真の顔を見せる
「すごく美味しかったです! ありがとうございました!」
「おう、また会おうな」
支払いの時、コックの彼女は俺の心からの言葉に満面の笑顔を返してくれた。めっっちゃめちゃ可愛かった。
ヤバいな……なんか既に俺と再び顔合わせるの前提みたいな事を言われたが、まんまとその誘いに乗ってしまいそうだ。料理も愛想も良いって最高じゃないか?
そんな事を考えながら俺はカーナと一緒に食堂を出る。
「美味しかったね、カーナ」
「はい……。臭いは、気になりますけれど、味は……申し分なく……」
「……眠そうだね。お腹いっぱいになった?」
俺の背の彼女はいつもよりも喋りがゆったりして、どことなく瞼も重そうだ。
「そんな……子供みたいに……言わないで、くださ……」
「はは……。俺とそんな変わんない歳なんだろうし、無理しなくていいよ」
「あら、眠いのでしたらウチで一休みしていかれては?」
来た道を戻り、受付の前を通った時にそんな言葉を投げかけられる。
振り返るとニコニコした顔で受付の人が俺たちを見てくる。
「え、いや……。俺はカーナと、そういうのじゃないんで」
「別に何もしなくても。美味しいものをたくさん食べたら眠くなるのは当たり前でしょう? 他意の無い食後の休憩でもいかがです?」
『……なるほどなぁ。メシ食わせて、宿代も取ろうってワケか。商売の上手い事だぜ』
ジルの言葉に俺も感心する。なるほど、あの美味しい料理はそのためでもあるのか。
結構量もあったし、俺もカーナほどではないが若干眠気もある。知らず知らずの内に食べ過ぎていたのかもしれない。
うまいのは、料理だけじゃなかったって事だな。
「じゃあ……2部屋借ります」
「あらあら、折角のチャンスなのに。1部屋にするなら半額にしちゃいますけど?」
「いえ、2部屋で!」
とはいえ流石に同じ部屋では休まない。カーナの事をそういう目で見てはいないが、彼女だって俺と一緒は嫌かもしれないしな。
「いえ……、わたくし、は……」
「大丈夫だよ、お金には余裕あるから」
食事代も俺が払ったせいか、カーナも俺の財布を心配しているのだろう。かなり良心的な値段だったのでそんなの気にしなくていいのに。
「私なら一緒の部屋にするんですけどねー。ウチのベッドは大きいし、一生の想い出になりますよ?」
「1人で寝た方がもっと広いでしょうよ! ほら、ちゃんと払うから!」
「はーい……」
見るからに渋々、という態度で受付の人は部屋に案内した。だからカーナの事そういう目で見てないんだってば。どっちかというと受付のこの人の方が好みだった。巨乳だし。
1日ではなくほんの数時間の滞在という事にしたおかげか、2部屋借りても普通に安かった。
やはりここがサキュバスの村というのは事実なのかもしれないな。やたらと誘惑してくるし。
ともかく俺は案内された部屋の片方にカーナを運び、ベッドの中に入れてあげた。
そして俺もその隣の部屋で横になる。カーナの方もそうだったが、言われた通りに大きなベッドだった。詰めれば5、6人は並んで寝られそうだな。
「おやすみ……」
『おう。……まぁなんかあったら起こしてやるから、とりあえず休んどけ』
なんかあったとしたらサキュバス関連だから、別に起こさなくてもいいかな。
……それにしても結局俺はこの村でサキュバスらしい存在は見られなかったな。出会う人はみな女性だったが、淫魔という感じの風体の者はいなかった。
食堂では若干そんな気配がないでもなかったが、あれも冗談か何かだったかもしれないしな。やっぱりバハムートの情報が不確かだったのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺はあっという間にふかふかのベッドに意識を持っていかれる……。
……。
なんだろう、なぜか、とてもいい香りがする。
眠っていたはずの俺は、その正体が気になり目を開けた。
「あはっ♡ やっと起きましたかぁ?♡」
そこは見慣れた空間。ただし、現実のではなく俺が女神に呼ばれる時によく見た光景だ。
夢の世界。上下の概念すらあやふやなそこにいるのは俺と、女神ではない魔物だった。
甘い声色の女。頭から角を生やし背中には小さな翼。そこに煽情的な薄着をした、まさにサキュバスという容姿の存在がいた。
「サキュバス村、というのは本当だったのか……!!!!」
この村に入り、どこまで行っても確認できなかったその姿。とうとう現れたその魔物を前に、俺はバハムートの言葉が正しかったのだと分かりガッツポーズした。
「あらぁ、そんな事を知ってていらしてただなんて、いやらしいですねぇ♡」
「いやー、村に来てすぐには普通の女の子しかいないみたいだったから帰ろうかと思ってたんだけどね」
「うふふっ♡ 私たち、普段は目立たないように本当の姿を隠してますから。……でも、夢の中ではぜぇーんぶ見せてあげちゃいますよ♡」
なるほどなぁ。確かに目立ちすぎると不都合も多いのだろう。俺も行列とか並んで順番待ちするの得意じゃないしなぁ。あと一応魔物ではあるから討伐依頼が出たりするかもしれないのかな。
「……ところでなんか見覚えある顔のような」
念願の存在が現れて浮かれていた俺だが、目の前のサキュバスの顔、どっかで見たことある気がする。
しかもつい先日、いやほんの数十分前に見たかも。
「覚えててくれたんだぁ♡ 嬉しいなぁ……♡」
「あ、いや、名前は分かんないけど……。どこだっけ、ついさっきだったと思うんだけど」
「おいしいご飯、作ってあげましたよねぇー?」
「……えっ、あのコックさん!?」
言われると、確かに同じ顔だった。口調が変わり、衣服も髪色もド派手になったのですぐには分からなかったが、たしかに胸がデカい。
「……でも口調は食堂で会った時の方が好きだったな」
「えー? じゃあ……あんたの好みに合わせようかね」
一つ咳ばらいをすると、声色と口調を食堂で話していた時と同じに戻してくれた。うん、やっぱりこの方が興奮するよな。
「お前もそう思うだろ?」
『……最悪の話題を俺に振るなよ』
「? 誰に聞いてるんだい?」
女神の時と同じく、ジルもここにいたみたいなので同意を求める。が、魔剣の声はサキュバスの彼女には届かないようだ。
「あ! あとできれば服装も食堂の時と同じにしてもらったりできます?」
「……えっと、裸エプロンって事かい?」
「いや! そうではなくてちゃんと服も着ててください。できるだけ現実と同じ格好で」
「な、なんだい……こんな所まで来るくせしてサキュバスがお嫌いなのかい……?」
「好きなんだけど……「美味しい料理を振る舞ってくれて俺に気があるっぽい地味めの姐さん口調の料理人」と「思い描いてた通りのサキュバス」だと……僅差で前者に軍配が上がります」
「そ、そうなのかい……」
「……あ、でも「その人の姿に変身して現実では到底叶えられないようなエロい事してくれるサキュバス」も俺は……いいと思います!!」
難しい問題だ。きっと、この2択には正解なんてものはないのかもしれない。俺の答えだって、それが本当に正しい解なのかどうかは分からない。
だとしても、俺はこの胸の高鳴りを信じ、自分なりに正答を導き出せたつもりだ。
「そう思うだろ、ジル!」
『だから俺に振るなって!!』
「ジル……? 私は違う名前だけど」
不思議そうにしながらも、彼女は要望に答えて衣服を変化させて俺に体を寄せてくる。
「……それより、またこうして出会えたんだ。……さあ、何がしたいよ……?♡」
「くっ……何も抗うすべがない以上、俺はこのまま彼女に身を委ねることしかできない……ッ!!」
『いや俺がいるだろ!!! 使えや!!!!』
は? そんなことしたらサキュバスが傷付くだろ、何を言ってるんだこいつは。
話題振るなって言ったかと思えば思いっきり話に割り込んで来ようとするし、理不尽じゃない?
「ほら、いつまで服着てるんだよ……♡ 何なら私から……」
「いいや、脱ぐ必要はない」
うん、分かる。たしかに着たままの方がいいよな。
「いや……分かるけど誰だ!?」
「そういう意味では言ってないんだが」
俺と、サキュバスと。この2人きりの空間だと思っていたのに、謎の乱入者が現れた。
今このタイミングで乱入してくるとはとんでもないやつだ。誰がこんな場所に割り込んできたのかと俺は辺りを見回す。
すると、俺たちの向かいに立つように女神が直立していた。




