『血の雨』のカーナ
闘技場内に広がる草原の中、隠れるように眠っていた魔女。それが今俺の前に姿を見せている。
たった今俺の触ろうとしていたあの玉は、多分彼女が身を守るために配置していた魔法なのだろう。
「あら……このような場所に人が……? 珍しいですわね、最近は……」
寝起きなためか体をふらふらさせながら落ち着きある声で俺を眺める魔女。その視線はある一点で止まった。
抜き身の刃を晒す銀の魔剣。しかもそれを握っている俺は見るからに尋常な人間ではない。
きっと、朝起きたら目の前に凶器を持った強盗がいたような気分になっている事だろう。
「あ、こ、これは違うよ!?」
「……っ!!」
何とか弁解しようとした俺だが、敵意がないのを示そうと両手を上げたものの、一緒に魔剣も振り上げてしまったせいか魔女の瞳は見開かれる。
同時に彼女の握る白杖の宝珠が輝き、闘技場一帯にまたあの白い球が無数に漂い始めた。
間違いない、さっき魔物を内側から爆散させたあれは、魔女の使う魔術だったわけだ。
この球に触れれば術が発動して、体が中から弾けるわけだな。それが今俺へ向けてゆっくりと迫ってくる。
……割とヤバい状況じゃないこれ? 風に乗るシャボン玉のように遅くはあるが、ちょっとでも触れば致命傷になる予感がするぞ。
「命惜しくば、お帰り下さい……。其れはわたくしの唯一の術ですが、触れればどうなるかは、お分かりでしょう……?」
魔女が語る間も球の数は増加していく。次々と生まれてくるそれはゆっくりとだけど俺へと迫り、進む道を塞ごうとしている。
できればこのまま引き返したいが、彼女がこの町を、そしてフロウウェルを無人にした原因らしいからな……。
女神がどこまで真実を言っていたかは訝しんでもいい事かもしれないが……。でも嘘はほとんど言われてなかったし……。
「……分かってる。けど! ちょっとだけ話をさせてもらえないかな!」
悩んだ末、俺は引き下がる事を選択せず、魔女に向けて歩み寄る選択をした。
ここで帰ったらそのまま逃げられてしまうかもしれないし、確率は低いが放っとけばシスターに危険が及ぶかもしれないって言われてたからな。
それに印象は最悪ではあるんだろうけど、言葉は通じてるみたいだし、もしかしたら対話で解決できるかもしれない。それに今の所身を守ろうとしてるだけだし。
俺は意を決して1歩踏み出す。すると、大きな帽子で陰に隠れた魔女の瞳は閉じられた。
「……いらっしゃるのですね……。では、どうか覚悟と、御容赦を……」
まるで俺に謝るような声色だった。それと同時に周囲の、多分魔力が籠っている球の動きは急に速度を増した。
今まで漂うような軌道だったのが明確に俺を狙って飛んでくる。
それを銀の魔剣で斬り払うと、両断された球はパチン、と弾けて消えた。やっぱりシャボン玉みたいだな。
剣の方がどうなるかは不安だったが、どうやらこっちは流石に爆裂しないでくれたようだ。銀の魔剣は壊れることなく、次々に迫ってくる球を斬り捨てていく。
「ッ……!!」
そして、魔剣が振るわれるたびに小さな息が漏れ聞こえる。怯えたような声に連動して、俺が接近するほどに球の数は猛烈に増加していく。
「くっ、駄目か……!」
当然も当然だよな。俺はただ面と向かって話がしたいだけなんだけど、刃物を持った魔王が自分の防御を突破してにじり寄ってきてるんだから余計拒絶されるのは当たり前だよな。
今になってこれではいけないと気付いた俺。でもこんなタイミングで撤退なんてしたら絶対どこかに隠れられるし、最悪そのまま他の大陸とかに逃げ込まれそうで怖い。
かなりの賭けだが、アプローチを変えるしかない。そう結論を出し、俺は意を決した。
銀の魔剣を鞘に納め、迫り来る無数の球を両手を広げて受け止める。
『はぁ!?』
驚愕の声が響く。俺の突然の奇行を目の当たりにした魔女も言葉を失い、目を見開いていた。
「ぐ、ぶっ、あああああっ……!!」
少し遅れて、俺の体の中でバチン、と何かが破裂する感覚。人間だったら決して失われてはならないだろう臓器。それが魔女の放つ魔法の干渉を受けて爆発する。
俺が内側からミキサーにかけられているような激痛。口からは大量の血を吐くが、どうにか体が吹っ飛んでしまうのは気合で耐えた。
ついこの間の人間のままだったら死んでいてもおかしくないような傷。魔王としての記憶が覚醒したおかげか、どうにか人の形を保ったままでいられた。
「き、急に、何を……?」
「げほ、げほっ! ……さ、最初に言ったんだけど、俺はただ、話し合いがしたかっただけだから……」
追加の球は産み出されず、俺を襲ってこない。ようやく聞く耳を持ってくれたらしい魔女に向けてすかさず言葉を繋げる。
魔王の力のおかげか、再生能力も今までよりちょっと高くなっているようなのでどうにか喋ることができた。
「話、ですか……。そんな……」
「あ、ごめんね、これは一旦置いとくから」
鞘に納められた魔剣に再び彼女の視線が。俺はすぐに気付くと鞘ごと地面に置く。
最悪戦闘になっても攻撃事体は耐えられるって今分かったしな。武器を手放すのに躊躇はなかった。
「わたくしの魔術を耐えられる方には……初めてお会いしました……。一体、どうなっているのでしょう……?」
「まあ……おれはS級冒険者だから」
なんて言ったけど、今はもう冒険者っていうか魔王になっちゃったんだよな。どっちかって言うとS級魔王かな?
そこはどうでもいいとして、どうやら完全に彼女も俺の敵意がないと認めてくれたっぽいし、ようやくゆっくり話ができそうだ。
「それで、俺の名前はザック、って言うんだけど、君は?」
「わたくし、は……」
「その女の名はカーナだ。魔女……『血の雨』のカーナ」
名前は、彼女自身からではなく俺の背後から響いた。
振り向けば、俺の入ってきた入口の付近に人間が立っている。
「ッ!? お前は……!?」
そこにいたのは俺も知っている人物。
金の髪に分厚い鎧を纏う女。それは以前に出会った時に勇者と名乗り、そして。
「ビスク!?」
ギルバーたちと共に死んだと思っていたはずの『不滅の勇者』、ビスクだった。




