輝きを失い折れた旗
その日、リュオンとローレナの寝静まった夜。孤児院はひどく沈鬱な空気に包まれていた。
理由は……俺は既に知っている。
勇者ビスクと仲間になった『黄金の旗』のギルバーたち。その内の1人だけが孤児院の扉を力なく開いたのだ。
それはゼンだった。その瞳は輝きを失い、口は堅く閉じられていた。
彼女を心配するシスターに出迎えられ、俺たちも揃った場で語られたのは夢の中で知ったのと概ね同一の内容だった。
「銀の災厄を討つ。……あの勇者の言に乗せられ、私たちは災厄の座す処刑島へ向かった。だがその島へ向かう最中、私たちの乗る船は海中を超高速で回遊する何かに襲われ……私以外は……」
「……」
知っていただけあって、俺の受けた衝撃はいくらかマシになる。
……なるが、俺以外の、特にシスターはゼンの報告を聞いて驚愕に大きく目を見開き、すぐに目を閉じ、静かに続きを聞いていた。
その動作だけで彼女の内でどんな感情が巻き起こっているのか、俺でも分かってしまう。
「勇者も敵を迎撃しようとは試みていたのだが、船は粉砕され、海中を高速で動かれては皆を守るまではできず、私以外は……」
一応ビスクも応戦はしてたわけか。足場を奪われた状況で、助け出せたのはゼンだけ。……俺には少ないとも、多いとも言えないな。
「あいつらが……本当に死んじまったのかい? バラバラになっちまっただけで、どこか別の場所に流れ着いてるとかは無いかい?」
リィンの詳細を追求する質問を聞き、ゼンは力なく笑いを零す。
「はは……。激突のみで大型船を砕く威力でしたから、貴女の言う通り、バラバラになった彼らを……探せば、いくらかは拾える、かもしれません」
「っ。……悪い聞き方、しちまったな。ごめんよ」
失言をしてしまったと気付くリィンの謝罪に、ゼンは無理をしているような笑みで返す。
溺死、と女神様は言っていたが、実際はより凄惨な死を迎えたようだ。
デカい船を沈めたという事は、ただぶつかられるだけで魚雷のような破壊力を持っていた敵、になるのか。
ゼンだけでも五体満足で生還できたのは奇跡のようなものだったのかもしれない。
『あいつら、みんな死んじゃったの? そんな……悪いやつらでもなさそうだったのに』
「非があるかで言えば、私もギルバーたちと似たようなものかもしれんな。……目付け役などと宣っていたのに、彼らを窘める事ができなんだ。……結局は、私もあの勇者という肩書の女の魅力に、惑わされていた1人だったのかもしれないな」
処刑島へ向かうというビスクたちの判断を、ゼンは咎められなかったようだ。
勇者を名乗るあいつに、その必要がないと思わせてしまう実力があった可能性はあるが、その結果『黄金の旗』は壊滅してしまった。
自分を責めたくなる気持ちは分かる。でもその非が全て彼女に押し付けられるのは間違っているはずだ。
ゴールド級の冒険者を伴って銀の災厄の住まう島に向かったビスク。彼女こそが真に責任を問われるべき立場であると俺は思う。
……もっとも、この場に彼女がいないという事は、既に死んでしまっている可能性が高いが。
「……だったとしても、ゼンは悪くないよ。そんなに気負うなよ」
「ザックの……いう通り、ですよ、ゼン」
いつもと変わらない、多分変わらないように意識しながら落ち着きのある言葉をシスターがゼンにかける。
「シスター、アーレット」
「あなたが怪我無く帰ってきてくれただけで、私は……嬉しい、ですよ。だから、帰ってきてくれたあなたが、そんなに自らを責めるような事、言わないでください」
「……、申し訳、ない」
「いいのですよ。……ほら、ここまで来るのに疲れたでしょう? ゼンの使っていた部屋も綺麗にしてありますから、そこで今までの疲れ、ゆっくりと癒してください」
そう言い、シスターはゼンを立ち上がらせると寝室へと彼女を連れて行った。ゼンも抗う事無くおぼつかない足取りで歩いていく。
寝室に向かって見えなくなる直前、ゼンは振り返って俺の方を見た。
「ザック。お前は過去に「本当は俺の方が強い」などと言っていたが、あれは真実か?」
猛毒を撒き散らす魔物を倒した後、ギルバーたちの前でそんな事を言ったのを覚えている。
あの時は彼らが速攻で否定してしまったが、ゼンはふと思い出したかのように聞いてくる。
そして、俺は彼女の失意に輝きを失う瞳の中に、一縷の希望に縋るようなものを見てしまった。
だとしたら、ゼンがこの問いに込めた思いは。
「……ああ、俺は、シルバー級で、それは銀の災厄に匹敵しうる強さで……最強って意味でいいらしい」
「……。そう、だったか。なら」
「ザックに敵討ちしてほしいの?」
ゼン自身が言おうとしていたであろう言葉をヴェナが先取りする。
するとゼンは開いた口を止め、何事かを思案した後に首を横に振った。
「……いいや、すまないなザック、無理を押し付ける所だった」
「無理? なんでだよ、俺はS級冒険者だぞ、最強だって今言ったばかりじゃないか」
「私を元気付けようと、そう言ってくれているのだろう? ……平気だ、気遣いは無用でいいさ」
向こうから聞いてくれたというのに、ゼンはそれを信用してくれなかった。
いや、もしかするとそんな時だけ頼ろう、なんて都合がいいとでも思ってしまったのだろうか。さっきの考えるような間はそのためのものかもしれない。
「違うよゼン、本当に俺は強いんだよ!」
「そうか。だが……相手が海中とあっては、どうにもできんだろう?」
「っ、それは」
俺はその言葉に咄嗟に返す事はできなかった。
いくらシルバー級だとはいえ果たして海中を高速で泳ぎ回る相手を倒す事ができるだろうか。
魔力があるのは最近判明したが魔法の使い方を知らない俺にあるのは、銀の魔剣ただ1つ。
この魔剣に秘められた真の力が使えればどうにかできるかもしれないが、その方法も知らない以上、海の中の強敵を倒せるとは、断言できそうにない。
言い淀む俺を見て、ゼンもこちらの心中を察したかのように静かに頷く。
「気持ちはしかと受け取ったよ。……だけど、無理だけはしないでくれ、ザック。お前まで失ったら、私は……」
「……ゼン、そろそろ行きましょう」
「ああ、申し訳ないシスター。もう大丈夫です」
シスターを待たせてしまっていたのに気付くとゼンは再び歩き始めた。
いくらか会話したおかげか、多少は声に活気を取り戻してくれたみたいだが、無理はするなと言われてしまった。
確かに敵が海の中と言われては太刀打ちは難しいかもしれないが、どうしたものだろうかな。




