第九十五話「迫る敵意」
「エルマの族長ですね。私はルトヴァーニャの女王ユリアンヌ・ヒシム・ルトヴァーニャ。貴方にお話があって参りました。」
コウ達の前に歩み出て女王はエルマの族長にあいさつする。
「女王?国王はどうしたのだ?」
「亡くなりました。…先日デストラの襲撃があり、王も兵士ら共々迎え撃ったのですが……。」
「死んだ…!?嗚呼、なんと嘆かわしい事だ…、一国を治める立場にあろう者が後代に後を継がせる事無く世を去るとは…!
その様な事があっていい筈がない!!」
「おっしゃる通りです。そして今ルトヴァーニャは困難を迎えています。
国は敵の手に堕ち、逃げ延びた民はこのままでは流浪の身となるでしょう。
そこで族長には、国を取り戻すまでの間で良いのでルトヴァーニャの民をこのエルマの里で預かってほしいのです」
「…全ては国を奪われた者たちを脅威から守るため。
突如我がエルマの里を訪れた理由はそれか」
「はい」
「それは結局のところ自分たち人間の争いで被害を被った者たちを我々に押し付けようとしているだけではないか。
エルマは争いを好まぬ。貴様たちの要求など聞き入れる訳にはいかんのだ。」
「そ、そんな…」
期待とは真逆の族長の答えに女王は酷く落胆する。
「話は終わりか?ならば早々に立ち去れ。」
辛辣な族長の言葉に皆が意気消沈し、森の外で待たせている騎士たちのもとへ戻ろうと踵を返す。
ただ一人を除いては。
「ちょっと待てよ」
コウだった。
コウだけが族長に対し毅然とした態度で話し合いに臨まんとしていた。
「あんた族長だか何だか知らないけどよ、さっきからさも俺たちが全部悪いみたいな言い方してくれてるじゃないか。
こっちの言い分聞こうともしないで」
「事実であろう。貴様たちが抵抗などしなければ…」
「争うくらいなら殺された方がマシだってのかよ!?そんなの生きてるなんて言わないぞ!!
あんた達エルマと人間の間に何があったかは知らないが、それが25万人以上も見捨てていい理由にはならねぇだろ!
あんたみたいにちゃちいプライドや、古い考え方に縛られてロクな事をしない奴の事を俺のいた世界じゃなんて言うか知ってっか?
老害って言うんだよ!!」
「ろっ…!!」
「ちょっとコウ!あんまり族長を刺激するような事言わない!!」
火が付いたかの様に族長を罵りだすコウをツバキが諫めようとする。
「25万以上の命がかかってるんだ!なりふり構っていられるか!!」
それでも尚食い下がらないコウ。しかしその態度に族長はひどく憤慨。
「何者かは知らんがその不遜な態度!断じて許すわけにはいかん!!」
近くにいた衛兵たちが手にしていた槍を交差させコウの首を押さえつける。
「この者たちを地下牢に叩きこんでおけ!!」
衛兵たちによってコウ達はあわれ地下牢に入れられる運びとなってしまった。
連れていかれる途中、コウは族長に「ふざけるな」「今に後悔するぞ」と罵倒の言葉を投げかけるが、聞き入れてはもらえなかった。
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一面は鉄格子で覆われ、そこ以外は冷たい石畳で囲われており、
光源は石壁のとても登れそうにないほど高い位置に開けられたわずか一か所のみ。
牢に入れられた全員の腕には後ろ手に手枷がはめられ、脱出はまず不可能。
文字通りの詰み(チェックメイト)と言うのがコウの率直な感想だった。
「コウ!あんたがあそこで余計な口聞かなきゃこんな所に入らなくて済んだのに!!」
開口一番にコウを責め立てたのはツバキであった。
しかしコウは、
「間違った事を言ったつもりはねぇぞ」
と反論。
「あんたねぇ!!?」
「まぁまぁ。こんな所で言い争ってもしょうがないでしょ?」
女王はツバキを諫めた上で、
「コウさんも、正論を語るだけで全て納得してくれる人ばかりではない。
正論で傷つく人も中にはいる。と言う事を、覚えていてください。」
とコウを優しく窘める。
女王の言葉にさしもの勇者コウも納得せざるを得ないのか反論したりはしなかった。
「…して、これからどうするんですか?」
「どうする、じゃあない。どうにもできないんだよ。
手錠かけられてるから登れないし、もう寝るしかない」
そう言ってコウはその場に横になる。
よほど疲れていたのか、それとも元からすぐ眠れる体質なのか
コウは寝息を立て、深い眠りにつくのだった。
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里に通ずる森を疾駆する人影があった。
人影は40歳代の男で、詰襟の制服にイノシシの毛皮を纏い、猟銃と日本刀で武装したその出で立ちは異様と言えたが、
何より異様足らしめたのはその形相。死人の様でありながら万物を憎悪せんとするその眼は
人でありながら人から大きく逸脱した『殺気』すら感じさせた。
「モサエ!モサアンホ…」
当然これほどの殺気を持つ男にエルマの見張り達が気付かない筈もなく、
弓を構え威嚇するが、男は意に介する事なく一度立ち止まり、見張り目掛け猟銃を二発発砲。
銃弾に胸と脇腹を抉られ絶命した見張りを一瞥すると男は、
「日本語話さんかいこんボケが」
日本語で死んだ衛兵を侮蔑し再び森の奥を目指し歩き出した。
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直江正嗣は憤っていた。
アルバスの真意を知り、エタニティとして戦う理由は既に無くなった。
騙されていた。
おそらく自分だけではない。
エタニティに勧誘された転生者たちみんながアルバスに騙されている。
そしてアルバスの目的が完遂された暁には、アルバス以外の構成員達は皆「用済み」として粛清される事だろう。
そうなる前に事を起こさねば。
アルバスへの失望は怒りに、そしてその野望を阻止せんとする使命に変わっていた。
しかし、
「お前それ、クーデターじゃん。それを俺にも手伝えと?」
「そうだ。このままじゃデストラが世界全てを手にしてもみんないずれ殺される。
そうなる前にみんなでアルバスを倒すんだ」
「馬鹿言うな…。そんな事やってみろ、いずれじゃなくて今殺されちまう。
そんな危ない橋俺は渡れん」
臆病風をふかし自らのの提案を拒否する兵士に正嗣は失望した。
今の安堵さえ保障できれば明日などどうだって良いと言うその考え。
考えうる限りの軽蔑の言葉をいくらぶつけても足りないくらい腹が立つ。
正嗣が怒り肩のままその場を後にしようとすると、
「待てよ」
「…なんだ?」
「ルトヴァーニャの南の森で、動きがあった。
何があるかは知らされていないが、田島京蔵を向かわせたらしい」
「田島を!?それは本当か?」
田島京蔵、と言う名に正嗣は聞き覚えがあった。
世界各地への侵攻後にデストラに編入された新参者でありながら
その卓越した武器の扱いと相手の命を奪う事への躊躇の無さ、
そして与えられた命令を一切の私情を挟む事なく実行する忠誠心から瞬く間に頭角を現し、
今や将校になるのも時間の問題とされる男だ。
その様な男が何をしに?
一瞬正嗣は考えたが、同時にある事に気が付いた。
ルトヴァーニャ南方の森…。あそこには確か…。
「レミー、いるか」
「ここに」
正嗣に呼ばれレミーが音もなく正嗣の背後に現れる。
こう言った気配を消しながら相手に近づくのは彼女の得意技の一つである。
正嗣はレミーを連れ一度外に出る。
今から話す内容を第三者に聞かれないようにするためだ。
「ルトヴァーニャ南の森に、田島が向かった。
目的はおそらく、その奥地にあるエルマの里…お前の生まれ故郷」
「!?本当ですか!!…いや、あんな所いっその事……」
「お前と父親との確執は解る。だがもっと自分の気持ちに素直になれ。
口では悪態をついていたとしても、死んでしまえばいいだなんて思ってはいないだろう?」
正嗣は、レミーと父との確執を知っていた。
外界の者との交流を禁ずると言う里に古くから伝わる掟に反発しレミーは喧嘩別れ同然に里を飛び出した…。
良くある話ではあった。
とは言え自分の故郷が惨劇に見舞われるのはレミーとて見過ごせない筈。
正嗣はそう考えている。
「………」
「場所は伝えた。後はどうするか、お前に任せる」
そう言うと正嗣はその場を後にする。
レミーはいつもとは違い、正嗣の後を追わずただその場に立ち尽くしていた。
後はどうするか、どうすべきか…。
レミーは、それを考え続けた。
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突き刺さるような『気』を感じコウは撥ねる様にして目を覚ます。
しばらく感じていなかった、あまりに鋭利な気。
「…みんな起きてくれ」
「ん…どうしたの?」
「敵が…来る」




