無人の町 フロウウェル
処刑島より南東側に存在するフォラグレイン大陸。その西端にある海岸付近にフロウウェルは存在するそうだ。
町を歩きながら、カトレアさんは俺にこのフロウウェルの事を色々と教えてくれている。
観光地とか、名物とか。どこの店の料理が美味しいだとかの情報を聞いた俺だが、活かせはしないだろうなとも思う。だって町は滅んでいるし、彼女自身も全部過去形で話していたから。
そして話題は最終的に俺の気になっていた屋敷へと移っていく。
「……それでですね、あのお屋敷に住んでいた女の子は、自らの両親の命を奪ってしまったんです。大胆ですねえ」
「ええー……」
のほほんとした顔でカトレアさんの話す内容に俺はドン引きする。
あそこに住んでいた貴族の少女はある日1人の青年に出会って一目惚れし、駆け落ちしたのだという。
紆余曲折あって少女は自分の大切なものを自分自身で破壊する事によってどれだけ本気で青年を愛しているかをアピールした、という話らしいんだけど、なにがどう紆余曲折したらそんな流れになるんだ。
「過程が気になるんですけど、なんでその子はそんな事をしたんです?」
「さあ、どうしてでしょうね。恋する乙女は盲目なものですし、きっと愛しい両親でさえどうでもよくなってしまうくらいにその方に恋してしまっていたのかもしれません」
流石に当事者というわけでもなさそうだし、彼女も深くは知らないみたいだった。
でもいくら好きな人ができたからってそこまでするものなんだろうか?
……そんなふうに考えていたらヴェナとシックスが俺の事を取り合いしていた時の事を思い出してしまう。あの2人も大人になってもずっとあの調子だったら、話に出てきた貴族の少女みたいに暴れたりするのかな。……怖いな。
「っ……」
彼女たちの事を思い出し、次いで孤児院のみんなの顔も浮かんできてしまう。
そうだ、俺は逃げてきてしまったんだ。カトレアさんと話して薄れかけてきた事実をふと引き戻してしまい、表情がくしゃくしゃになる。
「ザックさん? どうかしました?」
「いえ……なんでもないです、ちょっと思い出した事があるだけなんで」
急にいなくなってしまったから、心配かけてしまってるんだろうな。
戻りたいという気持ちも強いが……今は無理だ。こんな、化け物みたいな姿になってあいつらに、シスターに拒絶された時の事を思うと……怖い。
だから、もうしばらくは、帰れない。
「……ところで、フロウウェルが無人になったのって、その貴族の女の子が町の人も襲い始めたから、とかなんですか?」
「え、そんな事してないですよ。あの後すぐに町から出ていきましたし。近くにこわーい魔物とか出たんじゃないです?」
「関係ないのか……」
廃墟同然になったフロウウェル。てっきりその少女が新しくこの町の領主とかになって暴虐を尽くし始めたから人がいなくなったのかと思ったが、そうではないらしい。
「私もその時に町から出たので何があったのかは分からないです……。ほんとに魔物だったら、後で追い払いに行こうかな」
「ちょ、危ないですよ。魔物退治なら俺に任せといてください」
「あら、いいんですかザックさん?」
「任せといてください、俺はS級冒険者なんで!」
無人化したのが魔物だったら俺の出番だ。冒険者として、この町に安全を取り戻してみせる!
……まあこんな格好になっちゃってる以上はギルドにだって顔出せないし、タダ働きにはなっちゃうんだけどね。ははは。
「S? ……ふふっ、よく分からないですけど、そう言ってくれるならお任せしますね」
そう言ってカトレアさんも自分でどうにかしようとするのはやめてくれたみたいだ。
流石にこんな戦う力のなさそうな子……いや実際は大人なんだろうけど、ともかく何の武器も持たない人と魔物を対峙させるのは避けられそうで安心した。
「そうだ、ザックさん泊まる場所はあります? ないならいい所を紹介してあげますよ。魔物を倒してくれるお礼です」
「いいんですか? じゃ、お言葉に甘えさせてもらいます!」
しかも嬉しい提案までしてくれる。いくら人がいないからって、勝手に誰かの家を使うのも気が引けるもんな。
カトレアさんが住んでいた家に案内してくれるんだろうか。
「さ、ここは自由に使ってくださいな」
「……」
なんて思っていたのだが、案内されたのは直前に話していた「親を殺した少女の暮らしていた屋敷」だった。
当たり前のようにカトレアさんは屋敷の前にあるでっかい豪華な格子状の門を開けて中に入り、これまた平然と屋敷のドアを開けた。
どこにも鍵すらかけられていないのか、そのまま俺は彼女について行き、埃は溜まっているもののとても高級そうな室内で立ち尽くしていた。
「いや……いい所ではあるけど! こ、こんな所勝手に使っていいんですか!? 殺されませんか!?」
「もー、そんな事で殺されるわけないじゃないですか。それに使ってた人ももういないから、お好きにどうぞ」
慌てる俺を見てカトレアさんは困ったように笑う。
確かに話に出てた少女も既にこの町にはいないそうだし、町と同じで屋敷の中にも人の気配はないんだが。
……あれ? ちょっと待てよ、もしかして親を殺したその女の子、ここから出てったって事は普通に野放しになってるって事?
こんなタイミングだがそれに気が付いてしまった俺は途端に不安になる。ヴァーナムとかいうやつの逃がした実験生物とも戦ったし、その殺人鬼ともどこかで出会いそうで怖くなってきたぞ。
「さてと。町はひととおり回ってきましたけど、ザックさんはどうします? 私はもうしばらく町を見てこようと思うんですが」
「え、あ……じゃあ、ここで休ませてもらいます」
「分かりました。魔物の事はお任せしますね」
そう言って俺はカトレアさんと別れた。
気になる事はたくさんあるが、俺が疲れてるのも事実だしな。
適当に近くの部屋のベッドを軽く掃除して、そこでしばらく睡眠を取ることにした……。