第83話 魔導生命編〜震撼〜
水の巫女ターニャはかつてない程に憤っていた。
これほどまでに苛立ちを覚えたことはないだろう。
その怒りの対象は目の前の青年。
飄々とした態度と含み笑いを浮かべターニャと対峙している。
それが殊更ターニャの苛立ちを促した。
「答えなさい!貴方は私を……いえ、私の何を知っているのですか!?」
「……何を焦っているんだい?何を苛立っているんだい?君の欲しい情報はまだ話す事はできない。だがいずれそれを手にする時が来る。何故それを待てないんだ?」
「……焦っているわけではありません。ただもどかしいのです。目の前に求めるものがあるのに手に入らない。それが私にとって渇望するものである程もどかしさが募るのです。私はまだそれを我慢出来るほど成熟していないから……この感情を抑えられないのです」
「ふむ。それはある種の成長痛とも言えるね。だが……まだ足りない。苦痛も辛苦も何もかもがまだ足りなさすぎる。君の撓んだ魂を定着させるには知ることよりも先に体験しなくてはならないことがある」
「それは……なんだと言うのですか?!」
ターニャの悲痛な叫びにアルファスは口角を上げて嗤う。
そして一言。
「死だよ」
「死……?」
「正確に言えば臨死体験かな。生は死と表裏一体。魂は肉体の死と同時に浄化される為に輪廻の回廊を渡る。だけど本当に死んではその肉体は朽ちるしかない。だから擬似的に死を体験する事で魂の有り様を感じるんだ。それが出来た時君は一人の人間としてこの世界に受け入れられるのさ」
「意味が……分かりません!!」
ターニャの叫びに呼応して水の精霊たちが一斉に激動する。
それと同時に水の精霊たちが織りなして現出させた水の龍もまた目の前の十星に向かっていく。
大量の湖水が変わらず微笑をたたえる十星の青年に牙を剥く。
その牙がアルファスに届く前に。
アルファスは瞳に闇色の光を宿らせて不気味に嗤う。
「……その意味を知るのはこれからだよ、水の巫女」
グァッと掌に顕れた黒玉が一気に大きくなり全てを吸いこむように激しく吸引していく。
その勢いに抗えない精霊と水の龍はその身体はもちろん精霊体、即ちアストラル体でさえも逃れる事適わず徐々に削り取られていく。
「ああ!?水の精霊たちが……皆が吸い込まれていく……!」
「ふ、従精の神眼といえど所詮は一方的な隷属の力。それではバトレシアのように精霊の力を十全に使役する事は出来ない。尤もその神眼の経験が足りないというのもあるけどね。どちらにしろ僕に歯向かうにはまだ君は未熟なのさ」
力の差を見せつけるように一気にケリをつけようとするアルファス。
しかし。
強力な重量吸収で削りとっている筈の水の龍の体躯が再び元に戻りつつあるのに気づく。
「なに?精霊たちが更に巫女に集結していく……?」
「ごめんね……皆もう少しだけ……もう少しだけ力を貸して……お願い!!」
祈るように両手を胸の前で合わせると更に多数の精霊たちがターニャの元に集うとその姿を水の龍に変えていく。
その場に合わせて3体の水龍が顕れる。
もはや混沌の坩堝と化したラーセンは逃げ惑う人々で埋め尽くされていた。
ある者は逃げ惑う者に押しつぶされ。
ある者は荒ぶる湖に落ち。
ある者は黒玉に吸い込れそうになるのを懸命に堪えていた。
それを見たアルファスはターニャに問いかける。
「水の巫女。この騒動は君の我儘から起きているという自覚はあるかい?君がもう少しだけ僕の言葉に従っていればこんな騒ぎにならずに済んだというのに。どう対処するつもりだい?」
「これは……確かに私の責任です。でも私は!私の全てを知る為に、そしてこの地を平穏に戻す為に!貴方に勝つ!!」
「……いいだろう、やってみたまえ。生まれたての魂がどこまでできるか見てあげよう!」
生まれたての魂。
その言葉の意味を知る為にターニャは神眼の力を最大に放出すると水の精霊のみならず風の精霊までもが顕れ暴風を巻き起こす。
その風でもって黒玉の吸引力に対抗し市街の人々を守る。
それを見た街の人間たちは我らが水の巫女の力と知り、またそれに対する男を見ると自然とターニャへの崇敬から喝采が巻き起こった。
アルファスの姿が黒星の二つ名に違わぬ黒づくめだったのが殊更悪役感が増して見え、ターニャの英雄視としての印象に拍車をかけ民衆は歓声を上げた。
「水の巫女さま!!」
「我らが巫女さま!」
「巫女さまが戦っておられる!俺たちを守る為に!」
ワァァァッと大歓声が巻き起こるとその声を力に変えたかのようにターニャは攻勢に出る。
「行け!!精霊たちよ!!」
ターニャの激に数多の精霊が動きだす。
それに対抗するようにアルファスは背面の大きな重力球を細分化し全てを削り取ろうと撃ち放つ。
正に驚天動地の戦いになるその時。
ターニャの背後で巨大な力の奔流が光の柱となってラーセンを覆い尽くした。
「な、なに!?」
「これは……!まさか……!?」
事態が飲み込めない二人。
見れば街の人々はその力に怯え竦んでいる。
「これは神霊力……!?神の力の奔流があの光の柱から溢れている……」
「レザースめ……しくじったか……?」
事態の急変にターニャとの戦いに気を取られている場合ではないと判断したアルファスはターニャに呼びかける。
「水の巫女よ!今この時は互いの意地よりもあの力に注視すべきだ!一旦その力を収めてはもらえないか!?」
「……仕方ありません。確かにあの力は無視できません。でも……」
でも。
その後に続く言葉が出てこなかった。
内容は理解している。
しかしその記憶がない。
その内容とは。
(どこでだろう……あの力に僅かなりとも覚えがある……気がする。どこだったのか?それが思い出せない)
そう思索している内に目の前の光の柱から更に強大さを増していく。
その光景を見て十星将たる黒星のアルファスは全力で重力球を繰り出す。
その数は100とも1000とも見える程の重力球を現出させ光の柱に向かって撃ち込む。
続いてターニャもまた水龍と風の精霊たちを駆使して光の柱に牙を剥いた。
だが。
瞬間光の圧力により全て霧散しなおもその力は強くなる。
光の柱から一気に膨張したかのような力の圧力にさしものアルファスもターニャも身体が一気に緊張してしまった。
「う……この力は……!」
「身体が……これが噂に聞く、神の圧力……か……!」
かろうじて意識を保ち未だ宙空に漂う2人。
何とか神の威圧を解き放たなくてはそれこそ大惨事が起こり得る。
2人に焦りが出始めたその時。
光の柱がやがて巨大な。
そう巨大だと形容する他ない程までに巨大な人の形を取り始めた。その大きさは正に天を衝くほどだ。
だが人の形。頭部、腕、ふくよかな胸部。細い腰部。そして長い髪を讃えていたが神の表情は直視出来ずにいた。
その姿に人々は恐れ。怖れ。畏れ。
動ける者誰一人いなかった。
神の威風吹き荒れるラーセンに存在する人々の頭に突如直接赫赫たる声が響いた。
『矮小なる人の子らよ、我はこの現世に現臨せしめた。其方らの信仰を我に捧げよ。幾千年の昔、我にそうしたように其方らの信仰と敬虔を我に捧げるのだ。さすれば世界は光に満ち満ち苦痛も無い歓喜溢れる神世の楽園となろうぞ』
それは美しくも畏怖すべき女神の声。
初めて聞く神の声に人々は涙を流して許しを乞う。
女神は邪神であると誰一人として認識してはいない。
しかし。
神の意思は人の精神に極大な負荷を与えてしまい泣き咽び許しを乞う事しか出来ずにいた。
このラーセンでその声に抗っているのは僅か3名。
黒い魔獣、十星将ローグ。
錬金術師、十星将アルファス。
水の巫女、ターニャ。
この3人だけであった。
しかしその3人もまた神の威圧によって身動きが取れずにいた。
まさに神の威風によって滅びの時を待つしかなかった。
(レザースめ……!寝ていた虎の尾を踏んだか!このままではこのラーセンはもとより大湖そのものが消えて無くなるぞ……!)
徐々に神の存在が強大になっていく。
それはベラシアス大陸諸国からも確認できていた。
聖王国バルカードでは。
「あれは!?一体何が起きている!!我らがフェニア神の神託は?神教の見解を早急に確認なさい!!」
女王メーヴェの統率の下、フェニア神教と国政の混乱をギリギリのラインで抑えていた。
豊穣国ティラーニアでは。
「陛下。ラーカニア大湖での神力の奔流は恐らく……」
「うむ。かの者の暴走……であろうな」
「思っていたよりも早い暴走です。このまま放置しても?」
「教皇は何と?」
「神の声は未だ無く達観せよ、との事です」
「……であろうな。神の力には抗わぬが女神ティロンの教え故にな。其方はどう思う?ファーナ」
「教皇猊下のお言葉通り達観すべきかと。何より……」
「何より?」
「かの神滅者はこのような状況にも手はあると言っておりました。私はそれを……信じたいと思います」
ティラーニア国王バレアスは神使ファーナの賭けに近い進言にただ首肯するしかなかった。
そして覇権国家グルトミア帝国では。
「離しなさいよ!!消し炭にするわよ!!」
「落ち着かんか!!馬鹿者が!」
「ラドルがあそこにいるのに!私が行かないでどうするのよ!邪魔するなら誰であろうと殺す!!」
「ダルタニア、鎮まれ。今動く事は許さん」
「リカード!だったら十星将の座を返上するわ!私を縛るものは全て焼き尽くす!!」
「……ダルタニア」
「……!!」
「今は……動くな。いいな?」
「は……はい……」
荒ぶる火の龍ダルタニアを抑えたのは黒衣の宰相。
その瞳に押されたダルタニアは感じた事のない恐怖を宰相から受けただ沈黙してしまった。
その場を去りテラスにてその光の柱を見つめるリカードは一人ごつ。
「ふふふ。まさかこんなにも早く世界の軛が緩むとは。嬉しい誤算か。それとも神々の思惑の筋書き通りか。どちらにせよ……これを機に世界は揺れる。ふふふ……ははははは!!」
そしてグルトミア帝国の還らずの森。
そのとある場所の古びた古屋にある一つの砂時計。
仄かで柔らかな光を放つその砂時計は。
その砂が半分以上落ちていた。
音もなく静かに落ちる砂は相変わらずその量が減る事は無かったがラドルが以前見た時よりも確実に減っている。
古屋は今にも崩れそうだが不思議と荒風にもびくともしない。
その古屋の扉を開く人間が一人。
キィィィと鈍い音を立てて入ってきたのは細身の体躯。
目深にフードをかぶりマントから出したその手の指は細い。
女性であろうか。
子供であろうか。
どちらにせよ華奢な身体の者では魔獣が跋扈するこの森深くまで到達する事はできない。
謎の人物が一人その目の前にあるラドルが言う所の「燐界の砂時計」の前に立ちその細い指で触れようと試みると。
バチィッ!!
強力な雷撃がその人物を襲った。
焦げ臭い匂いが古屋一杯に充満する。
だがその人物はその雷撃を歯牙にもかけずに立ち尽くし、そして。
コトン。
何事も無かったかのようにその砂時計を事もなげに反転して置き直した。
すると砂時計が放っていた柔らかな光は次第に弱まっていきやがて静かに消えていく。
そして再びその砂時計はまた音もなく規律正しく砂を落とす。
ふと見ると半分以下に減っていた砂はいつの間にかガラス上部の砂だまりに満タンで溜まっていた。
それを確認したその人物はふぅ、と一息吐いて一言零す。
「やれやれ…自分のお尻は自分で拭いて欲しいのですけど。まぁ仕方ありませんね。この砂時計はここから動かせないのだから。ラドル様も本当に人使いが荒いです。こんな薄暗い魔獣の森に一人心細く来なきゃ行けないのは報酬で返して貰わないと。でもいつまたお会いできるのでしょうね。もうこのグルトミアにはしばらく寄り付かないでしょうし。ダルタニアも暴れまくるし。私の仕事が本当に増えて仕方ありません。さて……と」
長い独白を終えずに古屋からでてきたその人物を待っていたのは無数の魔獣。
獲物が出てくるのを待ち侘びたのかその口からは獣唾を垂らしている。
それを見てその人物はペロリと舌を舐めずると。
「お腹も空きましたしね、一つ腹ごしらえとしましょうか」
瞬間。
四方からその人物に向かって魔獣たちが鋭い牙を剥き出しにして素早く襲い飛びかかるとブワッと何かが辺り一面を包んだ。
その人物から吹き出した不気味な靄が魔獣を包むようにその場に広がる。
そして。
ドサッドサッドサッ。
その場に魔獣たちが事切れて地におちる。
外傷は無く、魔法による痕跡も無く。
舌を力無く出しながらその場にいた魔獣は全て息絶えていた。
ふぅーとその人物はお腹を摩りながら恍惚とした表情で魔獣たちの亡骸を見下ろしていた。
「ふふ、ご馳走様でした。さあ帰りますか。リカード様に報告しないと。十星将がいつまでも城を空けているとダルタニアがまた爆破しちゃう。『セリカ!どこに行っていたのよ!?』ってね。怖い怖いふふふ」
パキッと枯木を踏んだ音が響くその場は全ての生気が食い尽くされたかのように木々が全部枯れてしまっていた。
軽やかに枯木を踏むリズムはその人物の心情を表しているかの様にご機嫌であった。
83話目です!
この1ヶ月、実は体調を崩してました。
でこの1週間検査入院して色々診てもらいました。
いや、検査は痛くて苦しいですね、二度としたくありません。治療よりも予防。皆さんも身体にご自愛下さいませ。
さてアルファスとターニャの対決に決着がつく前に邪神が目醒めようとしてます。
実はこれで現世に現れたのは2柱めの神様。
そして最後の十星将セリカ。何やら強キャラ感溢れてますね。この子は色々と考えています。立ち位置とか。
でもやはりストーリーに深く関わってくるのは間違いないです。
しかしやっと十星将全部出せたわー。長かった。
で、次回はこの事態の解決前半。
楽しみにしていて下さい。
あ、あとリカード。こやつはもうお分かりでしょうが只者ではありません。そろそろ少しずつ情報を出していきますね。
さぁ動き出したラドルの身辺。次回以降お楽しみに。
感想評価お待ちしております!
ではまた次回☆




