人は社会性を育むという事で初等教育時から「間違ったらまずごめんなさい」「嘘をつかない」「約束を守る」「自分がされて嫌なことは他人にしない」という大体四つの事を守るように教育されます。そして日本人にはこれを体現出来る人の割合が非常に多いというのもその特質。
災害時にコンビニや商店が襲撃されない、落とし物がそのままの姿で戻って来るのもそれ故ですね。
これが大人になっても出来ていないから日本の政治家やマスコミは国民から忌み嫌われ、特殊アジアと日本で呼ばれる国々もこれに抵触する行為が多発しているので忌み嫌われています。
四つのうちの一つでも抵触すれば、普段は大抵の事は笑って流してくれる日本人も不快感を覚え、二つ三つと抵触していくうちにそれが怒りに変わります。
海外ではこのうちの前者二つが「謝罪したら負け」「嘘は交渉の為の手段」と考える人が多いのでしょうか、そういう傾向が結構見られる様に思います。
弥助問題は一本のゲームから火がついた様ですが、これはすでに四つのうちの三つに抵触し、四つ目に手を掛けている状態。
事の本質を「差別」に置き換えたりすれば更に火が付き、「おちつけ日本人」という海外の声はもう日本人には届かないでしょうね。
そして海外では「人種差別」「レイシスト」と言えば全てが黙る必殺の言葉だと思い込んでいる様ですが、残念ながら日本人は「差別」という言葉をその辺に転がっている石ころぐらいにしか感じません。
なぜなら特殊アジアとの論争や左翼活動家達が何事につけても「差別」という言葉をもう何十年と使い続け、(今日は雲っていますね。白と黒でそれは差別だ)(パンダの色は白と黒。それは差別だ)みたいに、それを一日に何十回、何十年と耳にさせられ続けてきたからです。
近年起った歪んだポリコレなるものは、特殊アジアの仕掛ける被害者ビジネスの二番煎じ程度にしか感じなく、日本人はそれを怒りながらも笑い飛ばします。
それどころか『差別』『レイシスト』『ヘイト』。この三つを常套句として使用する方々は総じて『おつむの弱い』『差別利権で金儲け』という人間だと日本人達は識別するのです。
そんな所へゲーム制作会社の社長は「我々のゲームを批判する奴はレイシスト」発言です。
ゲーム制作会社は完全に対応を間違えました。そして弥助の創作本を史実だと宣伝して売った海外著者にも飛び火しかけていますね。
日本人の特質を知っていれば決してそんな事にはなり得なかったのに。
そしてこの騒動を「たかがゲーム」と考えてはいけないのです。
アメリカの歪んだポリコレは映画制作やアニメ、ゲームを侵食し金儲けの手段として食い物にしてきました。結果各会社は大赤字を叩き出し、ポリコレコンサルタントも実入りが少なくなってきました。
企業のポリコレ離れも起こり始めたために、彼等は次の食い物に出来る市場を求めて金持ち国家を探し歩いています。
G7に加盟するような国家が次の彼等のターゲット。
当然、アニメ、漫画、ゲームを世界で幅広く展開する日本は彼等が欲しがる格好のターゲットです。この弥助問題には日本を食い物にする足掛かり的な意味合いが感じられ、これを許容する国家ならば簡単にもぐりこみ寄生し、差別を武器に荒稼ぎが出来ると考えるのです。
漫才師の相方は必ず黒人でなければならない。サザエさん一家には必ず黒い肌の者と同性愛者がいなければならない。ジャイアンもアンパンマンも黒人。アニメ、ゲームの設定やキャラクターもしかり、そんな日本は嫌ですよね。
これと似たのが私達がすでに経験した慰安婦問題。
これは二十年にわたって毎日、某新聞社が嘘記事を書き続けた結果、嘘が真実だとされて世界に拡散され、今もなも世界中に銅像などが建てられ現地に住む日本人達が白い目で見られたりしています。
すでにこれは新聞社が嘘を認めていますが、それが周知されているのは日本国内だけ。
そしてこれの始まりも「そんな嘘誰も信じるはずがない」という安易な日本人の油断から始まりました。今声を上げている人達は、「黒人だから気に入らない」とか「出来の悪さを見つけるあら探し」をしているわけではなく、その根底にあるのは「嘘を拡散されることにより日本が誤解されること」そして「それに乗じて差別利権を作り出そうとする者達」を排除する為に行動しているということを忘れてはならないと思います。
731部隊も確か始まりは架空小説からですよね。
当初は確かに「たかがゲームだし」「期待してたのと違って残念」程度だった人々が、ゲーム制作会社の不誠実な対応や「日本人の侍なんて作りたくない」等という差別的な発言で燃えたゲームですが、それでも「とりあえず謝って嘘を訂正し、歴史的事実じゃない、フィクションだよって言えばいいよ」という認識だった日本人達。
でも色々と細かく調べて荒探ししていくうちに様々な「ん?」って点が発見されていく。
無断盗用問題もその派生、気付けば嘘本を史実として売っている作家の描いたストーリーを軸にこのゲームは作られ、日本の歴史の中には黒人の存在が不可欠、それどころか日本の歴史は黒人が動かしてきた。これが史実だ。
などという事をゲームという媒体を使って世界に広めようとするプロパガンダではないのかと思える節があちこちから湧き出して来る始末。
嘘本作者は「日本が奴隷制度を積極的に進めていた」を吹聴しゲーム制作会社には歪んだポリコレ推進団体がコンサルタントとして既に入り込んでいる。
「これはたががゲーム」「フィクションだし(国内ではフィクションだが海外には史実としてある)」「表現の自由は大事(嘘を事実として広める事は表現の自由の範疇を超えている)」「著作権違反に相当する物品を謝罪しながらも平然と売り続ける企業体制(これぐらいは皆マズいと分かる)」
というレベルじゃない「何かやべえ事が起きてるんじゃないか?」そう気付いた国内の未だほんの一部分にしかすぎない人達が声を上げている状況。
そして海外からは「ようやく気付いたか日本人よ」との声が上がっているのです。
当初はゲーマー達から発見されたこの問題は、ゲームの枠を飛び越え、そして弥助侍論をも跳び越え、日本が奴隷制度発祥の地、『日本の権力者が黒人奴隷を大量によこせと命じたので、イエズス会は嫌々アフリカから黒人奴隷達を運んだ。それが世界の奴隷制を広める結果になった』であるというねつ造問題にまで発展しかけています。
日本に遙か以前から奴隷禁止令が存在していた。秀吉のキリスト教禁止は日本人が海外へと奴隷として売られるのを食い止めるため。というのを知っている外国人なんていません。
日本人でも殆ど知らないでしょうね。
そしてそれを嘘本作者は我々日本人の知らぬ所で世界に広め、この創作を元に作られたゲーム(発売日は数ヶ月先)は世界中に誤ったその情報を発信する可能性が非常に高いものとなっています。
最近では問題著書の英語版、日本語版の解釈も進み、嘘本作者は『そんな事と本文では言ってないよ。それどころか日本の奴隷制度については否定的』が事実となっているようです。
日本版では「流行していたようだ」とか書いてあるので、翻訳上の問題という側面もあるようです。
ですからこれはデマ。とここで問題を切り捨てる方も多い様です。
でもこれが著者の本意で無かったとしても、明らかに誤読させる文章ですよね。
『黒人奴隷が日本で流行した(ようだ)』『日本が黒人奴隷の発祥』の下りはデマということでいいでしょう。一つ解決ですね。
嘘本作者が早く『そんな事言ってない』と声を上げていればデマ拡散は防げたのに、お友達などを使ってネットバトルなどするから余計に話が大きくなってしまいましたね。
そして『デマによって陥れられた』という理由で法的措置をちらつかせているようですが、イヤイヤちょっと待って、この『黒人奴隷が~』のデマ拡散は実の所弥助問題の派生によって出現したもの。メインとして扱う所が多いですが、そっちじゃなくないですか?
世界に事実として広がった『伝説の英雄弥助』、メインの方がまだ残っていますよ? 世界にどれ程広がったか分からないからって…。ゲーム、アニメ、歌劇、映画にもなるのに?
『学術的』『ノンフィクション』と創作本を売り出した件は?
など、の他にも著書では
「日本国の有力者はキリスト教徒を問わず黒人奴隷を持つという事がステータスと見られていた(流行っていた等)』の誤読しやすい文面。
『宣教師達は清貧の誓いを立てていたので~』
と白人社会は奴隷制に反対していたとも取れる文面との合わせ技での誤読なのですが、『宣教師達は』
の下りは他の所で『南蛮商人達の奴隷売買は見て見ぬフリだった』というイエズス会を非難するような文章もあるようです。
『有力者が奴隷を持つのがステータス、流行った(ようだ)』はどうでしょう。
嘘本作者の擁護者として現われたお偉い肩書きを持つお方は「それが嘘だという証拠は?」であるとか
『日本の有力大名は50人ぐらいか、その内何人かが奴隷を持っていれば流行った事になる』論を展開していました。
そう、上記の記載の『流行った』を誤読しているのです。
やはりこの書き方では、こう著書の記述を曲解する方もいるという悪例ですね。しかも著者の味方として現われたお偉い方がですよ。
こういう誤解を招く表現は出版作業の時に何度も担当とやり取りして訂正していくはずなんだけれども。私も本を一冊出していますが、それでも一年近く担当者との見直しに追われました。それでも人名ミスなどが発刊後も発見されたり…。
この『流行った(ようだ)』という文面。
本来商品というものは『売り手』があって初めて買えるものです。
だから本来の書き方は主語が逆で、日本の有力者が黒人を持つのがステータスであったというより、『有力者達に南蛮商人達がこぞって黒人奴隷を売り込みに行った』とする方が自然だと思います。
流布されている情報で嘘本作者は実際には著書で言っていないというものもあります。
ですが矛盾する記述も多く、曲解される文章表現も多いという事でしょう。私もつべで上げられている英文や日本文を見たところしか物言えないのですが、『黒人奴隷が日本人には神の様に見えた(のかもしれない)』も変ですよね。
これ、嘘本作者の擁護的な方ともう一度著書を見直して、訂正版を再販売した方がいいですよね。できればその時にはキリスト教が日本で行った所業が書いてあれば日本人にも好感が持たれるかも知れませんね。
他宗教の存在を認めず神社仏閣を破壊。改宗しない民は切支丹大名達の力で弾圧。おそらくその一部は鉄砲の火薬や硝石を得る為に奴隷として海外に売られた。これをイエズス会主導で行ったとかをね。
この嘘本作者さん、早く公の場に出て声を上げるべきですね。
そして自身の研究途上の創作本を『学術的』『ノンフィクション』と謳い世に送り出したことを謝罪して、『フィクション』だと国内及び世界に発信すべきですね。
そしてこの度発売されるゲームのシナリオにも意見を述べるべきです。『この部分はヤバい訂正しろ』とですね。
『権力者』や『権威者』の多くが謝れないから日本人から嫌われます。ですがそれを恥を忍んで行う事が日本社会では最も大事な事。誰にでも出来る事ではないことをやって見せて初めて『確かにあなたは間違ったけれど、これからは頑張れ』となるのです。
彼の知人友人はネットに現われてバトルする暇があったら彼を説得するべきです。
国内はそれで比較的緩やかな形で許されると思います。
日本人は黒人も白人も関係なく日本人以外を全て平等に差別する偉大なるレイシスト集団ですからね。
ただ、海外の過激なポリコレ、反ポリコレからは目を付けられ物理的に『切腹』に追い込まれるかも知れませんね。ああ、海外は恐ろしい。
でも、それらからお金もらってたら今更とても訂正できないですよね。
この色々おかしい嘘本史観。
おそらくはこれを題材に作られるのがもうすぐ発売のゲーム。
出てみないことには何が語られているのか分からない。ですが皆がその内容を危惧するのは理解出来るのでは無いでしょうか。
最悪のシナリオは『弥助の活躍で日本における黒人奴隷売買が潰された』というようなもの。
日本と黒人奴隷売買を関連づけ、様々なコンテンツに黒人ゴリ押ししたい。これが世界の風潮。
歪んだポリコレは『弥助英雄伝説を何としても喧伝したい』これがぎっしり詰まっていると思われるのがそのゲームなのですから。
この問題をライターの方が取り上げて記事にするということも増えてきているようですが、発売されるゲームを主として見るか、ゲームを取り巻く社会を含めた全体像を見ているかで全く記事の書き方、方向性が変わっているようです。
このゲームは現代人が過去の出来事を仮想現実世界で追体験するというストーリーが根本にあるため、はなから完全フィクションなのだと言う事も出来ます。
ですから『ゲームの世界と現実世界の区別も出来ない人間が騒いでいるだけ』と述べる人もいます。ですがゲームを取り巻く社会という全体を見ている人からすれば、全くの的外れな意見。
今回のこの問題はまず背景として嘘本作者が自身の架空小説を世界に事実として広めた『伝説の侍弥助』があり、それに乗っかった歪んだポリコレが映画、歌劇、アニメ、と様々なところで黒人推しとしてその話を利用しており、今回発売されるゲームもその『伝説の侍弥助』を喧伝する為のツールとして使われるという事が問題視されているのです。
だからこそ『史実に忠実』という部分にも拘るわけで、ゲームそのものが元々フィクションなのは十分に承知しているのです。
そういう観点から言えば、前者の様な記事「ゲームの世界と現実が分からない馬鹿」という見方をする方は『現実社会で起きている事に全く気付いていない視野の狭い馬鹿』と反論されても仕方ないのでは無いでしょうか。
ようやく政治系のつべ等で取り上げられてはきましたが、『理解せずのいっちょかみ』程度のものもあって炎上しています。
炎上後の言い訳が「そんな話になってたなんて知らなかったんだもの。これから勉強します」ですよ。
外務省などは未だ「たかがゲームの事なので」と呑気に構えているようですね。慰安婦問題や徴用工問題で揉めているのは彼等の怠慢が原因なのは明白であるのに。
今なら『注意喚起のお願い』をゲーム制作会社に対して大使館を通じて行うだけで(メールで三行程度の文章)これ以降のデマ拡散問題の半分ぐらいは未遂という形で収められそうなだけに残念です。
歴史の専門家として声を上げた方もいるようで、東京大学の某かの肩書きをお持ちの女性の方でしたが、この本の作者の言う事は正しい。それは一般人が普段目に出来ない資料に載っていたからという根拠でネット界隈に乗り込んで発言されておりました。
確かに我々素人よりは多くの資料を目にする機会はあるのでしょう。
ですが我々が本当に知りたいのは歴史の専門家達がそれぞれ目にしてきた資料を個別に述べるのではなく、現段階で『日本の歴史学会に事実と認定されている事項』だけです。
専門家がそれさえ提示してくれれば、議論の元になっている著書とその認定事項を見比べるだけですみます。
問題がなければそれでこの騒ぎも終わるでしょう。
この問題が解決しないのは、歴史を学問として学ぶ専門家を名乗る方々がダンマリを決め込んで『歴史学会ではこうなっている』をいつまでたっても教えてくれないからですよね。
歴史小説家は物語を書く際に少ない資料から仮説を立ててその空白を想像で埋めながら物語を作っていきます。
歴史専門家は仮説を立てたなら必ずそれを立証し、元となる資料の正当性も含めて論文を提出して間違いないとそれが認められて初めて『事実』となり、そうでなければそれは全て『無かった事』とされるのです。
ネットでは専門家を名乗る人、歴史好きを名乗る人が色々と文献を漁って『ここにこう書いてあるから』『こう解釈できるから』と様々に持論を展開されるのでカオスです。
自分の研究過程で目にした資料、信憑性の有無の判定もされていない研究途上のものを持ち出して個人的な感想を述べられても、それは界隈で私達素人達がああでもないこうでもないと討論しているのと同レベルの発言になっていることに気付いていない様でした。
この方は歴史専門家ではなく歴史小説家レベルの事を衆目の前で堂々とやってしまったのです。
「これが今の東大のレベルか」と結構呆れられていましたが、個人的にもそれは日本の最高学府と呼ばれる東京大学の肩書きでやってしまうのはかなり軽率な行為だと思いました。
彼女の身内が嘘本作者の本の推薦人という話も出て来ている様ですね。利害関係者?
問題は簡単なのです。
日本の歴史の最高権威とされる日本歴史学会では弥助や日本の奴隷制についてはこうなっていると学者を名乗る方が一言言えばいいのです。
それが全てであり、例えば『わからない』が見解であったならば、『侍であった』も『そうでなかった』も全部アウト。『わからない』が正しいのですから。
そしてその『わからない』とされている事を元に、疑惑の著書を精査すればよいだけですよね。
この件で動いて下さっている貴重な国会議員の方もおられますが、『この方の投稿を参照に』と紹介するのは結局カオスを加速させるのではないかと思います。
ここまで話が大きくなり、更には嘘小説を史実として売り込んでいた作家が実際に日本の教科書や参考書にも関与しているなど、元々のゲームからかけ離れてしまった事で、もう『ゲーム関係ないじゃん。ゲーム開発会社叩いていた奴謝れ』という様な意見を述べる方が出て来ているようです。
ですがこの会社には著作権侵害の他にも未だ大きな疑惑が残っています。
それは『この嘘本を原作としてゲームストーリーを作っていると思われる』からです。
まだゲームは発売されていないので事前PVから分かる範囲だけですが、それでも弥助が天正伊賀攻めに参加している描写、弥助が複数の鎧武者を率いているシーン(偉大なる侍を連想)から嘘本との類似性があります。
現在嘘本作者の事を世に広めることで、ゲーム発売時の嘘の拡散の防止にも繋がると思われるのですが、だからといってこのままの形でゲーム制作会社が『歴史に忠実、なんなら日本人も知らない本当の歴史を教えてやる』という様なニュアンスでこれを全世界に向けて販売されるというのはいかがなものでしょうか?
歴史とは未来に確定するもの?
だから現時点で色々とああだこうだと断定してしまうのは危うい。そのような動画もいくつか散見されました。
確かに学問的にはそういう側面があるのでしょう。
今回の騒動で何やら色々と論を振り回して「大衆は歴史に怒っていると思っているが、実は政治的に…」などと持論を展開している方もいました。
ですが今回のゲームが発端となった歴史改ざん問題というのは簡単なのです。
一言で片づけるなら大多数の方は『言ってることとやってる事が違う』『嘘つくなよ』と怒っているのです。
ゲームの方は全部架空の話です。本の方は研究過程で得た情報から推測した架空の物語といえばいいだけです。特に弥助という存在について『史実』に拘るのはそこに『大金』が動いているから。史実と言った方が美味しいからですよね。だからこそ皆、その嘘を改めない態度に怒っているのです。
少し話が逸れましたが『断定するのは危うい』、歴史は研究が進み未来で決まるのですから。と言ってしまうと、この現在嘘本とされている本も将来は史実だったとなる可能性を秘めているとなってしまいますね。
そうなると将来的には史実になるのだからと何でもねつ造し放題。「異世界なろう小説」だって史実にすることができます。
近い将来か、遙かな未来か知りませんが、私が書いた小説の主人公が実際に現われ異世界へ飛んで活躍するかもしれませんからね。
これだと歴史について発表される全てのもののモラルが完全崩壊します。歴史とはそんなに軽く扱って良いものでしょうか?
それなら学校で歴史の授業なんて必要ないですよね。
歴史を学校で学ぶのは自分が日本人であるという認識をより強め、国民の一人としての意識を持つ為に必要なツールです。『誇り』といっても良いでしょう。
だからこそ安易に『史実』という言葉を語ることは許されないのです。
現時点で確定されている歴史的事実を改編したものはきちんとフィクションはフィクション。ノンフィクションはノンフィクションと明記する必要が出てくるのです。
これは本であろうが、ゲームであろうが、番組であろうが必ず守る必要がある最低限のモラルです。
この嘘本作者はあろうことか、自身の空想小説をノンフィクションと謳い世界に広く販売しています。
嘘かどうかを見分けられないのは本を買った人が悪いのであって、作者ではないという論もありましたが、フィクションを買って史実と誤解するのは確かにそうでしょうが、『史実』を謳い売った本に人が騙されるのは作者本人の責任でしょう。最初から買い手を騙しているのですから。
今回の嘘本は非常に悪質で、『史実』を謳いながら内容は「かもしれない」「その様に言われている」と文脈をボカす事で断定を避け「この作者はそうは言っていない。断定していない」と思わせようとする細工が仕掛けてあります。
つべで疑惑の本を例に挙げて「断定してないから、ニュアンスがぼかしてあるから」と攻め切れていない解説動画もありました。
しかし『史実』であるならば、内容は断定して書かれていなければなりません。「わからない」ものは「わからない」と書くべきです。文脈を一つでも「かもしれない。そういわれている」とボカせばそれはその時点でフィクションになるのです。
そのくらい厳格に行わなければ歴史はねつ造し放題。歴史という学問自体が崩壊します。そして嘘本作者はあいもかわらず電子辞書をせっせと自分の本に都合の良い様に今も書き換えているようですね。
もう一つこの本には、詐欺師のよく使う。TV番組でもたまにやりますが、騙しのテクニックとして使われる『事実と嘘を織り交ぜながら話し、全てを事実と信じ込ませる』という手法が使われています。
アニメは既に放送済み。ゲーム、歌劇、映画と弥助の物語は続々とこの嘘本を原典として海外で制作され続けています。当然作者にもそれなりのお金が入るのでしょうね。弥助の嘘の歴史が金儲けの為に広まり、歪んだポリコレにも利用されていく。
何とも残念な事だと思います。
この歴史改竄と嘘本の拡散を未だ「たかがゲームの事なんで」と放置する政府、学会、そして擁護する歴史学者を名乗る者達。
暴論を言えば、この前例を武器にして我々創作者は自分の創作物を今後全て『ノンフィクション』として世に出して良い事になる。
日本の創作者達の生み出すアニメ、漫画、映画、ゲームは世界を覆い尽くし、聖書を破壊し、悪魔を神聖化し、イスラムの神を可視化して可愛らしい幼女として表現するでしょう。
キリスト教では同性愛が日常化してイスラム教は女性至上主義の時代が来る。原理主義者これを阻止しようと聖戦が起り日本国内で作家を狙ったテロなんかも起りそうですね。
そんな日本を含めた世界の文化、宗教、歴史の全てを破壊し尽くし創作者達の思いのままに操れる『文化破壊兵器』『歴史、宗教の破壊兵器』の誕生です。
そして世界の多くの人々はそれを歓喜して受け入れるのではないでしょうか?
こんな事を書くと『陰謀論者』認定をされそうですが、よく考えてみて下さい。
歪んだポリコレ団体はなぜゲーム、アニメ、漫画、映画といった業界にこぞって寄生しようとするのでしょうか?
日本ではアニメなどのコンテンツは自動車産業に次ぐものにまで成長していますが、金だけが目当てならばなぜ一番の自動車産業に寄生しないのか? それは大衆娯楽を操作する事で自分達の理念や活動を広げられるという『実利』もそこにあるからです。
日本国内でいえばパチンコ産業などが例としてわかりやすいかもしれませんね。
賭博は違法というのは誰でも知っており、パチンコは賭博と国は認めていませんが明らかな賭博ですね。でも止められない止まらない。それ程までに大衆娯楽は人を飲み込み洗脳するのですよ。
ゲーム制作会社やこの問題を歌という媒体で伝えた『弥助やないかい』等が海外でも凄まじい速さで広がってこの問題の認知が広がった例も凡例として使いましょうか。
今この弥助嘘本作者のやっている行為はまさにそれだという事に早く気付いて下さい。偉い人。
今後の対応として
ゲーム、映画などの全ての弥助作品において最低限これは架空の創作物。フィクションと『大きく』題される必要があります。
そしてこの嘘本を原典として制作されるあらゆるエンタメには『侍』と『YASUKE』の名前の使用の禁止または修正依頼ですね。弥助をモデルとしている弥八や弥五郎とか、全く別な名で登場させる事を要求すべきです。一番お勧めなのが『伝説の黒人戦士トーマス』でしょうか。
なぜなら『史実』を謳い勝手に『伝説の』等の過剰表現を行ったり、『同性愛者』にしたてあげたりと、歴史人物を明らかに冒涜しているからです。
『史実』を謳うという事はそれだけ多くの制限がかけられて然るべき。
政府を動かしたいならこの嘘本作者問題が起った事を例として、『弥助』=『侍』と二つのワードを結びつける商業利用の『認定権を文科省に持たせる利権』としてしまうことでしょうね。
世界、特にポリコレ業界は『弥助は伝説の侍』というワードで黒人押しを勧めたい流れになっています。演劇、映画、ゲーム、関連書籍しかり。
これを『嘘本作者の日本の歴史改編問題』があった事を理由にデマ拡散防止の緊急措置として一定期間の限定付き(十年間ぐらい)で『文科省の認可制』にしてしまえばいいのですよ。
そうすれば外交で他国に弥助は侍であったと日本外交で言う事の問題も解決されますし、他国の政府が日本のお墨付きで弥助宣伝も出来ます。これは『日本が我が国を特別に認めてくれた証し』として外交にも有利に働くでしょう。
どこぞのお偉い学者先生のいう『日本の国益が』もこれで解決かな?
歪んだポリコレ団体が十年近くかかてせっせと積み上げてきた黒人押しの一番美味しい部分である『弥助を用いた伝説作り』を日本政府が丸々奪い取ってしまえという方法です。
これでゲーム、出版物、映画などのその他エンタメ歪んだポリコレ主導で無く日本にお伺いを立てながらでないと出来なくなるのです。
『創作の自由ガー』についいては嘘本作者の歴史改竄と世界へのデマの広がりを武器に『嘘の世界的拡散は表現の自由に含まれない』で一蹴できますし、『創作の自由尊重のために検閲期間を設けている』でいい。
ただ、各種創作物から弥助が腫れ物扱いになり完全に消滅してしまうのが残念ですが、弥助詐欺の被害が世界に広がり、弥助が弄ばれるよりも良いのではないでしょうか。(しばらくの間は我慢ですね)
その後の展開
ゲーム制作会社が二ヶ月遅れでようやく渋々謝罪文に見えるようなものを発表致しました。
ここで忘れてはいけないのは日本人というのは受験戦争を経験する民族。
文系であれば『この文章から作者の意図を読み取れ』理系であれば『この設問から出題者の意図を読み取れ』という訓練を死ぬほど受けます。
よって薄っぺらい言い訳や見せかけの謝罪はその文章からすぐに読み取られてしまいます。
今回ゲーム制作会社が出して来た見解。
(1)『歴史に忠実に緻密な世界を構築する事を売りに』⇒『歴史にインスパイアされたフィクション』に表現変更。
未だ歴史という事に拘りが捨てられない。完全フィクションと堂々と謳い弥助は別名の黒人侍にすべきでしょうね。名前を変えるだけならそれ程時間も金もかからないでしょう。
フィクションだと世界は理解している。フィクションを謳えばオッケー。は確かにそうなのですが、今回の場合歴史上の人物を主人公に据えることで本来なら『全てがフィクション』であるはずの物語が、前評判や公式発表の文言から『史実を元にしたフィクション』と認知されること。
この違いはかなり大きい。
ゲーム自体はフィクションだが、弥助の物語は『歴史的事実』となってしまうことです。
初めから完全フィクションと謳っていればこんな事にはならなかったのですがね。
(2)『弥助が侍であったかが問題となっていることは認識している』がこれについては何もしない。代わりにもう一人架空の女忍者がいるから勘弁して。
この『弥助』の使用と『侍』という言葉の使用は絶対に譲れない点であることがこの文からも分かり、ここを潰すと歪んだポリコレ団体と企業に深刻なダメージが入るみたいですね。
あと懸念されるのは、弥助の事実を残しておくことは、「嘘の中に真実を混ぜて全部は嘘じゃ無いんですよ」とするステマの様にも感じます。
謝罪に関しての対応は、キャラクターはそのままに史実の弥助をモデルにした『別名の人』に変えるのが普通ですよね。出来ないのはやはり…という感じがします。
もう一つ、今まで日本国内と海外向けにはニュアンスの異なる発表をしていた事を考えるなら、海外に向けて『日本人は黒人弥助が登場することを怒っているレイシスト』だと印象づけるという含みがはいっているとしたら狡猾です。
結論として『弥助』の使用と『侍』の使用は絶対譲れない線、日本人は黒人差別者という印象操作の文面にも見えますね。
(3)『皆様のご指摘の意見を重視し、歴史的な誤りを訂正していきます』つまり指摘された所だけ直すけれどあとは知らないよ。
これは関ヶ原鉄砲隊という団体の背旗の無断使用での削除要請で、指摘された絵だけは削除したが、他に載っている所はそのまま売ります。という対応で分かる。
(4)『関係者を叩くのは止めて下さい』嘘本作者はゲームに関わっていないと逃走、しかしここで関係者であるとバラされる。なぜなら叩かれているのは嘘本作者だけだから。
今回の謝罪文で一番危険なのは(3)の文章。
これは、日本のその時代の文化、風景や物品を真の日本に忠実に描き直すと制作会社が日本のユーザーに『約束した』と判断されます。
だから一部には『謝罪して手直しするのだからこの辺で許そう』という方も出て来ていますね。
私の経験から申せば、小売り商売に携わっていれば『万引き』と呼ばれる窃盗事件にはよく遭遇します。しかし「相手が謝ったから、今回だけは」といって見逃す方も多いのですよ。
情けを相手にかけるのですね。
でも、それが報われた例は殆どありません。ほぼ常習犯ばかりで「またお前か」という事が殆どです。
今回『企業が公式に謝罪したから』という理由で矛を収めた人、この謝罪文をもう一度よく読んだ方がいいと思いますよ。おそらく徹底的に裏切られます。
一番の理由は私達の意見を汲むことは『金』がかかるからです。これだけで理由は十分。土下座はタダですからね。
「口先だけで丸め込めれば儲けもの」
『約束』は日本人にとってかなり重い意味を持ちます。一昔前なら『一命を賭けて』守らねばならぬものとまで言われた文化の地ですからね。
おそらくは上辺だけの薄っぺらい言い回しなので、後ろを向いてベロを出している感じがありありと分かりますが、『約束は約束』。畳が正方形とか季節感云々だけ直して後は知らね。なんて感じでゲーム発売したら…ああ、恐ろしい。一度は矛を収めた人ほど許してくれなくなりますよね。
(世界に向けて発信する有効な方法は?)
今回の騒動の本意を知らない方、ゲームだからと軽く見ている人達がいるのは事実。
海外にも日本国内にも『フィクションなんだから気にしない。俺はそのゲームが楽しみたい』という声が多いですね。
そういう方に今起きている問題を説明しても全く同意は得られないでしょう。
だから言うのです。
嘘本によるデマの拡散、弥助侍問題、黒人差別? そんなのは別問題。
ゲームに関して言えば、
海外の方から見ればそれは『日本』に見えるかも知れない。でも日本人の目から見てそのゲームは『ハワイのビーチ』に連れて行くと言われて『サハラ砂漠に案内された』ぐらいに異なる日本の姿だった。
日本を尊敬。日本舞台が夢だった。専門家を雇った。というのなら、
『本物の日本を楽しめるゲームを楽しみにしている世界の皆に届けてくれよ』と戦っているんだ。と
これが一番心に刺さるのではないでしょうかね?
(陰謀論)
陰謀論的に言えば、近年の無理矢理の歪んだポリコレ推し。
黒人をおもいっきりヨイショして称える白人達の姿を見て異常性を感じます。正義を振りかざしてそれらを彼等は行い、それに気持ちよくなって便乗して調子に乗っている一部黒人界隈。
言われ無き差別、そして現在行われている黒人優遇は最終的には世界的な黒人憎悪へと帰結していくと思います。
白人社会は黒人を持ち上げて気持ちよくさせ彼等をつけあがらせ世界で暴れさせて黒人憎悪を煽り、再び黒人社会をかつての植民地時代よろしく虐げ支配しようと企んでいるのかも知れませんね。
今度は白人社会だけで無くアジア人社会も黒人迫害に力を貸すかも知れません。
今黒人社会に必要なのは様々な国の人気の文化を奪い乗っ取る事では無く、自分達の新たな文化を創り出し、さすがと世界に認めさせることです。
この事に気付くかどうかで、将来の黒人社会の未来が決まりそうですね。
余談ですが、ゲームの方は畳は四角とか直さなくていいんで。畳は貴重品の時代なはずなので、畳に座ってるのは信長だけ。あとは全員板の間でいいんですけれどね。
建物とかもう無茶苦茶だし、トンデモ日本全開なので修正の余地も無いでしょうしね。
正直歴史好きからすると、家臣の分際で織田家の家紋付きの鎧を堂々と弥助が着ているのが一番我慢出来ない。
PVで出てくる福知山城。
明智光秀の治める丹波の国のお城ですが、明智光秀の本城は丹波亀山城、福知山城はその家臣明智秀満の居城。そして長らく戦乱の続いた丹波国を統一して善政を敷いた明智光秀はその地では『神様』です。そしてその言い伝えは現在でも大事に受け継がれています。
そこへ織田家の家紋を付けた鎧武者弥助が現われるとすぐに民から慕われ尊敬され、大暴れして明智家の侍達を悪者として成敗していく。最後は城に乗り込み城主を倒す。
あの映像が本能寺の前と後で民の反応は少し変わると思いますが、本能寺の後の話なら歴史に忠実ならどうなるかお分かりですよね。
本能寺の前なら明智の侍を殺し始めた時点で、後なら街に入った時点で国を挙げて全ての民が弥助に牙を剥きます。まさにゾンビ映画さながらに凄まじい数の敵が群がってきます(笑)
アサシンならやり過ごしてターゲットだけを狙えますが、石を投げつける老人や女子供、武器を持って立ち向かう町の人々を容赦なく殺戮して進む弥助の姿。これを描けたら『すごい忠実』って褒めてあげられるのですがね。
もうなんか、自分で誇張されない史実風味の普通の弥助の小説書いて出版社の公募にでもだそうかなあ。と考えたりする今日この頃です。




