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98. 最後の距離 (1)

 小気味のいい音が鳴り響いた。


「やりました!」

「よくやったぞっ、アイリス!」

「ほんとに上手かったんだね、アイリスさん」

「何? 純奈は疑ってたの?」

「ちょっとだけ。重たくて玉が持てないって言ってるのが似合うなって」

「皆すぐそういうことを言うんだから」


 一年生三人組がわいわいと盛り上がる。どうやら、見事にスペアを獲得したアイリスを褒め称えているらしかった。


「……勝てたと思う?」

「最初から勝てるなんて思ってませんでしたよね」

「あ、そっか。諦めてたもんね」

「僕はアイリスさんの実力を知ってましたから」


 対して、自分と悠の二人組はいつも通りの穏やかさ。碧依や莉花がいないこの組み合わせで波風が立つようなことなどあるはずもなく、淡々と回ってきた順番を進めていくだけ。


 では、その碧依や莉花はどうかというと。


「え……? 勝て……、え?」

「だから言ったでしょ? アイリスさんは上手かったよって」

「いや、ほんとだとは思わないでしょ……」


 目を見開いてアイリスを眺める莉花を、慰め半分、呆れ半分といった様子で碧依が見つめていた。自分も含めると、一体何重構造なのか。


「ギャップが凄い……。でも、そのギャップもいいかも……」

「もう何でもありだね」


 呆れの割合が七割に増えた。


「好き勝手言ってますね、向こう」

「僕達を挟んでるから多分聞こえてないと思うけど、もし聞こえてたら逃げそうだよね」

「それをも狙っての配置だったのかもしれませんよ?」

「だとしたら策士だ」


 そんな取り留めのないことを話しながら、次の順番が回ってくるのを待つ。一年生組が三人と一人多いので、その分二年生二組は待ち時間が発生していた。


「……」


 若干の手持ち無沙汰感を抱きつつ、何の気なしにアイリスへと視線を向ける。そのタイミングで向こうもこちらに視線を向けたのか、瑠璃色の瞳が正面から自分を見据えていた。


「……」

「……」


 一瞬の沈黙。それを打ち破ったのはアイリス。


「ぶいっ!」


 左手は腰に当て、右手は前に。小さな手でVサインを作り、ご丁寧にも言葉にまでしていた。見るからに嬉しそうな笑みまで浮かべている。


 こんな場に慣れていない自分からすれば、どんな反応を返せばいいのか悩む場面である。そうは言っても無視する訳にもいかないので、とりあえず拍手をして頷いておいた。


「……!」


 その反応が正解だったのかは謎だが、笑みが崩れていないことを考えると、ひとまず及第点ではあったらしい。


「嬉しそうだったね」

「スペアですからね」

「嬉しかったのって、ほんとにそっちなのかな?」

「……」


 ストライクもスペアも取っていないのに、何故か笑みを浮かべる悠。この時間は穏やかに過ごせそうだと考えていたが、その考えは改めた方がいいのかもしれない。


 少し離れたところで、またもや小気味のいい音が鳴った。どうやら、自分達とは関係のない誰かがまとめてピンを倒したらしい。


 自分にはなかなか出すことができない音を少し羨ましく思いつつ、こんな不思議な状況を作り上げる発端となった出来事を思い出すのだった。




 一月二十九日、月曜日。ここ数日と比べるとやや気温が高く、朝から雨が降り続いていた。


 週の始まりという憂鬱な日に追い打ちをかけるかのような天気に、教室の中にまで曇ったような空気が立ち込める昼休みのこと。


「ボウリング?」

「です。都合が合う人で行きませんか?」


 そんな沈んだ空気の中にあって、それでも一人だけ晴れの中にいるようなアイリスから、そんな提案があった。


「行く!」

「まだいつ行くかも言ってないのに」

「渡井さんのことは気にしなくていいと思いますよ」


 莉花の手が高々と掲げられる。アイリスの言う通り、まだそれ以外の情報が何もない段階でのその仕草は、どう考えても見切り発車だった。


「予定なんてね、合わせるものなんだよ」

「渡井先輩の都合が悪い日に合わせますか」

「穏やかな日になりそうですね」

「おい」


 一瞬にして莉花の声音が剣呑なものに変わった。扱いを考えれば、それも当然のことのように思えるが。


「あ、ちなみに、今週の土曜で考えてます」

「本当に先輩方の都合がよかったらでいいので……」


 アイリスと二人して莉花を捌いていると、紗季と純奈が提案の補足をしてくれた。思えば、三人揃って昼休みに二年生の教室に来るのはやや久しぶりである。


「私は大丈夫だよ」

「僕も。あんまり休みの日に予定は入れないからね」


 肝心の日程という情報を得た悠と碧依が、揃って了承の言葉を返す。碧依がその日を楽しみにするような表情を浮かべているのはイメージ通りだが、悠も似たような顔をしているのは少し意外だった。案外、そういった場も好きなのかもしれない。


「じゃあ、水瀬先輩と羽崎先輩は決定ですね」

「莉花も決定でいいんじゃないかな?」

「い、一応日にちを伝えてからはまだ返事がないですから……」

「さっき意味が分からないことを言ってた辺り、多分大丈夫だと思うんだけどな」

「意味が分からないって何だ」


 これ以上ないくらい気軽に矛を向けた碧依に、莉花が抗戦の構えを見せる。何もしていないはずなのに、莉花の周囲には敵しかいなかった。日頃の行いの結果とも言える。


「で、渡井先輩は都合が悪いですよね?」

「聞き方よ。普通は逆じゃない?」

「分かりました。じゃあ、また今度ってことで」

「待て待て」


 そう考えるならば、一番敵意を持って矛を向けるのは当然アイリス。莉花の言葉を何も聞かないまま、笑顔で刺し貫こうとしていた。


「大丈夫だって言ってるでしょうが。何でそんなに拒もうとするの」

「だって、絶対に私で遊ぼうとするじゃないですか」

「するね」

「皆さん、渡井先輩は不参加だそうです」

「行くって!」


 刺し貫こうとしていると言うより、既に半分刺さっているのかもしれない。


「そこまでするのに、一応聞くのは聞くんですね」


 そのまま押しきろうとしているアイリスに問いかける。そこまで労力を割くなら、最初からこんな場で口にしない方がよかったのではないだろうか。話を聞けば莉花がいの一番に乗ってくることくらい、簡単に想像できただろう。思いと行動がどうにもちぐはぐだった。


「……一人だけ何にも言わないで仲間外れにしたら、それは流石に可哀想というか。そんなことをする嫌な人にはなりたくないというか……」


 微かな逡巡の後に返ってきた答えは、優しいのか優しくないのかよく分からないものだった。少しだけ伏せられた瞳には、一体どんな感情が宿っているのだろうか。


「なので、きちんと伝えて仲間外れにしようかと」

「……」

「余計に質が悪い気がするなぁ……」


 まさかそんな言葉が続くとは思ってもいなかったのだろう。莉花の顔に珍しく苦笑いが浮かぶ。他の四人も、どんな反応をすればいいのか迷っているようだった。


「……全部冗談ですよ」


 そんな空気を感じ取ったのか、アイリスが小さくぽそりと呟いた。途端に場の空気が弛緩する。


「あ、いや、私で遊ぼうとするのは許せないですけど」


 また少し緊張が走った。


「前にも言いましたけど、そこさえ直してくれたらいい先輩なのに。……あれ? これって碧依先輩に言った言葉でしたっけ?」

「何で私に飛び火するの!?」

「あ、つい……」


 その結果、何故か碧依がダメージを負うことになった。今回は何も悪くない辺り、本当に不憫としか言いようがない。


「莉花ぁ……、何か刺された……」

「そこまで心配しなくていいんじゃない? 私はしっかり刺されたし」

「まぁ……、それもそっか……」

「……納得されると、それはそれで腹立つな」


 そんな不憫な碧依が莉花に泣きついたことで、傷付いた者同盟が結成されていた。ただし、決裂は早そうである。


「さ、あとは葵さんですね」


 自身のせいで生まれた同盟になど目もくれず、アイリスがそう話しかけてくる。これまでとは打って変わって朗らかな笑みを浮かべていて、まるでもう答えが分かっていると言っているようにも見える。


 実際のところ、アイリスの考えている通りなのだが。


「来てくれますか?」


 だからこそ、その問いはただの確認。


「もちろん」


 だからこそ、その答えはたった一言。


「えへへ……、分かってました」


 さらに笑みを深めるアイリス。危うく見ている自分の頬が赤くなってしまいそうな、そんな笑みだった。


「分かってて当然でしょ。わざわざ湊先輩が空いてる日を確認してから予定を決めたんだから」

「あっ……!」


 だが、その笑みも長くは続かない。突如現れた紗季という刺客によって、今度はアイリスが攻められる側へと転落する。


「先輩方を誘いたいって言い出したのも、確かアイリスさんだったよね」

「そ、それはぁ……」

「最初からこうするつもりだったんでしょ?」

「うっ……!」


 そこに純奈も加わり、瞬く間に形勢は劣勢に。明らかな状況の変化を悟ったであろうアイリスの喉元から、何かが詰まったような声が漏れる。


 そう言われてみれば、何日か前に予定を尋ねられたような気もする。今の話からするに、あれは布石だったのだろう。


「まぁ、わざわざそんなことをしなくても、僕は大体暇してるんですけどね」

「ほんとにそうだったとしても、きちんと確認はしておきたいじゃないですか……」

「湊先輩に断られたくないもんねー?」

「そ、それ以上は……。もう許してください……」

「うん。やっぱりアイリスはからかわれてる方が様になってるよ」

「嬉しくない……」

「湊先輩はどうです? さっきみたいにからかうアイリスと、今みたいにからかわれてるアイリス。どっちが好きですか?」


 どう答えても一悶着ありそうな聞き方をしてくる紗季。その口調はとても楽しげで、全力で場を掻き乱そうとしているのがありありと伝わってきた。


 それでも、あえて答えるなら。


「その二つなら、からかわれてる方ですかね」

「ですよねー」

「やっぱり嬉しくないです……」


 感情が色々と忙しそうなアイリスなのだった。




 そして迎えた、二月三日、土曜日。やや雲が多いながらも、辛うじて晴れと言えなくもない、そんな日の午後一時。


 誰一人として約束の時間に遅れることなく、集合場所となったボウリング場に七人が揃った。正直なことを言えば、誰か一人くらいは間に合わない人がいるかもしれないなどと失礼なことを考えていたが、案外そうでもなかったらしい。


「七人ですけど、どんな風に分けます?」


 受付票を記入していたアイリスが、残り六人を見回してそう問いかけてきた。


「四人と三人じゃだめなの?」

「ちょうど二年生組と一年生組でそうなるしね」


 答えたのは碧依と悠。その提案は至極真っ当な分け方ではあったが、受け取ったアイリスの表情を見るに、あまりぴんとは来ていないようだった。


「何か気になることでもありました?」

「あ、いや、気になるってわけじゃないんですけど。四人にしちゃうと、待ち時間が長い人ができて退屈かなって思っちゃいまして」

「そういうものですか?」

「まぁ、そんなに気にする程の時間じゃないんですけどね」


 記入用のボールペンを弄りながら、自身の言葉を否定するようにアイリスが言う。あんな風には言っていたものの、実際そこまでこだわりはないらしい。


「四人と三人じゃないとしたら、三人、二人、二人?」

「一応それでも綺麗に分けられますね。先輩方は男女二人ずつなので」


 莉花が提案した分け方を補足するように紗季が言う。必ずしもそんな分け方をしないといけない訳ではないが、確かにその分け方でも上手く分けることはできそうだった。


「……個人的に思うところがあるので、渡井先輩が言った分け方にしましょうか」

「あれ、珍しい。アイリスさんが私に乗ってくれた」

「思うところって何だろうね?」

「言いませんもん」


 このまましばらく決まらないのかと思いかけたところで、アイリスが謎の一言と共に決定を下した。そんなことをすれば、当然碧依辺りが黙っていない。


「気になるなぁ……」

「あんまりしつこく尋ねてくるようなら、碧依先輩だけ名字で登録しておきますよ」

「やめてよ。何か仲間外れ感が凄いんだけど」

「と言うか、名前で登録してたんだ?」

「うん。名字は何となく違うなって思って」

「まぁ、確かに……。あんまり仲良くない感があるよね」


 その何となく違うところに碧依だけを放り込もうとしていたにも関わらず、アイリスに気にした様子は全く見られなかった。あまりにも自然な敵扱いである。


「そんなわけで、葵さんと碧依先輩は一緒のレーンにはなっちゃだめですからね?」

「え? 何で?」

「だって、平仮名でしか表示されないんですよ? 二つ『あおい』が並んじゃいます」

「別に私は気にしないけど……。葵君は?」

「穏やかに過ごしたいので、僕は羽崎君と一緒がいいです」

「何か期待してた答えと違う……」


 自分の答えのせいで、やや肩を落とす碧依。どんな答えを期待していたのかは何となく想像できるが、何故かその答えを口にする気にはなれなかった。


「葵さんもそう望んでますし、紗季が言ってた分け方で書いておきますね」

「もやもやするなぁ……」

「何か? 碧依は私と一緒じゃ嫌か?」

「それはいいんだけど、何か上手いことやり込められた感があるの」

「じゃあ、ボウリングでやり返す? 負けたら罰ゲームってことで」

「絶対にやめた方がいいよ」

「絶対にやめた方がいいです」

「え?」


 恐らくは、何の気なしに提案してきたのだろう。莉花の表情はいつも通りで何も変わらない。


 だが、対する返事はいつも通りでも何でもなく。聞いていただけだったはずの自分の口からも、碧依と完全にシンクロするように制止の言葉が飛び出した。


「何で? しかも湊君まで」

「悪いことは言いませんから、それだけはやめておきましょう」

「アイリスさん、あんな見た目をしてるのにボウリングが上手いから」

「聞こえてますよ。『あんな見た目』って何ですか」


 過去の苦い記憶が蘇る中、何としてでも莉花を止めにかかる。余計なことをして、受けなくてもいい罰ゲームを受けるなどということにはしたくなかった。アイリスに勝てないことは、端から分かっている。


「私はいいんですよ? 罰ゲームありでも」

「僕に何を着せるつもりですか」

「最初から負けるつもりなんだね、湊君」

「しかも、罰ゲームの中身も何となく分かってるんですね」


 珍しく強気で提案してくるアイリスだったが、まさかそんなものに乗る訳もなく。最も効果のある護身は、危険に近付かないことである。あまりにも早い撤退ぶりに、悠と純奈が困ったような笑みを浮かべるのも当然のことだった。


「何か際どいものでもいいかもしれませんね……!」

「……何が際どいのかは聞かないことにします」

「スカートの長さとか、色々です」

「聞かないって言ったのに」


 少しだけ頬を赤らめて言っている辺り、実現してしまうと本当にまずいものなのかもしれない。最早恐怖しかなかった。


「とまぁ、アイリスさんがあんな風に言えちゃうくらいなので、罰ゲームは絶対にやめておこうね?」

「ほんとにぃ?」

「莉花がどれくらい上手いのか知らないけど、やるんだったら莉花とアイリスさんだけでやってね?」

「……そこまで言うんだったら、やめておくけどさ」


 どうにもまだ納得がいかないような表情で呟く莉花。どうせこの後嫌でも思い知ることになるのだから、今はその譲歩が引き出せただけで御の字である。


「さ、準備できました。行きましょうか」


 記入し終えた受付票を手に歩き出したアイリスを追って、その隣に並ぶ。初めて来るので詳しいことは分からないが、受付票なので文字通り受付に渡すのだろう。


「どれくらいやるかって決めてるんですか?」

「そこは流れでいいんじゃないかなって思ってます。あんまり長くても疲れますし」

「終わった後、アイリスさんの腕がぷるぷるしてそうですね」

「慣れてない葵さんの方がしてそうですよ?」


 悪戯っぽい笑みでそう返されてしまえば、自分から言えることは何もない。そんな表情ではあったが、その言葉は確かに納得できるものだったからだ。


「罰ゲームとかはないにしても、いいスコアが出せたらご褒美くらいは貰ってもいいかもしれませんね?」

「それを本人が言うんですか」

「そういうのがあった方が頑張れます!」

「まぁ、考えておきますけど」

「やったぁ!」


 まだご褒美が確定した訳でもないのに、途端にアイリスの足取りが軽くなる。心なしか、体全体が跳ねているかのようにも見えた。この上なく感情が分かりやすい後輩である。 


 どの程度をいいスコアをするのかは決めていないが、一応ご褒美とやらの内容に思考を巡らせる。本人に尋ねるのが一番手っ取り早いのだろうが、それをすると罰ゲームと大して変わらないような提案がありそうで、迂闊に尋ねることもできなかった。


「自然に横に並んだね」

「それもそうですけど、アイリスさんへのご褒美は湊先輩があげるってところも、自然に決まってましたね」

「あれでまだそうじゃないって言うんだから、ちょっと信じられないよね」

「クリスマスがそうじゃなかったってことは、バレンタインだったり……?」

「近々何か教えてくれるかも……?」


 先頭を歩く自分達の後ろで悠と純奈が何かを話しているのが聞こえたが、ご褒美に大半を支配された意識と目の前に広がったレーンの喧噪で、その内容はほとんど聞き取れなかった。




 そして、今に至る。


「渡井さんも頑張ってるけど、流石に向こうには届きそうにないね」


 悠が忙しそうに視線を左右に振る。その先では、アイリスと莉花が次の準備をしていた。これまで詳しいスコアを確認していなかったが、折り返しまで来て、アイリスが三十点程リードしているらしい。


「渡井さんも意外と上手いんですね」

「ね。罰ゲームとか言い出した理由が分かったよ」


 この場にアイリスがいなければ、間違いなく一番のスコアだったのだろう。しかし、残念ながら今日の主役はアイリスと言いきってしまってもよさそうだった。


「次は羽崎君ですよ」

「うん。任せて」


 何か状況に噛み合っていない一言を残しつつ、悠がオレンジ色の球を手に取る。用意されていた球の中では中間程度の重さではあるが、それでも華奢な悠が持っていると重そうに見える。悠が自分のことを見る時も、同じような印象を抱いていたのだろうか。


 ぼんやりとそんなことを考えている目の前で、悠が早々と二投を終える。倒れたピンの数は八。これでまた悠との差が開く。


「ご褒美は何をあげるか決めたの?」


 これまでと同じように発生した待ち時間を潰すように、戻ってきて早々に悠が話題を振ってきた。どちらかと言えば話を聞く側に回ることが多い悠にしては、やや珍しい行動ではある。


「まだあげるとは決まってないですけどね」

「どんなスコアでもあげるって顔をしてたよ?」

「……どんな顔ですか」


 本当にそう決めているとは言わないが、頭の片隅にあるにはあった考えを見抜かれてしまって、どこか落ち着かない気分になる。そこまで表に出していないつもりだったが、見る人によっては分かりやすかったのかもしれない。


「まあまあ、あんまり気にしないで」

「羽崎君が言い出したんですからね?」

「そこもあんまり気にしないで。それよりもご褒美だよ」


 これまた本当に珍しく悠が押してくる。ここまで来ると、裏でアイリスと手を組んでいるのではないかと疑ってしまう程だ。


「そんなに興味あります?」

「興味があるっていうか、最近湊君をからかえる機会があんまりなかったからね。今のうちにからかっておかないと」


 ぱこん、と。隣のレーンで数本のピンが倒れた音がしたが、今そちらに意識を割く余裕はなかった。目の前の楽しそうな悠を捌くのに精いっぱいである。


「今日はいい性格をしてますね」

「いつもは周りにそういう人がいて埋もれちゃうから」

「そのまま埋もれていてもいいんですよ?」


 先程も思ったことだが、穏やかに過ごせると思って悠と組んだのに、その思惑は早くも崩れ去っている。最早、この場の誰と組んでもこうなっていたとしか思えなくなってきた。


「残念だけど、今日の僕は芽が出ちゃった」

「水はあげませんよ」

「大丈夫。勝手に水が降ってくるみたいな感じだから」

「……」


 その言葉が何を意味しているのかは、今の悠には尋ねない方がいいのかもしれなかった。


「葵さーん? 次は葵さんですけど、どうかしましたー?」


 そうして悠にからかわれているうちに、どうやら自分の番が回ってきていたらしい。それを同じレーンの悠に言われるならともかく、どうして隣のレーンにいるアイリスに言われているのだろうか。不思議な状況もあったものだ。


「呼ばれてるみたいだし、続きは後にしようか」

「……続きがあるんですね」

「もちろん」


 とても清々しい笑顔で口にする悠。どうやら、逃れる術はどこにもないようだった。




「よくよく考えてみたら、ご褒美って言われても……」

「何をしてあげても喜びそうだもんね、フリーゼさん」

「そこまでは思ってませんけど、悩ましいのは確かです」


 残すは最終フレームだけとなった、恒例の待ち時間。一年生組の三人目である紗季が準備をしているのを横目に見ながら、隣に聞こえないように小声でやり取りを交わす。


 そこまでしなくても喧噪に紛れて聞こえなくなりそうな気はしたが、本人に聞かれるのがうっすらと恥ずかしくて、思わず小声になってしまったというのが正直なところだ。


「もういっそ、何をしてほしいか聞いちゃうのはだめなの?」

「それも考えましたけど、結局行き着くところに行き着きそうで」

「行き着くところ?」

「羽崎君も着ますか?」

「あぁ……。遠慮しておくね」


 たった一言だったが、それでも言わんとすることは伝わってくれた。


「アイリスさんがお願いしてくることって、大抵そういうことばっかりですから」

「それもどうなんだって話だけど……」


 体育祭の時に悠も巻き込まれた経験があるからなのか、そこは全面的に同意してくれたようだった。ただし、こんな同意は欲しくなかった。


「さっきも似たようなことを言ってましたし」

「まあでも、あれって罰ゲームって言ってたからでしょ? ご褒美だと、また何か違うんじゃないの?」

「本当にそう思います?」

「……多分」


 言った本人も自信がないのか、そっと目を逸らされた。何なら、声はさらに小さくなっていた。最早辛うじて聞き取れるレベルである。


「あ、湊君の番だね」


 そうして目を逸らした先で状況を把握したのか、悠が話の流れを断ち切るように口にする。見れば、いつの間にか紗季も二投を終え、三つのレーンが全て最終フレームに入っていた。


「何にせよ、思い付かないんだったら聞いてみるしかないんじゃない? 案外、本当にコスプレ以外になるかもよ?」

「本当にそうなったらいいんですけど……」


 何の案も浮かばない自分の頭を恨みつつ、半ば諦めるように一言零す。どうにもならない以上、悠が言う通りアイリス本人に希望を聞くより他はない。


 最終フレームのために立ち上がりつつ、そのアイリスのスコアをちらりと確認する。


 何度も快音を響かせていた時点で察してはいたが、案の定自分では到底届きそうにない数字が表示されている。最終フレームがまだ残っているのに、既に百点台の後半に足を踏み入れていた。


「……」


 ご褒美は確定と言ってもよさそうだった。




「調子がよかったです!」

「それはそうでしょうよ」


 最終的なスコアが表示されたパネルを見ながら、アイリスに答える。自分が初心者だということもあるが、危うくダブルスコアになるところだった。アイリスが胸を張って言うのも頷ける。


「あんなの、誰も追いつけないって……」

「莉花も頑張ってたんだけどね。残念だったね」

「ぐぅ……」


 そんなアイリスの陰に隠れている訳ではないが、悔しがっている莉花も百点台後半に手が届きそうなスコアではあった。


「碧依と湊君が言ってた意味、やっと理解しました……」

「やめておいて正解だったでしょ?」

「はい……」


 肩を落とすようなスコアでもないのに、上がいるせいでそうも思えなくなってしまう。知りたくなかった感情に揺り動かされる莉花が、そこにいた。


「さて、じゃあ次はどうします? おんなじ組み合わせのままなのも、あんまり面白くないかなって思うんですけど……。アイリスはどう?」

「私もできたらシャッフルしたいかなって。純奈は大丈夫?」

「うん。私もそれがいいと思う」

「そんなわけで、シャッフルでどうでしょうか?」


 一年生三人の意見を取りまとめた紗季が尋ねてくる。どうせ誰と組んでも賑やかになることが確定してしまった今、その提案を断る理由などどこにもない。


「僕は大丈夫ですけど、三人はどうです?」

「じゃあ、僕もそれで」

「私もいいよー」

「次は勝つ……!」

「一人答えになってませんけど」

「いいよいいよ。莉花もどうせ大丈夫って言うと思うから」


 あっけらかんとそう口にする碧依に、一瞬だけそれでいいのかと考えてしまう。だが、確かに莉花なら細かいことは何も気にしなそうだと思い直して紗季に答えを返す。


「そうしましょうか」

「分かりました! じゃあ、また組み分けからですね!」


 そう言って、紗季が残り六人を見回す。


 さらに賑やかになりそうな二回戦が、すぐそこに迫っていた。

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