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不滅を焼く劫火

「来たか! ようやく逃げ場がない事を理解したようだな!」


 港に姿を見せた俺とカーナを発見したビスクは待ちわびた様子でそう叫ぶ。

 向こうは多分ここを突破するしかないと結論を出した俺がなかば破れかぶれで戦いを挑みに来たとでも思っているのかもしれない。

 実際あと何時間か誰の手も借りられず悩み続けていたらそんな答えを出していた自信はある。

 しかし、俺たちには手を差し伸べてくれる人がいたのだ。


「……む、貴様は!?」

「ご機嫌よう。自己紹介だなんていらないですよね?」


 その存在を見てビスクも顔に驚愕が現れる。

 銀の災厄、それの愛する人であるというカトレアさん。彼女は俺の前に立つとビスクを力強い瞳で凝視する。


「……ここに来て言う事じゃないかもですけど、本当に大丈夫ですよね? カトレアさん」

「もちろん。ザックさんは、カーナちゃんのことしっかりおんぶして、離さないでいてくださいな」


 今更感ある最終確認にも軽く流し、カトレアさんは右手の白い手袋を外した。

 すると、そこにあったのは真っ黒い手だった。布一枚下に隠されていたその手を見て、俺は驚愕に息が詰まる。


「っ!? その手……焦げて……!?」


 彼女の右手はまるで炭のように、芯までが焼かれたかのような痛々しい状態だったのだ。

 とてもまともに動かせるような怪我には見えなかったのに、カトレアさんはなんてことないかのようにその手を握り締めて拳を作る。


「ご心配なくザックさん。これは負傷ではなく、言わば私の愛の証なので!」


 その宣言と共にカトレアさんの右手が赤くなる。火のついた木炭のように、内側から彼女の手が赤熱し始め、一瞬の内に炎がその手を覆う。

 吹き荒れる火炎がカトレアさんの右腕を包んだかと思えば、また次の瞬間には炎が晴れ、黒鉄のようなものがその腕に纏われていた。

 黒光りするその手甲っぽいものは先端が丸みを帯びており、手の甲にあたる部分には大きな宝玉がはめ込まれている。

 シンプルながら覇者の如き威圧感を放つあれは黒鉄のガントレットだろうか。何の素材なのかははっきりと分からないが、少なくともあれが彼女の武器なんだな、という事だけは理解できた。


「さあかかっていらっしゃい勇者様! 私の炎も、そして愛の炎も消させはしませんよー!」

「か、カトレア様……」

「ぐっ……!!」


 なぜそこで愛が出てくるのかは分からなかったが、その手甲を見たビスクの表情はひどく険しくなる。

 何度か銀の災厄へ挑んでいたという事から、この人にも倒された経験があるのかもしれない。

 ビスクは素早く剣の柄へと手をかける。


「神断ちの――」

「遅いですよ!」


 初手から奥義を放とうとしたビスクだが、カトレアさんがより早く動いた。

 軽く手甲を振り払うような動作。合わせてそれの宝玉がうっすらと光り輝き、間髪入れずにビスクが突如火柱に包まれる。

 格闘戦のための武器ではなく、魔法を使うための触媒だったのか。ほんの短い動作で恐ろしい威力の火炎が産み出された。

 いったいどれほどの熱量が込められているのか、一瞬の内にビスクは光の塵へと変わっていた。


「カトレア様……! あの勇者はまだ、何処かに……!」

「わかってますよ、あれとも結構長い付き合いですから!」


 カーナの注意喚起よりも素早くカトレアさんは左へと向く。

 その先には港の倉庫が立ち並んでいる。今度はそこへと手甲が掬い上げるような動作で振るわれる。

 水でもかけるような動きだが、巻き起こったのは正反対の爆炎だ。高い波を思わせるように炎は立ち上がり、倉庫を飲み込みながらどこまでも直進していく。

 後には何も残らず、その道中でまた僅かな光の輝きが見えた、ような気がした。


「ちぃっ、やはり隠れるのは無駄か!」


 すぐ背後で声がした。振り向けば、ビスクが俺の背後、カトレアさんが焼失させたのとは反対側の倉庫から飛び出してきた所だった。

 信じられない威力の炎の魔術。遮蔽物などお構いなしの破壊に時間をかける意味などないと考えたんだろう。速攻で俺たちを殺す方を選んだわけか。

 あんな魔術を連発できるとは思えない。カトレアさんの第二射が放たれるまで、俺はどうにかビスクの襲撃をやり過ごそうと、


「えい!」


 だがそんな俺の予想は簡単に裏切られた。短く可愛らしい掛け声と共に、可愛げの欠片もないような炎がビスクを焼く。

 今度は直撃は僅かに回避したようだが、肩から下は灰さえも残らず消滅し、残った部分は石の道路に叩きつけられた。


「ぐっ、これでは復活に時間が……!」

「じゃあ、その間に再生地点は潰させてもらいますねっ!」


 まだ息があるらしいビスク。無力化したのを確認すると、カトレアさんは反対側の倉庫も同様に焼いて全てを消した。

 港はすっかり広々とした状態へ姿を変え、どこにビスクが記録を残してセーブポイントを用意していたとしても、その全てが破壊されたのが一目瞭然だ。

 仮にフロウウェルのどこかに復活ポイントを用意していたとしても、これなら俺たちがこの大陸から出るには十分な時間が稼げそうだ。


「ふふーん、私の完全勝利ですね! 残念でした!」

「おのれ……よもやこんな伏兵がいるなどとは……!!」

「お前まだ生きてるのかよ……」


 ほとんど生首同然のようになりながら平然と悔しがっているビスクに俺はかなり引いている。勇者を名乗るだけあって頑丈なのかもしれないが、正直どうかしている気がする。


「私は何度でも蘇る。この世に悪ある限りな。……魔王ザック、貴様の住処も分かっているのだ、決して逃がしはしないぞ」

「……ッ!!」


 その俺を見る瞳に、戦慄する。

 そうか、こいつは俺の住んでいる場所を、あの孤児院の事を知っているのだ。

 だとすれば、まさか、シスターやリュオンやローレナ、それに『銀の孤児院』の3人さえも俺を誘き出すための餌として使う気なのか……!?


「や……やめろッ!! シスターたちも、リィンたちもお前とは関係ないだろうがッ!!」

「そうだ、関係ない。だから私が狙うのは魔王ザック、貴様だけだ……!」

「はぁ!? 何を言ってるんだお前は!?」


 みんなが危険に晒されるのかと思いつい叫んだが、訳の分からない事を言われて俺は困惑する。

 先回りされてみんなが襲われるのかと思ったが、そんなつもりはないって言うのか?


「フフフ、その辺り私は銀の災厄とは違ってしっかり分けて考えるからな……。悪は悪、善は善だ」


 それはビスクの誇りか矜持か何かなのか、笑いながら言ってビスクはようやく息絶えて光に包まれていく。

 完全に死体が消滅し、それから暫くの間俺とカーナはカトレアさんに隠れるようにしながら再度の襲撃を警戒したが、もうビスクが現れる事はなかった。

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