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水色桔梗の雫 ~異伝本能寺の変~  作者: つむぎ舞
六月十三日
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山崎の戦い⑤

 天王山を占拠する明智片の並河易家なみかわやすいえ松田政近まつだまさちかの軍は、圧倒的に不利な状態での激戦の最中にあった。

 天王山山頂の廃砦に籠もる神子田正治みこだまさはるを攻める並河易家、羽柴軍に新たに加わった一万の援兵に対する為に防備を固める松田政近の二将であったが、突如下方の山崎村から攻め上ってきた堀秀政ほりひでまさ率いる一千の軍に襲われたのである。


 当初の予定では山崎村は斉藤利三の軍が突入し占拠またはその場で戦闘が繰り広げられている筈であった。

 だからその方面に二将は注意を払っていなかったのである。

 運悪くその僅かな死角を突かれた。

 完全に二将とも背後を取られ手痛い一撃を受けたばかりか、その最初の一撃で後方で指揮を執っていた松田政近が討たれてしまったのである。

 彼は十数人に一人包囲され大木を背にして複数の槍に貫かれての討ち死に。

 思わぬ方角からの羽柴軍の奇襲に慌てて軍を返した並河易家であったが、その乱戦の最中に羽柴秀長の率いて来た一万の軍による天王山への攻撃が始まったのである。

 天王山の戦況は絶望的、それでも明智軍はその地に踏み止まり抵抗を続けた。


          *          *


 明智軍の右翼と中央の軍とを分断する位置に未だ踏み止まる黒田軍と高山軍。

 斉藤利三さいとうとしみつの差し向けた柴田勝定しばたかつさだ率いる二千の軍の一部がその後方からも襲いかかり、黒田軍の陣は既に崩壊している。

 黒田孝高くろだよしたかの立つ僅かな空間だけが斬り結ぶ兵達の入り乱れる波間の浮島の様な状態。しでに黒田の将達も各々の家臣団という戦闘単位でこの戦いの中に身を投じており、すでに黒田孝高が全軍を指揮できる状態には無い。

 黒田孝高は周囲の兵に声を掛け鼓舞し続けた。

 家臣達のどれ程が生き残っているのかももう定かではない。我が武運ここで尽きるか、遂には自身も乱戦の中に身を投じた。


 突然場の空気が変わった。

 円明寺川対岸から鳴り響く打ち鐘の音、そして明智兵達が少しづつ退がり始めた。その顔には明らかな動揺があった。

 明智軍右翼が円明寺川に架かる橋の所まで後退すると、先程まで戦場であった場所に取り残された黒田軍の生き残りが点々と立ち尽くしていた。

 黒田孝高は残兵を集めすぐに状況の把握に努めた。


 天王山を山崎村の方へと駆け下ってくる一軍の姿が見えた。

 後方の羽柴秀吉本陣が前進してきたのかと最初は思ったが、明智軍主力は退却の打ち鐘の命に背いて迎撃に向かい、その軍と激しくぶつかった。

 両者の前衛がぶつかり羽柴軍が一時は押し返されたが、反撃に転じた後は一方的に明智軍を押し込んでいく。

 あの羽柴秀吉の指揮とは思えぬ程の見事な軍の動きだった。

「殿、あれを」

 井上之房いのうえゆきふさが天王山を指差す。

 天王山の明智軍の旗印が全て消え、現れたのは羽柴軍の無数の旗印。それが一気に明智軍右翼に向かい駆け下る。

 五千、いや六千近い数の一軍だ。

「味方の援兵、これは羽柴秀長の主力一万の軍か」

 黒田孝高は羽柴秀長と一万の軍の到着を理解した。

高山重友たかやましげともに伝令を送れ、急ぎ我らに合流せよと。しばしこの場に留まり我らは戦況を見定める」


 明智軍右翼の鉄砲の砲煙が駆け下ってくる羽柴軍に向けて上がるが、その勢いは全く止まらない。山を駆け下るうちに密集隊形は崩れ散兵となって進む分被害は少ない。

 しかし将に率いられる家臣団ならともかく、指揮から外れた徴収兵が鉄砲の並ぶ敵陣に向けて個々に突撃していくのである。

 それはあたかも狂気の突撃の様にも見えた。一体何が彼等をそうさせている?


 なんとか体勢を立て直しつつある黒田軍の陣内がざわつきはじめる。

 陣から指示無く飛び出し明智兵の死体を漁る兵が軍内から出始めていると報告を受け、栗山利安くりやまとしやすがその手に銀の粒を数個乗せて自分に見せた。


「明智兵の一人一人がこれを所持しているというのだな」

 それなりの首級を挙げて手に入るほどの高額な報酬、それを明智の雑兵の一人一人がその懐に持っているのだ。雑兵を二人も倒せば数年は遊んで暮らせるほどの金をである。

「陣から許可無く動く者は斬捨てよ」

 黒田孝高はそう厳命し軍内を律した。

 この事が全軍に知れるのは時間の問題。現に天王山から駆け下って来た羽柴軍はすでに目の色を変えて明智軍右翼に向けて襲いかかっている。

 もうすぐ羽柴軍全てが欲に駆られた狂気の徒に変貌するだろう。

 鉄砲をもろともせずに天王山を駆け下る羽柴軍と明智軍右翼が遂に刃を交え始めた。開戦から終始押され続けた我が軍にようやく戦の流れが傾きつつある。

 しかし、

 黒田孝高は凄惨な殺戮の始まりを予感した。


          *          *


「左翼近江衆、大きく退がります」

「藤田殿が破られたのか」

 櫓に立つ物見の報告に溝尾茂朝みぞおしげともが声を上げた。明智光秀にもその報告は信じられなかった。

 藤田行政と近江衆二千の軍があれば、渡河しようとする敵が一万であっても今しばらくの時は稼げるはずである。

 しかし状況は明智光秀が想定していたものより深刻であった。阿閉貞征あつじさだゆき京極高次きょうごくたかつぐの二将が左翼近江衆の裏切りを告げ、円明寺川に沿って展開させていた配下の兵を急ぎかき集め、一千の兵で左翼の敵に対する為に駆けていく。

 明智光秀は藤田行政をむざむざ死地へと送り出してしまった事に歯がみしながら、戦況を見つめた。

 円明寺川中央の陣には明智光秀の率いる三百騎の馬周り衆と武田元明たけだもとあきの指揮する一千の兵のみが残されている。

 否、もうそれしか明智軍の予備兵力は残されていなかった。


 天王山の味方旗印が次々に倒れていくのを感じ、すぐに全軍総退却の打ち鐘を鳴らすように命じた。味方左翼はすでに敵のかなりの数が渡河してきており劣勢、もうすぐここにも左翼を突破した羽柴軍が攻め込んでくるだろう。

 対岸にいる斉藤利三の退路は味方右翼軍と速やかに合流し、一つの大きな軍となって残された橋を渡り撤退する事である。


 天王山の味方の旗印が全て消え羽柴軍の色に染まると、それらは雲霞の如く下方の明智軍に向けて攻め下り始めた。

 伊勢貞興いせさだおき達の右翼軍が退路を断たれぬよう橋の所まで後退を始めた。これに斉藤利三の軍が追従して移動すれば羽柴軍の大攻勢を何とか凌ぎ、山崎の地は失ってもまだ勝龍寺城を背にしてもう一戦挑める力は何とか残せる。

 急げ、明智光秀は斉藤利三の軍を見ながらそう呟いた。

 しかし斉藤利三は山崎村方面へと天王山から駆け下る一軍に兵を向けて突撃していった。

「だめだ利三、退がれ」

 思わず身を乗り出し叫んでいた。

 斉藤利三は羽柴軍に一万の新手の援軍が現れた事を知らない。その彼からすれば、それだけの数がどこから現れたかを瞬間的に想定したはずである。

 そう、斉藤利三は山崎村の後方に位置する羽柴秀吉本陣自らが動いたと誤認し、羽柴秀吉を討つことに勝負を賭けたのである。


 最初のぶつかり合いで斉藤利三の率いる明智軍は押した。

 だが天王山からの逆落としの勢いをつけて駆け下って来る五千の軍の圧力は簡単に止められるものではない。

 後ろから押しかけてくる羽柴軍に押され、遂には明智軍の方がその陣を突き破られた。そこからは一方的に押され続け、山崎村方面から押し寄せてきた敵の力も加わり、斉藤利三達は明智軍右翼のいる場所とは正反対の方角へと押されていった。

 二つの軍の合流は絶望的、今我らは敗れた。

 明智光秀はこの瞬間、それを確信したのだった。


 明智軍左翼劣勢の報を聞き、武田元明が最後の一千の兵力を連れ援護に向かう。

 明智軍右翼も既に羽柴軍と刃を交えながらの撤退戦に入っている。

「味方右翼、御牧景重みまきかげしげ殿より注進。我らここにて討ち死に致す故、殿は急ぎ退きたまえとの事」

 限界である。後退して来る兵を再び纏める時間は残されていない。


「まず御坊塚砦に向かいその後勝龍寺城へと入る。勝龍寺城への随伴する者は二百。百騎は御坊塚砦に残り砦放棄と同時に我が馬印を掲げて丹波国へと向けて走れ、私が丹波国亀山城へ退いたと偽装する」

「殿、何を考えておられるのですか?」

「庄兵衛、手の者を残し羽柴軍の以降の動きを監視させ、我が元へと伝えさせよ。それで羽柴秀吉の真意を見定める」


 明智光秀はそう残りの者達に伝えると、円明寺川の陣を放棄しまず本陣であった御坊塚砦へと後退した。

 羽柴秀吉が織田信長公の仇討ちとして自分の首を狙うのなら、彼は丹波国攻略に力を注ぐはずである。しかしそうしなかった場合、羽柴秀吉自身が織田信長公襲撃に関わった謀反の疑いが現実味を帯びてくると考えたからだ。

 丹波国を無視して東に大軍を向けるならば、それは明智討伐以外の意図を持つことを意味する。


 勝龍寺城へと入城し暫く待ったが、明智の武将の唯一人として御坊塚砦の明智光秀の馬印の元へと集うことは無かった。

 最後まで善戦し続けてきた阿閉父子、京極高次、武田元明ら四将の御坊塚砦放棄の報と同時に明智光秀は勝龍寺城を後にした。

 明智光秀が向かったのは京の南に位置する淀城。

 斉藤利三が告げた最後の命、南に逃れ河内国、大和国、紀州国の親明智勢力を糾合し羽柴秀吉に対抗する事に望みを賭けたのである。


 明智光秀と斉藤利三が描いた羽柴軍との対峙の図式は僅か半日でもろくも崩れ、明智軍の大敗という惨状に陥るまでに至った。

 この戦いでの明智軍の死者は主立った者だけでも三千に及び、雑兵の死傷者については数えきれぬ程であり、逃走する明智兵の死体の列は延々と京にまで続いたという。

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