女神の正体は?
「お前……どんなタイミングで逃げてんだよ」
夢の中、呆れるような声と顔が俺を出迎えた。
まあ、当然来るだろうなとは思っていた。女神様は、あの場から逃げた俺を糾弾しにでも来たのだろうか。
「そりゃあ銀の災厄と対面したら殺されるとは思うだろうけど、なら何で最初は斬ろうとしたんだよ」
「……違いますよ、俺は、この人間でなくなった姿を見られたくなかっただけで……」
そう言って、俺は両手を広げる。が、そこで自分の目を疑った。
「……あれ?? 元に、戻ってる……??」
魔王へと変貌して青色になった肌。それがこの世界で人間として生活していたあの時と同じ色に戻っているのだ。
まさかと思い頭にも触ると、あのねじくれた角も消えてなくなっている。
「すげえ嫌そうにしてたのは俺も見てたからな。夢の中でくらいはお前の好きな姿にさせといてやるよ」
これは女神様の配慮だったようだ。文字通り一時の夢ではあるが、俺は人間に戻れているようだ。
両手を見つめ、感激と安堵をした俺は思わず女神様に跪いてしまった。
「靴とかお舐めした方がよろしいでしょうか……!!」
「いらねーいらねー。舐めさせるならもっと別の場所にするっての。気持ちだけ受け取ってやるよ」
どこを舐めさせてくれるつもりだったのかは気になるが、俺の気持ちを受け取ってくれた女神様は本題に戻った。
「……理由は分かったが、やっぱタイミングは最悪だな。銀の災厄と対峙して、仲間を置いていくなんてな」
「っ、まさか」
あれはこの世界における最大の災害。死、破壊、そういった概念そのものみたいな相手だ。……そこから、俺だけが逃亡した。
あの瞬間は何も考えていなかったが、今になって最悪の可能性を想像してしまう。
しかし女神様の反応は俺の予想していたものとは違った。
「いや、見逃されちゃあいたんだけどな。お気に入りのやつがいたからさ」
「な、なんだ……。よかったぁ……!!」
どうやらみんなも無事あの場から生還できていたらしい。それを聞いて俺はホッと息を吐く。
……そして、それとは別に最悪の可能性を再び浮かび上がらせてしまう。
「ところで1つ聞きたいんですけど。……やっぱり女神様って、銀の災厄と同一人物なんですか」
銀の災厄の気に入っている人物があの中にいたという。そして、その中で候補として挙げられるのは、やはり女神様とこうして親しくしている俺になるだろう。
以前女神様を怒らせてしまった時に、彼女と銀の災厄は密接に繋がりがあるのを俺は知っている。
当時は問い質したりはしなかったが、今となってはそうもいかない。
あの日、冒険者になろうとした末に孤児院へ追い返された俺の元へ現れた彼女。それが銀の災厄、俺を人では無くさせ、間接的とはいえ殺した、復讐すべき相手なのか。
今、俺はどんな目でこの人を見ているのだろう。視線に耐えきれなくなったのか彼女は視線を逸らしてもじもじしている。
「ん……まあ、言われてるよな。女神と災厄は同じものって考えて信仰してるやつも増えてるもんな……」
「……とぼけないでください。みんなが助かったのだって、それが理由なんでしょ?」
「んん……」
はぐらかそうとした女神を俺は更に問い詰める。
ますます言い淀んだ末、彼女は口を開いた。
「お、俺から言えるのは…………。女神として、お前の事を気に入ってるってのは、嘘じゃないって事だ」
「なら銀の災厄の言ってた「お気に入り」も俺の事で、トルフェスとかリィンたちが助かったのも俺の仲間だったからですね?」
「や、それはまだ……分かんないだろ? 実は連合団の団長と激しくやり合ってて、そこで団長を気に入ったとか、なあ?」
「そんなわけないだろ!! ここまで来て見え透いた嘘なんか吐くなよ!!!」
まだ言い逃れを続ける女神に、俺は怒りを抑えきれなくなって銀の魔剣を抜く。そして彼女の首筋に刃をあてがう。
もしも本当にこいつが銀の災厄だったら自殺行為にも等しい行動だ。殺されるのは俺の方になるかもしれないが、それでもこうせずにはいられなかった。
以前嘘が嫌いだと言っていた彼女がここまで否定を避け続けている以上はもう確定しているのも同然だ。なのにどうして認めようとしないのか。
俺の行動に女神は一瞬だけ驚いたようだが、すぐに口元はぎこちない笑みに変わる。
「な、なんだよ。殺るってか? ……そんな悲しい事言うなよ。なんだかんだ言ってきたけどさ、お前の事好きになってたんだぜ? 一度はレヴィアタンを破壊したとこだってやるなぁって思いながら見てたしさ」
命乞い、なんだろうか。悲哀の表情で俺に語り掛けてくるさまには怯えはまるで見えない。押し隠しているのともまた違う、まるで死そのものを恐れていないかのように見えた。
「……認めてくれよ、そうしたら、躊躇わないで斬れるんだから」
「そうかよ……。でも悪いな、それでスッキリするんだとしても、お前のためには死んでやれねえ」
「ッ、何してんだ!?」
言葉と共に、女神は銀の刃を掴んで自分の首の中へと押し込んだ。肉を断ち切る感触が伝わってくる……ものの、1滴の血さえ流れはしなかった。
「まさか、死なない……!?」
「ザック、その前にここは夢だぜ。触れられるし言葉も交わせるし、痛みだって感じるが、命まではどうにもならねえよ」
「っ……」
怒りのあまり、痛恨のミスをしてしまった。
ここは夢、しかも女神の側が用意している舞台だった。それを完全に失念してしまっていたとは。
今更それに気付いた俺を見て、彼女はやれやれって顔で魔剣の刃を離して傷一つない首を示してくる。
「どうしてもって言うなら、来いよ。女神と災厄が同じ存在だって信じるなら、どこに行けば殺せるかは分かってるだろ?」
挑発的ではなく、むしろ諦めたように女神は言う。復讐を遂げたいなら処刑島へ向かえと。
だが結局彼女は自分の口からは決して明確な答えを出してはくれなかった。




