血塗られた魔女の過去
闘技場の遺された崩壊した町を出て数十分。フロウウェル側に戻るとビスクを鉢合わせる可能性が高そうなので北側へと俺は走る。
カーナを両手で抱えながらなのでちょっとスピードは出にくいが、それでもビスクに見つかる前に小さな洞窟へと逃げ込むことができた。
「……ありがと、カーナ。ここならすぐには見つからないと思う」
薄暗い洞窟に彼女を下ろし、その隣に俺も座り込んで壁に背中を預けながらそう礼を言う。
この場所の存在を教えてくれたのはカーナなのだ。小規模な林の中に隠されたこの穴は、教えてもらえなければ俺は決して見つけられなかっただろう。
「いえ……魔王様のお役に立てて、何よりで御座います……」
そう返してくるカーナ。座したまま恭しく一礼をしてくれるのを見るに、どうやら俺は彼女の信頼を勝ち取ることができたようだ。
……魔王として。
「ここはわたくしの緊急時の退避所……。魔王様、勇者の追跡から逃れるまで、ここで耐え忍びましょう……」
うん、どうやら完全に俺を魔王として認識しているようだ。逃げてくる直前からもうそう言われてたもんな……。
安全な場所を教えてくれたのはいいんだけど、その呼ばれ方だけは気になるな……。
「あの……カーナ。俺はザックって名前なんだ。できればそっちで呼んでくれたら嬉しいな」
「はい……魔王ザック様」
「うん、なんかそうくる気はしてたけどね」
俺のこの見るからに悪魔感マックスな外見のせいか、彼女の中ではもう俺は魔王ということになっているみたいだ。……一応前世では魔王だったし、間違いじゃないんだけどさあ。
「でもねカーナ。こんな外見だけど俺、魔王はやってないんだ。……少なくとも現世では」
「まあ……。それでは魔王ザック様とわたしくは前世からの約束された仲であったのでしょうか……」
「ん~~~~~~どうかなぁ~~~~~~」
補足気味に言った俺の小声を聞き取られてしまったようで、カーナはそんな事を言う。まあ、魔王だった頃にも魔法使いの仲間はいたし、ない事はないかもしれないが。
「……まあこの話は置いといて。ビスクの言ってた事って本当なの?」
なぜかやたらと積極的なカーナが怖くなり、思い切って俺は話題を変えることにした。
魔女であるカーナ。彼女が『血の雨』の異名を持つまでの話をビスクは俺に語ってきた。
しかしあれは本当にそのまま事実なんだろうか? 身を守るために俺も攻撃されはしたが、それでも積極的に誰かを襲おうとするような子には思えなかったのだ。
女神も「処理しろ」とは言っていたが、「殺せ」とは言わなかったはずだ。それもあって、俺はカーナの過去に興味を持ってしまう。
「……お聞かせ、しましょうか……?」
「ああ、お願い」
ためらいがちに言うカーナに首肯する。
すると彼女は「魔王様がそう仰るのであれば……」と話し始めてくれた。いや、だから魔王ではないんだけども。
「概要はあの勇者の語るものと大差ございません……。幼少の頃、わたくしの魔術に触れてしまった友人を死なせてしまい、そこから家族も、友人も、近隣の住人も。皆わたくしを恐れ、犠牲を増やさぬようにと幽閉しようとしました……。足も、その際に」
逃げられないようにするために潰されたのか。綺麗な形を残してはいるが、靴の中は凄惨な事になっているのかもしれない。
「それが許せなくて、殺しちゃったのか……」
「いえ……もっと我が儘な理由でございます……」
「ど、どんな?」
歩けなくされ、自由を奪われた事が我慢できずに術を使ってしまった。そう考えた俺だが、彼女はもっと自分勝手な理由だという。
俺には見当がつかない。一体、なぜカーナは自分の周囲にいた人たちを殺してしまったのだろうか。
「ただ……痛くて。斬られ、潰された足が痛くて、わたくしが泣き叫ぶのに併せ、迸る魔力が、皆を血と肉へと変えてしまったのです……」
「……」
それを聞き、俺は沈黙していた。
痛かった。痛みに耐えきれず、暴走する魔力がカーナの周囲の人間を殺してしまったのだという。
確かにそれは、我が儘なのかもしれない。傷付けられて、それが痛かったから人を殺した、とだけ聞けば俺はとても勝手な行いだな、なんて思ってしまうかもしれない。
「……でも、それは我が儘じゃないよ」
しかし彼女は意図的に、足を潰されたのだ。家族や友達がそんな事に協力して、その結果彼らを殺してしまったというなら、俺は仕方ないと思う。
「むしろ、そこまでされて怒らない方が優しすぎるよ。少なくとも俺は、カーナのやった事を否定はしないよ」
「……魔王様……!」
「……せめてザック様、とかにしてくれたら嬉しいな」
あまり殺人を肯定するのも良くはないと思うが、カーナの場合はそれをするだけの理由があるし、これに関しては殺された側が悪いと思う。
自分たちを襲う盗賊から身を守るようなものだ。物騒な世界なんだし、それぐらいは許されるべきだろう。
「嬉しいです……。わたくしにそんな言葉をかけて下さった方、ザック様以外におりませんでしたから……」
「はは、それは良かった」
俺の言葉に何か感銘を受けたのか、カーナは輝きを増した瞳で俺を見てくる。
元気を与えられたみたいで、俺の方も嬉しくて口角が緩む。
「とは言いましても……ザック様以外のわたくしの前に現れた方はみんな言葉を交わす前に殺してしまっていたのですが……」
「はは……」
ジョークかなんなのかよくわからないがそう言われ、俺は力ない笑いを返す事しかできなかった。
いや……それも多分彼女を殺しに来た刺客とかなんだろうし、い、いいよな。許されるよな多分。前言撤回とかしなくていいよね?
まあ、それに関しては置いておこう。ともかくカーナとはかなり親しくなれた気がするし、自分から人を襲うような子でないのも分かった。これでフォラグレイン大陸を無人の大地へと変えた魔女の件に関しては解決できたんじゃないだろうか。
とすると次は……どうやってビスクから逃げるか、だな。