女神が代わりに
俺とサキュバスだけだった(ジルもいたけど)、二重の意味で夢の世界に乱入してきたのは女神だった。
彼女は俺と、その隣に寄り添うサキュバスを嫌悪するような目で見てくる。
「……寄り道すんのはお前の自由だけどな、それにしたってこんな所に来るのかよ、お前」
「なッ、なんでお前がここに……!? どうやって入って来た!?」
驚きで咄嗟にそんな事を聞いてしまう俺だったが、聞くまでもなかった。
女神は頻繁に俺の夢の中に介入してきたのだから、そりゃあその夢の中にやってくるなんて難しい事でもないだろう。
……という事はもしかして、女神の正体はサキュバスだったのか? 今俺の隣にいる子と同じように夢の世界へ入り込めているのはそういう事なんだろうか。
「もしかして……一緒にしてくれるのか!?」
『してほしいのか……?』
「それなりに……」
「馬鹿な事言ってんじゃねえよ、誰が他の女と一緒になんかヤるかよ」
やはり断られたか。なんだかんだ言って俺の好みドストライクだからちょっと残念だな。
「なんだよ、だったら早くどっか行けよ、俺は今集中してたとこなんだぞ」
「……こっちはそれを止めに来たんだよ」
「ッ、なんでだ!? こんなにこのサキュバスの子はノリノリなのに……あれ?」
バッと横を見ると、さっきまで俺にしなだれかかっていたサキュバスは体を離し、顔面蒼白で女神を凝視していた。
姿勢を正し、直前までの俺を誘惑するような雰囲気はなりを潜めていた。
「あ、あなたは……クイーンの……!」
「クイーン? ……こいつサキュバスの女王だったのか!?」
「俺じゃねえよ。なんだ、まあ……知り合いがそんなだが」
サキュバスの女王……の、友人なのか。そんなのが現れてこの子はここまでビクビクしているのか。
「ど、どのようなご用件で……?」
「そいつ、ザックって言うんだが、俺が先に目を付けてるんだ。悪いけど手は出さないでくれるか?」
「なっ、何だと!? お前目ぇ付けてるだけで何もさせてくれないじゃねえかよ!!」
「拝命いたしました! 村の者にも強く、強く言いつけさせていただきます!!」
正座のまま深々と頭を下げ、サキュバスの女の子は夢の中から消え去ってしまった。
俺は彼女の居た場所へ手を伸ばすが、もうそこには何の感触も残っていはしなかった。
「ち……畜生、なんで、こんな……!! 許せねえ、許せねえよ……!!!」
『お前、泣くほどかよ……』
その場に膝を突き、俺は悔しさのあまり泣いていたようだ。ジルに言われて頬を伝うものに気が付く。
……魔王の姿になってみんなの前から逃げた時も、泣くまではいかなかったのにな。
「とりあえずこれでお前はもうサキュバスに襲われる心配はいらないな。連れの魔女の方は……大丈夫か。女は襲わないみたいだな」
「馬鹿野郎……、誰がこんなことしてくれなんて頼んだよ……!」
「ザックが何もしないから代わりにやってやったんだろ。メルキオも片付けてすぐ来てんだから、もう少し感謝しろよ」
「……? メルキオ? 何の話だよ」
サキュバスの事で頭がいっぱいだったが、なぜかもう脱出した国の名が出てきて俺は聞き返す。
「お前があの国の連中殺さないから、俺が滅ぼしておいてやったんだよ」
「そうかよ、そんな事よりも俺は……」
『あぁ? 滅ぼした? おいザック、全然そんな事、じゃねぇぞ!?』
もっと悲劇的な事に意識を持っていかれていたが、ジルの言葉に改めて女神の話を咀嚼し、俺は顔を上げる。
「……どういう事だ!?」
流石にもうこんな事気にしている場合でもないと悟り、俺は女神を問い詰める。
「バハムート教団だっけか。邪教呼ばわりされてるが、あの国じゃいつまでも勢力を伸ばしてくのが視えた。……で、その自殺者集団に巻き込まれるのを嫌った連中が別の地域、島の外まで移り住むのもそう遠くない内に起こる未来だ」
「それが、なんで滅ぼすなんて事に繋がるんだよ」
メルキオに、銀の災厄が降り立ったのだろう。だがなんでそんな事を。
聞く限りでは異常者の異常行動に付き合いきれなくなっただけの一般市民の避難だ。なぜそれがメルキオの人間を皆殺しにする事に繋がると言うんだ。
「……教団のシンボルが何で出来てるかは覚えてるな?」
「銀だろ。……まさか頭のおかしい連中が銀を身に付けてる国だから滅ぼしたのか!?」
「俺だってそこまで短気じゃねえよ。……考え方は合ってるけどな」
俺の予想は正解に近かったらしい。女神はいいか? と前置きして言葉を続ける。
「国から出た奴は色んな所へ行く。別の大陸まで船で渡って、この村にも来るかもしれねえな。……もちろん、その先の、ザックの帰ろうとしてる街にもだ」
「そう、かもな」
「孤児院の近くにだって来るかもしれねえ。……で、ザック。お前の冒険者パーティの名前、何だったよ」
「『銀の孤児院』だろ、それが何……。まさか」
そこで俺は嫌な想像をする。バハムート教団は銀の彫刻をシンボルとしている。そして、メルキオの正常な市民は銀を持つ者を酷く嫌い、銃さえ持ち出す始末だ。
俺は不在だがレヴィアタンの討伐を成し遂げたリィンたちはその名も、パーティ名も有名になっている事だろう。もし、それをメルキオの難民が聞きつけてよからぬ話の繋げ方をしたら。
「……気付いたか。シスターに危害が及びそうだったんでな、俺があの国を消しといた」
「ッ……。だからって、なにも皆殺しなんて。それにシスターが危なくなるなら、なんでそう言わなかったんだよ!」
「一応聞いただろ、あいつらぶっ殺して来いって」
「あれだけで誰が頷くかよ!! ちゃんと説明してたら……、して、たら」
「……説明してもやれてなかっただろ」
言葉に詰まる俺に、女神はもう見てきたかのような口調で言う。いや、実際に視てきたんだろうな、俺がどうしたかを。
それに気付いたからこそ、俺もそこから先を叫ぶ気にはなれなかった。
「ザックだけじゃなくてジル……もやる気ないみたいだったしな、俺がやっとくしかないと思ったわけだ」
『へっ、俺がそんな下らねぇ事に力使わせるかってんだ』
「……この調子だ。魔剣の力を使えねえお前とあの魔女とじゃあ全部は殺しきれないでいくらか逃がすし、そいつらのせいでお前も賞金首になって孤児院に顔出し辛そうにされてたら、無理強いはしたくなくなっただけだ」
「そういう未来になってた、って言いたいのか」
「どうだかな、単なる俺の予想かもしれないぜ?」
女神ははぐらかすが、十中八九そこまでの未来を視てきたんだろう。
そして孤児院に行けなくなった俺はこいつにとって都合が悪いから絶対に断られるような頼み方をして、自分で片付けてきたわけか。
「まあお前に何かしてもらおうって話じゃなくて、もう心配いらねえって言いに来ただけだ。……寄り道しないで帰れよ?」
言いたい事を言い終えたのか、女神は最後にそれだけ言うと俺の目の前から消えていく。
残されたのは、俺とその腰の魔剣であるジルだけになった。