敗戦の後に
日も沈み、明智光秀一行が京の南、淀城へと辿り着いた頃、ようやく羽柴軍が勝龍寺城を包囲したとの報告を溝尾茂朝の手の者より受けた。
勝龍寺城に明智軍は居らず、城に残るのは荷駄人足達四千と城中兵力一千は織田信長公の小姓であり本能寺にて討ち死にした猪子兵介の手勢。
そのどちらも羽柴と明智の戦には関係の無い者達、遅くとも明日の朝には開城となるだろう。
山崎での敗戦の報はここ淀城にも届いており逃げ出す者が続出したのだという。配した四百の兵の殆どは姿を消していた。戦に敗れるとはそういう事だ。
明智光秀と二百騎の馬廻り衆達が入城して暫くの後、淀城の城門前に一軍が姿を現した。規模は騎兵二百、率いる将は若江三人衆が一人、多羅尾綱知と名乗り、城将に一言申したいと告げている。
追撃の羽柴軍では無いが、近江衆の様な例もある。
「この城に殿が在るのを知られたくはありませぬ。多羅尾殿の言葉はこの私が受けましょう」
淀城本丸の主殿の奥へと明智光秀を押しやり、主殿前ににて溝尾茂朝一人で多羅尾綱知との対面の場を整えた。しばらくして入城を許された多羅尾綱知が二人の兵を伴い現れた。
床机から立ち上がり溝尾茂朝がそれに対した。
敗れてなお健在、甲冑に身を包み整然と居並ぶ明智兵達の姿を感心するように見回し、多羅尾綱知は一言述べた。
「この淀城を我らにお預け願いたい」
「我らに城を捨て出て行けと申されるのか」
「そうでは御座らん。淀城を我らが明智軍より奪い取った。そういう形を作って頂ければ良い。明智の皆様には城に留まって頂いて構いませぬが、明智者と分からぬ様に旗指物などは下ろして頂く」
「我らが城に留まったままで、表向き多羅尾殿の軍がこの城を占拠している様に見せよという事ですか。もう少し説明して頂いてもよろしいか」
明智光秀謀反による此度の一連の事件について、若江三人衆の合議ではあり得ぬ事として一致している。事実は別にあり、織田信長公は敵対する何者かに襲われ明智はその騒動の沈静に奔走する中、虚報に踊らされた羽柴秀吉が軍を返し明智との戦に至ったのではと彼は自身の見解を溝尾茂朝に告げる。
その言葉には溝尾茂朝だけでなく、主殿の奥で話を聞く明智光秀自身をも驚かせた。憶測とはいえ事実を正確に掴み、我ら明智の理解者となる者が今目の前にいることが正直嬉しかった。
「多羅尾綱知殿、改めて用向きの続きを聞かせて頂きたい」
主殿から明智光秀が姿を現すと、豪胆に振る舞っていた多羅尾綱知も思わず背筋を伸ばす。そしてなぜ淀城が欲しいのかを我らに告げた。
「我らは心胆分からぬ羽柴秀吉の軍を河内国内へと入れたくないのです。河内国への入口となるこの淀城を明智軍から我らが奪い羽柴秀吉への合力を申し出れば、羽柴秀吉の侵入を阻止することが出来ます」
明智軍からの淀城の奪取は若江三人衆の手柄となり、その上で羽柴秀吉への合力を告げればしばらくの間、羽柴秀吉はこの淀城に手出しできなくなる。
この地にしばし潜伏し、羽柴軍の動静を覗わねばならぬ自分にとって、それは願ってもいない申し出であった。
「我が殿はここで戦われる。もう逃げはせぬ」
城は渡さぬと声を荒げたのは馬廻りの家臣の一人、彼等の中には自分が行き場無くこの場に辿り着いたと考える者もいたのだ。
明智光秀は彼の言葉を否定し、なぜ丹波国亀山城や近江国坂本城ではなくここ淀城へと入ったのかを皆の前で説明した。
「柴田勝家殿が安土城へと入城を果たしても美濃国と尾張国の譜代衆からなる兵力を結集できぬかもしれぬ。そして羽柴秀吉がこのまま引かず織田家そのものの簒奪を企む様な事があれば戦は更に大きくなるだろう。
今の丹波国と近江国坂本では再軍備は叶わぬ。そこで大和国の筒井殿、畿内で味方する三箇、紀州国の雑賀衆を合せたもう一つの力を南の地に誕生させる腹づもりだ。そしてその為に私は今、ここに在る」
「我らはまだ戦えるのですね。まだ負けたわけではない」
明智兵達が槍を掲げ声を上げた。
「今は羽柴秀吉に悟られず潜伏しその心底を見定める時。多羅尾殿、手勢と共に城に入って頂きたい」
「我らは城の大手門付近にのみ居座らせて頂きます。それと明智の敗残兵が逃れ来るかもしれませぬので、何人か明智の方々をお貸し願いたい」
多羅尾綱知は意気上がる明智兵達の様子を見て、愉快なことでもあったかの様に笑い声を上げながら去って行く。明智兵達も次の羽柴との戦には勝つと意気盛ん。
城内の重い空気は一変した。
だが主殿に戻った明智光秀は溝尾茂朝を前にして溜息を一つ付いた。
「無念だな庄兵衛」
「丹波国と近江国坂本、勝利を掴むためとはいえ多くの民が犠牲になりますな」
同地はこれより羽柴軍の侵攻に晒される事となる。それを放置し、新たな勢力を築く為に私はここに来た。
「織田を守る為とはいえ、私は、私を信じる民を裏切る決断を下したのだな」
その言葉に溝尾茂朝も黙ったまま下を向いた。
* *
山崎の地での戦いで勝利を収めた羽柴秀吉は、総大将織田信孝の存在を無視して次々と明智討伐の指示を各将に対して出していった。
丹波国亀山城攻めには中川清秀と高山重友。近江国坂本城攻めには堀秀政を向かわせ、総大将織田信孝には都の治安維持は総大将の務めと言い含めて京へと送り出した。
丹波国へ向かう中川、高山軍には目付として堀尾吉晴が同行、堀秀政には黄母衣衆をその下に付けて彼の率いる軍を実質掌握させた。
織田信孝の軍については常に戦の後方を移動し続けたために、明智の雑兵達の持つ大枚を手に入れる事が出来ずに不満を持つ兵が多いと聞く。
彼にそれを押える度量など無い。だからそのまま京で好き放題やらせて朝廷や民の不評を買わせようと目論んだ。
その後、この地に残る丹羽長秀と池田恒興を交えて軍議を開き、勝龍寺城の受け取りと転向した近江国の三将の処遇について話し合った。
勝龍寺城はすでに開城の意を示しており、明日の日の出と共に城は我が軍に明け渡される。城には池田恒興と丹羽長秀が入り事後処理を行う事で合意した。
転向した近江衆、山崎片家、多賀常則、小川祐忠は処断すべしとの池田、丹羽の言を覆したのは羽柴秀吉自身だった。
羽柴秀吉子飼いの加藤清正が、妻の父である山崎片家の助命を懇願してきたのその理由だった。
自身の居城であった佐和山城を攻め取られた丹羽長秀は不服そうな顔をしていたが、羽柴秀吉がこの件では折れぬと感じてか自ら意見を退いた。
それに加えて池田恒興には摂津国の兵站庫の管理を今後は羽柴軍が担うとその場で告げた。
今後明智討伐軍は広い範囲に分散していく。それぞれへの兵糧の手配緒などを多くの戦死者を出した池田軍では担えぬであろうというのが表向きの理由であるが、現実問題として家臣の数やその兵力など人の数の面で羽柴秀吉にしかその管理が出来ぬと言う実情がある。
実際に秀吉が目論んだのは池田恒興のこの軍内に於ける存在価値を奪う事と更なる羽柴軍の強化であるが、池田恒興はそこまでの考えに至らず「仕方なし」と折れた事でこの件も容易に事が進んだ。
ほぼ形だけとなった軍議を終え、山崎村後方からずっと動かずにいる本陣に戻ると、羽柴秀吉は一人その場に座していた。
彼が振り返るのは加藤清正が山崎片家助命を求めた際に申した言葉。
「我が義父は当初は明智の武威を恐れて恭順しました。しかしそこで明智光秀より明智謀反は事実無根であり、手負った織田信長公を京より救出したのが真実だと言われたのです。織田信長公との目通りは叶いませんでしたが、鍋の方とお市様の両名が明智光秀と共にある姿を見てその言葉を信じたのだそうです。皆、明智光秀の嘘に騙されたのです」
明智謀反を認めた上で恭順した者達に対して、明智光秀はなぜそれをわざわざ否定して見せたのか? 本来なら光秀は「織田信長の世は終わった」とそう彼等に告げるべきなのだ。
明智謀反が事実で無いとすれば、織田信長公は京にて謎の敵対勢力に襲われ手負ったという事だろう。それも命に関わる深刻な傷をである。
では何者がそれを成したのか? その事は後回しで良い。
安土城に運び込まれた織田信長公の姿を見たからこそ鍋の方もお市様も明智光秀の側に立ったとしか考えられない。
鍋の方はともかく、あのお市様が明智光秀の武威に屈するはずは無いからである。もし市様の三人の娘が明智の人質に取られたとしても、それに屈するぐらいなら自害して果てるだろう。否、市様なら長柄を持ち明智勢を道連れに果てるぐらいはやってのける。
結局の所、織田信長公はその傷が元で亡くなられた。
明智光秀が安土城を焼いたのは織田信長公の葬送の為であるとするならば全ての事の辻褄が合う。おねの密書とも合致する。
やはりそれが真実なのか。
だめだ。もうそれが事実であると我らは認める事は出来ない。それに儂は明智軍を撃ち破った。もう恐れる者は目の前にいないのだ。
これからは織田家内に残る者達との戦になる。
池田恒興や丹羽長秀は既に我が軍の中に取り込んだようなもの、問題は近江国以東の織田家の動き。
今後の事を考えるならば、余計な情報が漏れる前に鍋の方とお市様の二人共を我らの手元に急ぎ置かねばならぬ。
もし二人が自分の意に従わぬ時は、その先の事を考えそうになった自分を叫び声を上げて羽柴秀吉は打ち消した。
もう一つ看過出来ぬ大事がある。
明智光秀は近江国の諸将に対して織田家筆頭家老である柴田勝家の安土城入城を口にしたという。そしてその元に降伏する形でこの一連の騒動に終止符を打とうと目論んでいた。
それは明智光秀を謀反人と決めつけ東進して来た我らにとっての鬼手となる。そこで別の織田信長公襲撃犯が明るみとなり明智光秀謀反が虚偽であったとなれば、行動に逸り織田一族の殺害に敵国毛利との単独和議を結んだ我らが逆に罪に問われる事になる。
やはり悠長に構えて明智光秀の所領丹波国に軍を向けている暇はない。柴田勝家よりも先に安土城へと入らねば、否、それよりも、
陣幕の中で最後の決断がどうしても下せず何度も叫び声を上げていた。
「どうした兄者、何に迷っている」
弟の羽柴秀長と蜂須賀正勝の二人が何事かと中へと入ってきた。
その二人の顔を見た途端、不思議と羽柴秀吉の心は落ち着いた。そしてついに腹を括った。
「よく聞け小一郎、儂はこの機に織田を奪る」
弟秀長が身動き出来ぬ様に彼の両肩を押さえつけ、顔を間近で突き合せてそう言った。秀長が羽柴秀吉の両手を力強く跳ね返して言う。
「明智を謀反人として葬る事は出来た。なぜそれで良しとしない。またしても黒田孝高の進言か、これ以上は我慢ならぬ。私があ奴を斬捨てて来る」
怒りの向け場を探し歩き回る羽柴秀長。
「兄者、分かっているのか。今度は我らが謀反人になるという事なのだぞ」
「聞け小一郎。織田信長公亡き織田家がこの儂に何をしてくれるというのだ。織田信長公だけが唯一の儂の理解者であった。だから儂も織田の為に懸命に働き続けた。
これまで織田家の者達から受けてきた仕打ちを思い出せ。我らの庇護者であった信長公亡き今、奴等は我らを蔑み我らが血を吐き掴んだ地位をただ奪おうとするだけではないのか?」
弟秀長も羽柴家の行く末について大いに思う所があるのだろう。
この儂の横に並び、織田家の重臣達の横暴の前で何度も地面を舐めた事がある彼だからこそ、この儂の言う意味を理解出来るはずだ。
弟秀長は、怒りの言葉を飲み込み腕組みしてそのまま地面に座り込んでしまった。
「小一郎、織田などもうどうでもよい。皆が明智の残党狩りに目が向いている今こそが、誰にも悟られず尾張国と美濃国へと大兵を送り込める唯一の機会なのだ」
美濃国と尾張国は織田家の心臓部、そこを落とせば織田家は事実上消滅する。
羽柴秀吉の言葉を聞き、弟の秀長が口を開いた。
「兄者が織田家にではなく、織田信長公だけに仕えてきたというならばそれで良い。ただ織田家を潰すというのならこの俺に誓って欲しいことが一つある。ただ権が欲しい、それを守りたいというのではなく、織田信長公が目指し志半ばで潰えた夢を兄者の手で必ず実現してみせると」
その言葉に異存は無い。羽柴秀吉は弟の目を見たまましっかりと頷いて見せた。立ち上がった羽柴秀長が今後の羽柴軍の方針を自分に伝えた。
「明朝、転向した近江衆を先頭に一万の兵を率いて安土城を目指します。途中、坂本城攻めの堀秀政を解任し彼の持つ八千の兵を吸収、藁等の拠点長浜城の奪還を名目に安土城を通過し近北へと兵を進めると見せて佐和山城より東に転進、二万の兵力を以て美濃国と尾張国の織田家居城を陥とします」
羽柴軍の美濃国、尾張国の侵入と同時に池田恒興と丹羽長秀の二将を押える。京の織田信孝では戦う事も出来ぬだろう。
その押さえとなるのがここに残る我が本隊五千と中村一氏の鉄砲隊一千の役目となる。すでに全軍の兵糧はこの儂が握っておるのだ。すぐに奴らも根を上げる。
だがこの試みが失敗し、戦が長期化する様であれば、また我が軍が柴田勝家に敗北する様な事があれば、ここ山崎の地が退路となる。
この地を強化する為にすでに今、黒田孝高は天王山に築城の準備を始めている。
我らが争い始めると、所在不明の明智光秀と明智残党軍と彼等が結ぶことも考えられる。
「小六、朝廷工作の方はどうなっている? 明智光秀を逆賊に仕立て上げられればその元に兵は集わぬし、それと結ぶ者も皆逆賊と出来る」
「明智光秀は朝廷に対して我らとの和議の仲介を働きかけていた様です。その為に大量の銭がばらまかれておりした。我らにもそれに見合う金銭を彼等は要求しています」
「むう、やはり公家共は全て銭か」
摂津国の兵站庫には武器や兵糧は山ほどある。だが、直接動かせる金がそこには無い。換金するにも時がかかりすぎる。
「金ならある、あるぞ小六。お主の子飼いの手勢は今どれ程動かせる?」
「三百というところでしょうか」
そこで羽柴秀長が立ち上がった。これから話し合われる会話に自分は必要無しと判断し席を立ったのだ。弟の秀長はこの手の話を好まない。
羽柴秀吉は蜂須賀正勝と二人だけの密談をその場で行った。
「明智兵は末端の雑兵でさえ信じられぬ程の大枚をその懐に持っていたという。その出所は噂に聞く安土城の隠し蔵。それを押えれば金の問題はすぐにでも片付く」
「安土城のどこにそれがあるのでしょうか?」
「二ノ丸御殿の奥、織田家の重臣達でさえ立ち入れぬ場所がある」
「それを人目につかず城外に運び出せばよろしいのですね」
「それなりの量の金子になるだろう。陸路で運ぶのは難しいと思う」
「では何とか船を手配すると致しましょう。殿はそれらを運び込む場所をご用意くだされ」
「水運を用いて運び出す財を集められる手近な拠点か、淀城だな。すぐに兵を向けるとしよう」
「わかりました。こういう事は速さが全て、私もすぐに出立致します」




