不滅の勇者とその一団
「……………………」
リィンと……まあ、色々あった日の夜。
流石に来るだろうなと想像はついていたのだが、女神様が夢の中に現れた。
彼女はあからさまに失望してるというか、激しく落ち込むような雰囲気を漂わせ、片手を額に当てて俯いていた。
まあ、そうなるよな。散々他の女に手を出すなと言われてたのに、今日はとうとうリィンとあんなところに行ってしまったのだから。
俺があれだけ激しく抵抗していたのもこれを案じてた部分もあった。多分なすがままにしてたらこの人にぶっ殺されてた気がする。
「えっと……その、女神様。言いたい事は分かるんですが、俺も必死でやめさせようとはしましたので」
「…………」
が、何も返事は返ってこなかった。……これは相当怒ってるやつかもしれないな。
もっとしっかり説明するべきか。
「いやせめてもっと別の所にした方が良かったとは思いますけどね? でも俺あんなにエロ関係の店ばっかりの街だとは思ってなかったんですよ。昔あそこに来た女の人が原因であんなことになってるのも最近知りまして」
「……いや……今はもうそんな話、どうでもいい」
必死にまくしたてる俺だが、もはや女神様は聞く耳すら持ってくれていないようだ。彼女は今までにないくらい暗い雰囲気を纏わせていた。
これは……2度目の虎の尾を踏んでしまったのだろうか。とうとう俺の命運が尽きる……?
「ふぅぅーーっ……」
「ま、待って女神様。失望させてしまった事は謝りますが、俺もリィンの事を傷付けたりはしたくなかったので、加減したりとか、色々と難しくってですね!」
「だから、お前の話する気は今ないって言ってるだろ」
思わず慌てふためいた俺だったが、どうやら別に俺に死を与えに来たわけではなかったようだ。
「な……なーんだ! それならもう先に言ってくださいよ女神様ぁーハハハ!」
「……」
「め、女神様……?」
俺の今日していたことに腹を立てていたわけでないのは良かったものの、だとしたら一体何にここまで落ち込んでいるんだろうか。
彼女の手の隙間から表情を覗うが、ほとんど見えない。
「お前、勇者に会ったか? 不滅の勇者だとか言ってるやつ」
「え? あー、いましたね」
女神様の口から出たのは俺が1度出会い、ギルバーたちとパーティを組んだという勇者、ビスクの事だった。
彼女は銀の災厄と敵対関係にあるらしく、災厄と関りの深い女神様もまたその名を知っているようだ。
「そいつが仲間を作ったのは知ってるか?」
「ああ……その、同郷の……ギルバーたちとパーティを組んだってこの間聞きました」
「だよなぁ……」
俺の言葉に、女神様は嘆く。
勇者とギルバーたちが仲間になったのについて何か言われるかと思ったが、特にそこは言及されなかった。
「……一応聞いとくが、仲間になるの止められたと思うか?」
「いや、無理ですね。ゼンが言うにはアイドルみたいだそうですし、あんな心酔してるって感じの人間、俺には止められないかなぁ」
「アイドル?」
「あー、えっと、愛されやすい人……みたいな意味です。勇者って言うくらいだし、周囲の人から愛されやすいスキルでもあるんですかね」
「はぁ、殺しても死なねえだけじゃなくてそんな力まであったのかよ、あいつ」
説明を聞き、女神様は忌々しそうに首を振る。
っていうか、全知全能なのになんでアイドルについて聞いてくるんだ。この世界の単語じゃないと知識がないのだろうか。
やっぱりこの女神、別に全知全能でもないんだろうな。
「それはいいとして……殺したんですか!? あの勇者を!?」
さりげなく言うがとんでもない発言に俺は目を見開く。
ビスクを殺した……ということは、つまり。
俺が嫌な想像をしたのを察したのか、女神様はようやくそこで今回初めて俺に顔を見せた。
それは見るからに、「やってしまった」という人間特有の暗い表情だった。
「ッ……!」
「なあザック、あの馬鹿とお前の仲間が真っ先に受けた依頼って、何だと思うよ」
その言葉に俺の想像は更に嫌な未来を思い描く。
勇者という、聞くだけで強者だと分かる存在。それがパーティインして調子に乗ったギルバーたち。トラッドの「建国できるくらいに稼ごう」という発言。
そしてビスク自身が銀の災厄の討伐を目論んでいたという事実。答えは……1つだ。
「処刑島に……行ったんですか」
この世界最大の人類の敵、銀の災厄が住まう地にして、女神様が言うにはあらゆる死の襲い来る場所。
勇者ビスクと共に、ギルバーたちはそこへ行ってしまったのだろう。そして銀の災厄に……殺された。
「……。来てはいねえよ」
だが俺の言葉には否定が返ってきた。あいつらは処刑島に行っていないようだ。
それなら生きてるのか。……いや、にしては女神様の口があまりにも重い。それはギルバーたちが無事ではないと察するのに十分過ぎた。
「来ようとはしてたが……そのための船が、襲われてな。島に辿り着く前に、大半は溺れ死んだだろうな」
「そんな……!!」
行けば死ぬ。そう聞いていた恐ろしい場所だったが、まさか上陸する前に死んでしまったなんて。
ギルバーたちの最期を聞き、俺は膝から崩れ落ちた。
「……1人はあの馬鹿勇者が助けたみてぇだが……喜べないだろうな、シスターも」
それでも誰かは助かったようだ。
しかし彼女の言う通り、俺もそれを喜べはしなかった。他の4人は死んでしまったというのだから。
女神様が助けようとしていたシスターも……この話を聞けば俺と同じように、悲しむだろう。
そして……俺と同じように、怒ることだろう。
「なんで……教えてくれなかったんですか」
シスターに降りかかる不幸を彼女は予見できる。だからこそ俺は孤児院を襲う盗賊を未然に倒せたし、街を襲う魔物たちだって討伐する事ができたのだ。
だとしたらギルバーたちの死だって先読みできたはずだ。なんで、いつものように俺に教えてくれなかったんだ。
「あなたが直接干渉したがらないのは知ってるけど、俺に言えば代わりに解決してたのに!! なんで教えてくれなかったんだ!!」
「……視てなかったんだよ。アレのせいでシスターが死ぬわけじゃなかったからな。それに前にも言ったと思うが、俺にはシスター以外の人間なんざどうだっていいんだよ」
「くっ……!!」
そうだった。そもそもこの女神はシスターを除けば人なんてどうだっていいと思っていたのを忘れていた。
夢の中に現れた直後見せていたあの後悔の姿勢も、あくまでギルバーたちの死によってシスターが悲しむ光景を予見してのものなのだろう。
だとしたら、事前にギルバーたちに迫る死を知ることなどできなかったのだ。だって、彼らの事なんて見ていなかったのだから。
女神の寵愛を受けているのは孤児院のシスター・アーレットただ1人。その前提を思い出した俺は、その場に這いつくばり、涙を流した。
「なんで……死ななきゃいけなかったんだよ……! みんな、いい奴らだったのに……ッ!!」
「何だよ、お前の事仲間外れにしたやつらだろ? 泣くほどか?」
「あれは、あいつらなりの優しさなんだよ!!」
俺だけが彼らより実力が劣っていると勘違いされてパーティから追い出されたあの日。あれはギルバーたちが俺の身を案じての判断だったのだ。
実際は俺の方が最強のシルバー級で、みんなより上の実力だったのだが、その誤解ももう、解く事は二度とできないんだな。
「……あんな人間でも、ザックは好きだったのかよ」
「当たり前だろ、同じ日本出身だったんだから」
同じ世界で育った俺たちは、そういう面でも仲間としての強い意識があったのだ。
俺だけはちゃんと名前を思い出せなかったし、記憶もおぼろげだが、彼ら彼女らの名前も決して忘れはしない。
「そうかよ、悪かったな」
「……っ」
泣き続ける俺を、女神様は突然抱き締めてくれた。
ふくよかな胸が顔に押し付けられ、それが涙に濡れる俺の心を照らそうとしてくる。
「お前だって人間だったんだもんな。なら、人間が死ねば悲しくもなるか。悪かったな、好き勝手言い過ぎたわ」
「いえ、大丈夫です」
その温かさに、深く沈んでいた俺は光を見たような心地になる。
確かに、彼らは死んでしまった。だが、その中でも1人だけは生還したというのだ。だったら、その人物を俺は大事にしなければならない。
同じ世界で生き、そして同じ世界に転生した、最後の生き残り。それは、もう決して失われてはならない1人だ。
「……その顔、とりあえず落ち着いたみてえだな。もう平気か?」
「いえ、もうしばらくこのままでお願いします」
「もう平気みたいだな。なら、とっとと起きろ」
「いえ! もうしばらくこのままで!!」
「起きろ!!!」
今までで1番生きる希望を与えられた感触だった。
その気持ちをもっと味わっていたかったが、女神様は強制的に俺を目覚めさせるのだった。