血の雨が降る
目を覚ますと、俺は屋敷を飛び出して町へ出た。
カトレアさんを探したのだが、どうも近くにはいないかもう帰ってしまったようだ。
あの女神、もしくは銀の災厄の妻であるようだが、俺が憎いのはカトレアさんの方ではないしな。寝る場所に案内してくれたりしたお礼もあるし、一言くらいは挨拶しておきたかった。
まあいないなら仕方ない。俺は捜索は速めに切り上げて魔女がいるというフォラグレイン大陸北東を目指す事にした。
フォラグレイン大陸は、大陸とは言うがそこまで広大でもない。孤児院やトル・ラルカのある大陸の、4分の1もないくらいだ。
と言っても結局足で歩くには相応の日数はかかるんだけど。7日くらいかけて俺は目的の場所までやってきた。食料はなかったが、体が魔王の頃のように変貌したためか空腹に関しては結構我慢が効いた。
「あれって……町? いやドーム……かな」
目に入ってきたのは町だった。もっともフロウウェルと比べると少し見ただけでボロボロであるのが分かり、完全に廃墟という様子だった。
こっちは誰も住んでいないなとすぐに理解できた。そんな中で一際目を引くのは大きな、城壁のような建築物だ。
一般の家屋のほとんどは崩れてるんだけどそこだけは比較的損傷が少なく、俺にはそこが何かの競技場のように見えた。ローマにある闘技場みたいなやつ。
他は崩壊した建物ばかりなので魔女らしきものが潜んでいるようにも見えない。なのでひとまずその闘技場らしきものを目指す事にした。
「……そういえば、この剣ってまだ使えるようにならないのかな」
道中、俺はふとこの銀の魔剣を抜いてまじまじと眺めはじめる。
これは復讐の魔剣だそうなので、復讐対象を思い出せば魔剣の声が聞こえるようになって真の力の使い方も分かるようになるんじゃないか、と女神が言っていたはずなんだが。
「おい、お前何か喋れるんじゃないか? そろそろ力の使い方教えてくれよ」
『……』
何の反応も返ってこない。魔剣はただ黙りこくったままだ。
……俺は騙されてたのか? 夢の中では最終的にいつもの感じで接しかけていた女神だったが、今まで通り一言も発さない魔剣にちょっと怒りがぶり返してくるぞ。
それとももっと別に俺が復讐すべき相手がいるって言うんだろうか。流石にそんな覚えは今度こそないんだが。
ともかく俺は湧いてきた怒りを廃墟となった町に棲み付いた魔物が襲ってくるたびに発散する。魔剣で斬るどころか、俺の拳を叩きつけただけで魔物は粉砕されていくのでちょっと気分が晴れる。
そんな調子で俺は闘技場らしき場所へ到着し、その中に入ってみる。
進んでいくと、その先は円形の広場になっていて、俺の想像していた通りの闘技場であったらしい。違うのは、人がいなくなって手入れなどされていないおかげが地面には草が生い茂っている所だろうか。
「……?」
俺はそんな中で気になるものが浮かんでいるのに気付く。
うっすらと白く、半透明な球状の発光するなにか。ぷかぷかと浮かぶそれが、闘技場内の至る所に存在するのだ。
「なんだこれ」
『あっ!』
「え!?」
浮かぶ玉に触れようとした瞬間、どこかから俺以外の誰かの声がする。
驚いて周囲を見回すと、背後から町に棲んでいた魔物が襲い掛かろうとしている所だった。こいつの声だな。
奇襲に失敗した魔物を俺は回避する。そのまま誰もいなくなった場所を素通りし、魔物は俺が触ろうとした玉に突っ込んだ。物理的なものではなかったのか、煙のように通過する。
そして、その魔物は突如として弾け飛んだ。
「ッ!?」
内側で何かが爆発したように、魔物はその血と肉片を撒き散らして絶命してしまった。
魔物の血を浴びる俺は何が起こったのか分からず、そして草原の中から何かが起き上がる音を聞く。
「あぁ……おはようございます……」
先端に赤い宝珠のついた真っ白い樫の木の杖を突いて、膝立ちの姿勢になった女が姿を現した。
非常につばの広い帽子。そしてその全身を赤黒いローブで覆う彼女の正体は、俺は直接聞くまでもなく分かった。
今魔物を殺したのもこの人物の……、魔女の行いだと。