メルキオ機械国
北へ向かって3日ほど。期日もあるので、俺は全速力で舟を漕いだ。カーナが船酔いしない程度に、しかし高速で。
魔王の力を得た今ならレヴィアタンからも余裕で逃げ切れるんじゃないかというほどには飛ばしてた気がするんだけど、カーナは文句も言わずに舟の上で流れる景色を楽しんでいたようだ。
そうして俺とカーナは陸地に辿り着き、砂浜の上に舟を引っ張ってきて固定してから驚きの声を上げた。
「このような場所からも、塔が見えますね……」
「塔っていうか……ビル?」
見上げた先、遠くに巨大な城壁が見えた。しかも、見た感じその壁は石ではなく鉄でできている。
さらにその向こう、カトレアさんが言っていたであろう国の中には、一足お先に巨大なビルがいくつも頭を覗かせていた。
カーナを背負い鉄の壁の前に立つ。そこには大きなゲートがあった。
錆ひとつない綺麗なゲートの前には子供くらいのサイズの機械が鎮座しており、それのレンズが俺とカーナの姿を凝視してくる。
「この方は……門番、でしょうか……?」
「自動で入国を管理してるのかな。……すご」
ピピピ、と機械から音がしたかと思うと、誰も触っていないのにゲートが開いて俺たちを出迎えてくれた。
自動ドアに加えて機械による入国審査。もうこの時点でこのメルキオという国の技術力の高さを想像せずにはいられない。
「……でも俺のこと普通に通してるけど、いいのかな。明らかに人間じゃないし、警備兵とかに襲われるかと思ったけど」
「ザック様の優しさが、あの門番の方にも通じたのでしょう……」
「そ、そうかな……? っていうか、そんな融通が効くのかな……」
いくらなんでも内面まで見られたとは思えない。もしかするとただ人型かどうかくらいの識別しかできてないのかも。
ちょっと期待を寄せつつあったメルキオの技術力だが、俺は入国前からその評価を先んじて下方修正しておくのだった。
『ようこそメルキオへ。旅のお方でしょうか』
「ッ!?」
ゲートをくぐり、早速話しかけてきた声に顔を向けた俺は驚きで跳び上がりそうになる。
それは以前シックスと出会ったあの場所、実験生物研究所の警備ロボと同じようなフォルムのロボだったのだ。
俺に接近してきたそのロボは丁寧な一礼をすると自己紹介を始めた。
『私はこの国の観光案内を務めております機甲です。ご案内はご入用でしょうか』
「っ、な、なんだ……そういうことか」
研究所の時と同じように襲われるのかと身構えたが、どうやら戦うために配備されているわけじゃないみたいだな。
それにしても驚いた。まさかここまでそっくりなロボに出会うとは。ひょっとするとあのヴァーナムとかいう研究者もここの出身だったりしたのかも。
何にしても観光スポットを案内してくれるのはありがたそうだな。利用してみようか。
「じゃあ、お願……」
「いえ……わたくしたちには、不要です……」
「えっ?」
『了承しました、それではどうかメルキオをお楽しみください』
カーナの拒否に反応し、案内ロボは俺の前から離れていってしまった。
振り返り、背中に背負っている魔女の顔を見る。
「カーナ、もしかしてここに来たことあるの?」
「……その、初めてで、ございます……」
「えぇー……。じゃどうして断っちゃったのさ。道、わかんないよ?」
一度来た経験でもあるのかと思えば、まさかの初来訪だという。
なんでさっきの機甲による案内を断ったのか聞くと、顔を赤らめながらカーナは呟く。
「知らぬ地を、ザック様と共に知らぬまま歩んでみたいと、思いまして……」
「……なるほど、そういうタイプかぁ」
行ったことのない場所を自分の足でどんな所なのか確かめたい、という事か。
気持ちは分かるな。俺も昔はゲームの攻略情報とか見ないで遊ぶの好きだったし。
カーナがそうしたいと言うなら付き合うか。俺もこんな文明レベルの違い過ぎる所、できれば初見で楽しみたい気持ちもある。
「なら俺たちで色々見て回ろうか。案内聞いてたら自分のペースじゃ回れないもんな」
「はい……。それに、デート……でしたら、他の方が混ざっては、主旨が変わってしまいますから……」
「あはは、そこまでカトレアさんに言われた通りにしなくてもいいと思うけどな」
どうやらカーナはカトレアさんから指示された事を忠実にやり遂げたいみたいだ。
俺は単なる観光のつもりだったが、彼女はその後半で言われてた「デート」の部分までやるつもりだったのかもしれない。
いくら言われたからって、俺はそこまで無理してやらなくてもいいと思うけど。
「むうぅ……」
「な、何?」
なぜか、分かってないな、みたいな顔で俺の事を見てくるカーナ。
カトレアさんを敵に回したら怖いのは分かるけど、別に俺の事好きでもないのに無理にデートまではしなくていいと思うんだけどな……。